
いよいよ具体的なお話に入りたいと思います。
今回のテーマはDMSです。のっけからみんな大好きな構造式を載せておきました。
でも今回は特に化学式のお話はしませんのでご安心を。なるべく優しく書きます。
DMSはDimethyl Sulfideの略です。日本名は硫化ジメチル。
構造は見ての通り簡単で、S(硫黄)にメチル基(CH3)が2個(Di)くっついた物質です。
まぁ名前の通りですね。
ちょっと話がそれますが、接頭辞を覚えておくと色々と便利ですよ。
1はmono、2はdi、3はtri、4はtetra、5はpentaというように表します。元々はギリシャ語だそうですが
化学はもちろん、割と身近なところで多用されています。モノラルとか、テトラポットとか、ペンタゴンとかね。
意味を知っていると、名前を聞いただけで数を連想出来るようになりますよ。
話を元に戻しましょう。
DMSがどんなオフフレーヴァーかというと、良く使われる例ですと煮た野菜、特にキャベツや磯の匂いに例えられます。
個人的な経験ではスイートコーンの缶詰をパカっと開けた時の匂いに感じられます。
濃度によって匂いの雰囲気が変わるので、また言葉で匂いの説明をするのは大変困難ですが
コーンの缶詰という例えをすると後輩たちは大体納得いくようです。
DMSはビールのオフフレーヴァーとしては代表的なものです。
国内、海外問わず出会う事が多いオフフレーヴァーでしょう。
ビールでの閾値、つまり人間が感知出来る最小の濃度は30-45μg/Lと大変に小さな数字です。
スケールを変えて例えると、大体ですがお風呂一杯にビールを流し込み(180L)そこにティースプーン1杯(5ml)DMSを入れると人間なら感知出来てしまうくらいの数字です。
非常に閾値の低い物質ですから、ビールの香味に及ぼす影響はもちろん大です。
さて、そんなDMSですが、まず断言すると日本人はDMSにかなり寛容です。
ビール中に感知されても不快だと思わない事が多いと個人的には思っています。
なぜならDMSは大手メーカーのビールに高確率で存在するため、もはや日本人にはお馴染の香りとなっており、そもそも不快に思わないという云わば慣れが出来上がっているからです。
なぜそのような事が起こっているかという解説は後に回して、まずはDMSの発生機構について解説しましょう。
DMSのひとつ目の生成経路は麦芽由来のS-methylmethionineの加熱です。

こちらがS-methylmethionine略してSMMの構造式です。
構造はややこしいですが、話は単純でこれを熱するとDMSに変換される訳です。
ビール醸造において熱がかかるのは基本的に仕込み時だけですから、DMSの多くは仕込み中に発生する訳です。
SMMは植物なら大抵持っている物質で、発見はキャベツの絞り汁からだそうです。
キャベツから発見されたため別名キャベジン(!!)と呼ばれるとか。私も調べていてびっくりしたのですが、なんとあの二日酔いに効くキャベジンの成分だそうです。二日酔いマスターの私には元よりなじみ深い物質でした。
DMSと構造が近いですから、DMSの匂いが煮たキャベツのに例えられるのも納得ですね。
麦芽においては製麦工程での発芽時と麦芽の乾燥時に生成されます。
もうひとつの生成経路は酵母によるDimethyl sulfoxide略してDMSOの還元です。

DMSOは麦芽に元々含まれる成分ではなく、DMSの酸化によって生成されます。
つまり麦芽のSMMを出発物質としてDMS→DMSO→DMSという経路を辿って生成されるわけです。
出発物質は共通のSMMですが、SMM→DMS→DMSOまでの生成は仕込み中に。DMSO→DMSの反応は醗酵中に起こるため、あえて別けて書いています。対処法も違いますし。
最後にもうひとつ。それは雑菌汚染です。
DMSは酵母以外の雑菌によって作られることもある為、麦芽由来のSMMだけが前駆体だとは言えないのですが、そもそも雑菌汚染があった場合はDMSなんぞ無視できるほど、香味やビールの見た目に影響が出ますので、まぁ、通常のレベルのDMSであればほぼ麦芽由来と考えて良いと思います。というか私は思っています。
さて、ここまで読んでくれている方がどれくらいいるかは分かりませんが、本題はここからです。
ついて来てください!ここからが重要なんですよ!
このDMS、大手のビールに高確率で感じられると書きましたが、日本のビールに限らず淡色のラガーには大抵感知されます。
むしろキャラクターの一部として捉えられているため、淡色ラガーにおいては過剰でない限りオフフレーバーとしてみなされません。
ではなぜDMSは淡色のラガーに頻繁に見出されるのでしょうか。鍵は先ほど解説した麦芽由来のSMMです。
SMMが加熱によってDMSに変換されると先述しましたが、これは仕込み中だけではなく、大麦から麦芽を作る製麦中にも起こる反応なのです。
大麦を水に浸し発芽させ乾燥させるというのが超大まかな麦芽製造のプロセスですが、淡色ビールに使われる色の薄い麦芽は乾燥させる時の温度が低いのです。
なんとなくイメージは湧くと思うのですが、高温で乾燥させると麦芽の色が濃くなります。これはカラメル化とはまた別のアミノ酸と糖のメイラード反応によるのですが、その辺は話が逸れるのでまた今度!
幸いなことにDMSは非常に沸点の低い物質なので、高い温度に晒すとあっという間に蒸発してくれます。
つまり高い温度で乾燥をする麦芽はSMM→DMSの変換がスムーズに行われた上、DMSは蒸発してしまうので結果的に麦芽に残存するSMMの量が少なくなるという訳です。
という訳で淡色ビールに使用する淡色麦芽にはSMMが多く残存しており、結果的にビールにはDMSが出やすくなるのです。
ちなみにここで述べている淡色、濃色という定義はビールの色そのものを指すものではありません。
ちょっとややこしいのですが、例えばシュヴァルツは色は真っ黒ですが使用しているモルトの殆どはピルスナーモルトという色の薄いモルトなのです。
そこに少量の真っ黒なモルトを足して色を黒くしているだけなので、結局トータルのSMM量はピルスナーなどと比べてもそれほど少なくないのです。ただし黒い麦芽はより強い香味をビールに与えますので、殆ど同じモルトで仕込まれたピルスナーと比べると、結果的に黒麦芽の香味がマスクとなりDMSを感じづらくなります。
今日のテーマは官能面でDMSを感じる、感じないではなくビール中の絶対量ですので、マスクされるというお話は忘れてください。
淡色ビールはピルスナーやヘレスなどを指します。対して濃色ビールはウィンナラガーやオクトーバーフェストなど、ピルスナーモルトなどと比べ色の濃いベースモルトを使用して造られるビールのことです。
単にビールの見た目だけではなく、ベースモルトになにが使われているかという事が重要です。
さて、ズズズイッと前の方に戻ってみると、DMSは淡色”ラガー”に多く見出されると書きましたが、淡色については今解説しましたが、なぜゆえにラガーに多く見出されるのでしょうか?
これはDMSが醗酵中に発生する炭酸ガスによって除去される性質があるからです。
酵母が作りだす炭酸ガスのブクブクに乗って空気中にサヨナラしてくれるのです。これまた有難い。
エールは低温で醗酵させるラガーと比べてかなり激しく醗酵し、勢いよく炭酸ガスを放出するためDMSが飛散しやすいのです。ジワッとゆっくり醗酵するラガーにDMSが多く見出されるのはこれが理由です。
ここまでで読者の9割くらいは脱落している気がするのですが、気にせず続けます。
お気づきかと思いますが、DMSは由来からも分かる通りほとんど醸造工程でのみ生成されます。
DMSの有無はビールの保管状況や提供方法によって変動しないということです。
つまり!DMSが出ていたら、よほど劣悪な環境に保管されていた物でない限り、例えば真夏の炎天下に長時間放置されてビールがアツアツにならない限り、それはブルワリーから出荷された時点でビール中に存在しているものと判明してしまいます!恐ろしや!
最後の方でもう一度書きますが、なぜビールがアツアツにされた場合はこの限りではないかというと、SMMに熱がかかるとDMSに変換されるからです。
日本の大手ビールにDMSが見出されるのは、実はこれも理由じゃないかと思っていたり。真夏の炎天下に放置されているビール、良く見ますもんね・・・。
ではそんな憎きDMSをビールに存在させないためにはどうすれば良いのでしょうか。
まず一番最初に行うべきはしっかりとした煮沸です。
先述したとおりDMSの沸点は37℃と大変低い為、熱を加えてやるとすぐに蒸発してくれます。
SMMを加熱しDMSが生成されても、しっかりと煮沸してやれば麦汁中に残る量は少なくなります。
DMSの半減期は40分と言われているので、計算上90分煮沸を行えば約79%のDMSが除去されることになります。
また、煮沸する設備の形状や能力も結構重要で、煮沸中にケトルの蓋を閉めていたり吸気が不十分だったりすると、せっかく蒸発したDMSが水滴とともに麦汁に戻ってしまします。さながら無限ループ!
理想的には蓋をしない鍋のような構造がベストなのですが、実際そんな煮沸釜はあまり見ないので、醸造の実情に照らし合わせると吸気を充分にして湯気が水滴になる前に排気してあげることが重要です。
続いては麦汁の速やかな冷却です。
SMMからDMSへの変換は煮沸が終わったあとも、麦汁の温度が高い限り続きます。
具体的な工程をあげるとワールプールやウォートチラーへの移送工程においてなのですが、まだ麦汁中に残存していたSMMがどんどんDMSに変換されてゆくのです。
しかし煮沸以後の工程はほぼ密閉されたと環境となるため、DMSが上手く蒸発してくれないのです。
煮沸が終わってから冷却までの時間が短ければ短いほどDMSの量を少なく抑える事ができます。
3つ目は麦汁の酸化を出来る限り抑える事。
DMSOは先に解説したとおりDMSの酸化によて生成される物質です。
そしてDMSと違い沸点が非常に高い物質です。その沸点はなんと189℃!
残念ながらDMSOは煮沸工程では取り除けません。
しかし醗酵時に酵母がDMSOを還元しDMSを作ってしまうので、DMSOが麦汁中に多いとDMSが多いビールが出来上がってしまいます。ですからこのDMS生成経路での対処法としては、まず第一にDMSOの生成を出来る限り防ぐことです。
麦汁の酸化を出来るだけ防ぐことによってDMSOの生成量を少なくする事ができます。
麦汁の酸化は色々な工程で起こります。出来るだけ麦汁を丁寧に扱う事が大切です。
4つ目は正常な醗酵です。
醗酵工程まで移行するDMSは、煮沸工程での残ったもの、麦汁冷却までに生成されたもの、DMSOの還元によって生成されたものに分類できます。
こいつらを取り除いてくれるのは酵母が作りだす炭酸ガスです。
健康な酵母は醗酵時にしっかりとした炭酸ガスを作りますから、正常に醗酵が行われればDMSが除去される割合が多くなります。
汚染されていない健康な酵母を適切なサイクルで使用してあげることがDMSの除去にも重要です。
5つ目は酵母株の選択です。
DMSOからDMSへの変換は酵母の株によって結構差があるのです。
単純に変換がされなければDMSは減らせますので。
しかしながらDMSだけに焦点を当てて酵母株を選択する訳にはいきませんから、トータルでビールへの影響を見ながら酵母株を選択しなければなりません。
個人的な経験でいえば、やはりジャーマンラガーイーストはDMSを多量に生成します。
イーストの説明で「モルティな仕上がり」という一文がある酵母はDMSを多く作る傾向にある気がします。つまりDMSはモルティと感じさせる要素のひとつになっている・・・?
どうなんでしょうか。根拠はないですが私はそう考えています。実際DMSがやや麦わらっぽい匂いに感じられる事もあります。
そして6つ目は・・・気にしないことです。
DMSに限らずですが、オフフレーヴァーって一度気になると徹底的に気になるもんなんですよね。
淡色ラガーにおいては若干のDMSは許容されると開き直るのも手です。
もちろん過剰な場合やDMS不可のスタイルでは開き直ったらダメですけどね。
日本の大手ビールは淡色ラガーが殆どですから、そもそも多くの日本人にとってはDMSは常にビールの匂いとして感じられて来たものなのです。逆にDMSが無いと味わいに奥行きが感じられなくなってしまうので、あえて大手さんはDMSを残しているそうですよ。
実際K社のうまく搾っているあのビールはDMSがしっかり感じられます。
そして最後に補足、余談です。
が熱処理を行うビールについては、ビール中にSMMが存在していると熱処理中にDMSに変換されてしまうことがあります。SMMそのものの量を減らすように設計しなければ貯酒中ではDMSを感じられなくても、熱処理したとたんDMSが出てくるということもあり得ます。
COEDOではビールの熱処理を行っていないので実体験ではないのですが、理論上は熱処理をしない生ビールよりも、熱処理をしたビールの方がDMS量が多くなるはずです。
熱処理されたビールと生ビールで味が違う。熱処理されたビールには独特の味わいがある、というのはこの辺が理由なのかもしれませんね。
それから仕込み方によってもDMSの量には当然差が出てきます。
デコクションと呼ばれる糖化中にマッシュをガンガン煮込む仕込み方をするボヘミアンピルスナーは、インフュージョンで仕込まれるジャーマンピルスよりDMSの量は少なくなるはずです。
デコクションとインフュージョンの仕込みの違いについては近々書こうと思っています。
ここまでで読者の99%は脱落しているかと思いますが、まとめです。
DMSをどのレベルからオフフレーヴァーとして捉えるかは、ブルワーや飲む人にとって様々です。
DMSがあるからと目くじらを立てず、トータルでそのビールが美味しいかどうかということを考えた方がよほど建設的ですし、ビールを楽しめると思います。
一気に書き切って疲れました。長すぎです。
次回はお休みしていいですか?ダメですか?すいませんすいません。
それではまた次回。
January 10th, 2014
オフフレーヴァーについて
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