植竹的視点 Season2 -ブルワーってどんな仕事?-
秋の鶴居村からこんにちは。そう、ついに住み慣れた富良野から鶴居村 に引っ越してきました。いよいよこれから自分のブルワリー設立のための活 動を本格化してゆきます。
鶴居村はその名の通り、タンチョウがそこかしこで見られる美しい村で す。タンチョウは本来渡り鳥ですので、てっきり見られるのは冬だけだと 思っていたのですが、どうやら少し事情が異なるようです。冬は給餌場にあ つまっているので、そこに行けば100%間違いなく見られるのですが、夏 は好きなところに散らばって自分で餌を採取しているようです。そのため、 道端の牧草地にいたり、畑にいたりと決まった場所ではありませんが、よく 見かけます。アイヌ語でサルルンカムイ=「湿原の神」と呼ばれるだけあっ て、近くで見ると堂々とした姿に神々しさすら感じます。
エゾシカやキタキツネは 見かけない日のほうが少ないくらい、頻繁に見かけます。 そんな自然豊かな鶴居村からお届けいたします。
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ビールの原料についてのお話が終わったので
1年に渡ってビールの4大原料、水、麦芽、酵母、そしてホップ のお話をさせていただきました。過去の原稿を見返すと原料のお 話をする前には醸造設備のお話を書いていたようです。となると 次にお話しなければならないのは、ビールを作る人=ブルワーの お話ですね。 ビールは他のお酒と比較して人の介在する余地の大きなお酒 世の中には様々なお酒が存在します。ワイン、日本酒、焼酎、 ウィスキーなどなど。現代においてはどのお酒も全く自然に任せて 作られるということはなく、少なからず人の手が介在して作られて います。自然発酵と呼ばれるベルギーのランビックであっても自然 に任せるのは発酵工程であって、その前の麦汁作りは人の手に よって行われます。古代のお酒は猿酒と呼ばれ、木の穴に猿が入 れた果物が勝手に発酵してお酒になった、なんていう伝説もあり ますが、より美味しいお酒をより安定的に供給するために人類はた だならぬ努力をしてきました。
現在のコロナ禍でお酒が悪者扱いされてしまうことも多く悲し い気持ちになりますが、断言します。人類はお酒大好きです。過去 何度も繰り返された疫病の蔓延下であろうとも、紀元前から脈々 とお酒を作り続けてきました。これからもこの文化は途切れること はないでしょう。
話がそれてしまいましたが、数あるお酒の中でも実はビールは 醸造工程において人の介在する余地の大きいお酒です。その理由 は例えばワインの原料となる果実と比べてビールの原料となる穀 物は品質の安定性が高く、原料の「ぶれ」が少ない。ワイン造りは 畑から、と言われるほどブドウは土壌や気候の影響を受けやすく それがそのままワインに反映されることも多々あり、もちろん醸造 者の技術が品質に大きな影響を及ぼすことは間違いないですが、 原料品質がある程度安定しているビールの方がよりストレートに 醸造者の力量が反映されると言えます。また原料である麦そのも のを加工して麦芽を作る工程があるので、一口に麦芽といっても 様々な種類が使用され、自由に組み合わせることができる、など が大きな理由です。麦芽以外にもホップ、酵母なども無数の種類 がありますので、組み合わせは無限大。さらに仕込み方や発酵のさせかたなども考慮すると、本当に無限の味わいを生み出せるの がビールの特徴です。そしてもちろん、それらの組み合わせ考え るのはブルワーの仕事なのです。
ブルワーにもスタイルがあります
先にご紹介した仕事はつまり、レシピの作成という仕事です。も ちろんブルワーの仕事はそれだけではなく、例えば設備の洗浄や 仕込み、発酵管理、ブルワリーのスケジュール管理や製品在庫管 理、そして税務申告などなど多岐に渡ります。今回はそのひとつひ とつをご紹介するのではなく、レシピ作りについてのお話を主にし ようと思います。
ブルワーの仕事というのはもしかすると料理人の仕事と似ている かもしれません。様々な素材を組み合わせ、それを調理して料理に 仕上げるという工程はとても良く似ています。そして料理人にも懐 石料理、中華、フレンチ、イタリアンなどなど得意とするスタイル があるのと同じように、ブルワーにも得意なスタイルがあります。
例えばジャーマンスタイルが得意なブルワー、アメリカンスタ イル、中でもIPAが得意なブルワー、ヘイジースタイルが得意なブ ルワー、ハイアルコールが得意なブルワーというような具合に得 意分野は様々なのです。それがそのままブルワリーのキャラク ターになっていることも多いですね。
例えば自分の得意なスタイルのお話をさせていただくと、 ジャーマンスタイルのラガー、ウェストコーストスタイルのIPAや ペールエールなどクリアでホッピーなビール、そしてセッションス タイルなど低アルコールのビールが得意です。逆に今流行のヘイ ジーIPAやペストリースタウト、スムージーサワーなどのエクスト リームなスタイルはあまり得意ではありません。ですからたまに 「なんでヘイジーIPAを作らないのですか?」と聞かれると困って しまうのです。作って作れないことはないと思うのですが、それは 得意なブルワーさんに任せたほうが良いものを作ってくれると思 うので、お任せしているという感覚です。ある意味では和食の料理 人に「なんで今イタリアンが流行りなのに作らないのですか?」と 聞くことに近いかもしれません。もちろん料理ほどはハッキリと境 界線が引かれているわけではありませんから、幅広く作っているブ ルワリーもありますよ。
ブルワリーがリリースしているビールのラインナップを注意深く 観察すると、そのブルワリーが得意としているスタイルが見えてく るかもしれません。すべてのブルワリーが得意なスタイルを表明 しているわけではありませんので、そこを想像しながらビールを楽 しむというのもまた一つのビールの味わい方かもしれません。
もっと細分化してゆくと
得意なスタイルと別に作り方にもそれぞれのスタンスがあるか もしれません。私のように分析値や過去のデータ、数字を元にレシ ピを組み立てるブルワー、過去の経験に基づき勘で作るブルワー、 様々です。ビアスタイルに関しても言えることですが、どのスタイ ルが優れているとか、どの作り方が一番だというのはありません。 当然のことですがどのブルワーさんも自分のベストを尽くしてビー ルを作っているはずです。確かにすべてのビールが高品質だとは 言えないかもしれません。それでも私はそういったビールに対し て、以前より随分寛容になってきたと思います。ビールを作れば作 るほど、思い通りにいかないことや壁にぶつかることも度々あり、 いつまで経ってもビールを作るのは難しいという感覚が抜けないか らです。そんな私ですから、他のブルワーが作ったビールを批判す るなんて、とてもとても。でも、すごく問題があると思うビールに 出会ったときは、ブルワーさんに直接感想と原因と思われることを 伝えたりしますけどね。そんな感じが自分のスタンスです。
Brasserie Knotの現在
最後に少し、私のブルワリー設立の進捗状況をお知らせしたい と思います。現在進めているのはブルワリーの設計です。主に建屋 の改修について建築士さんや建築屋さんと一緒に仕事を進めてい ます。ブルワリーの予定地となる小学校跡は地盤があまり強くな いため、どうやらそのままでは重量物であるタンクを置くことは出 来ないようです。地盤改良し、数トンもの重さになるタンクを置け るように改修しなければブルワリーにはできそうもありません。想 定外の事態だったので少し戸惑っていますが、今まで気にもして いなかった地質のことや建築のこともだんだんと知識が付いてゆきます。それもまた一興です。 それではまた次号でお会いしましょう。
植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラ フラこっちフラフラしながら世界各地 でビールを作る放浪ブルワー。
座右の 銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.32(2021) より掲載
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