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植竹的視点 Season2 -麦酒と書いてビールと読む。ビールは麦のお酒。-

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 503 Views
 徐々に気温が上がり始め、最高気温がプラスになる日も出てきた富良野からこんにちは。気温が上がるのは嬉しいのですが、積もった雪が溶け、それが夜に凍り、翌朝には路面がつるつるのスケートリンク状態になることも頻繁です。あまり車の運転が楽しくない季節になりましたが、それでも少しずつ春が近づいてくるのが感じられ、早くも雪解け後の釣りが楽しみです。辛く長い冬が終わるのが嬉しい反面、雪がなくなることに少し寂しさを感じるのは私だけなのでしょうか。少しソワソワとする今日このごろです。

ビールの原料の話をしましょう

 トランスポーターの前巻ではビールを作るのは酵母というテーマに、久しぶりにまともにビールのことを書かせていただきました。これが思いの外好評で、様々な方にもっとビールのことを書いてほしいとご意見をいただきました。様々な媒体で繰り返し取り上げられるテーマではありますが、しばらくの間はブルワーならではの視点でビールのお話を続けようかと思います。

みんなビールが麦から作られるお酒だって忘れていない?

 ビールの4 大原料とされるのは水、ホップ、酵母、そして麦芽です。昨今はホップを大量に使用したビールや、フルーツをこれでもかと大量に使用したビールが世界的なトレンドになりつつあり、ビールは麦を主体に作られるお酒だということがなんだか忘れ去られているような気がします。普段ビールを飲む時に、ホップや酵母に意識がゆくことは多いと思いますが、麦芽について思いを馳せることはどれくらいあるでしょうか?

 ビールは麦から作られるお酒と簡単に述べましたが、正しくは麦芽から作られます。ベースとなるのは基本的に大麦から作られた麦芽なのです。麦と麦芽の違いはなにかと申しますと、簡単にご説明すると麦芽は麦を加工した姿です。収穫された大麦を水に浸し、発芽させた後に乾燥させ、根を取り除いたものが麦芽です。“麦” を発 “芽” させたもの、ということで麦芽と呼ばれています。基本的には大麦が使われますが、それ以外にも小麦やオーツ麦、古代小麦と呼ばれるスペルト小麦なんかもビールの原料として使用されます。

ただの麦じゃない、麦芽じゃなきゃダメな理由

 なぜワザワザ手間を掛けて大麦を麦芽に加工するかというと、それはビールの製造方法に起因します。ビールはもちろん、様々なお酒はすべからく酵母に糖分を食べさせてアルコールを作り出すという発酵によって作り出されますが、酵母はたいへん小さな生き物ですから物理的に大きな糖分を食べることが出来ません。

 例えば果物を発酵させることによって作られるワインやシードルは、果物を搾汁しそこへ酵母を添加するだけで発酵が起こりお酒になります。これは果物に含まれる糖分の大部分が、フルクトースと呼ばれる酵母が食べられるサイズの小さな糖によって締められているからです。特段の加工をせずに、果物に含まれる糖をそのまま発酵させることができます。

 ところがビールの原料である麦類や日本酒の原料となるお米は糖をデンプンという形で保存しています。デンプンは糖が鎖のように長く連なった形をしていますので、そのままでは酵母が食べることが出来ないほど大きな分子なのです。ですから発酵させるためには、このデンプンを小さな糖 類まで分解してあげなければならないのです。この工程は糖化と呼ばれ仕 込み工程はつまり、この糖化を行う工程とも言えます。日本酒の場合には 糖化には麹を使用します。平たくいえばカビなのですが、麹が出す糖化酵 素を使用し、デンプンを分解するのと同時に酵母によるアルコール発酵を 行う、並行複醗酵と呼ばれる複雑な製法によって作り出されます。対して ビールは麦芽に含まれる酵素を利用して糖化を行い、糖化が完了した後に 酵母によるアルコール発酵を行う、単行複発酵と呼ばれる発酵様式によって製造されます。この糖化酵素を麦のなかに作り出す工程が、麦から麦芽 を作り出す製麦と呼ばれる工程で、わざわざ麦芽に加工する理由なのです。 大麦は収穫された時点では糖化酵素を持っていません。発芽させる工程で 初めて、自分自身で糖化酵素を作り出すのです。

ビールの多様性は麦芽によって生み出されているんです

 ビールというお酒の特徴は、その多様性にあります。苦味、甘み、アルコー ル度数、そして色や香りなど本当に多種多様です。なぜこれほどの多様性 があるかというと、それは主たる原料である麦芽に様々なバリエーション があるからです。これが他のお酒にはあまり見られない特徴であったりします。

 例えば発芽させた大麦を乾燥させる際、その乾燥温度によって麦芽は色 が変わります。低い温度で乾燥させればさっぱりとした味わいで色の薄い 麦芽に、高い温度で乾燥させれば色は濃く、麦の味わいが強い麦芽となり ます。焦げるくらいの高い温度で焙燥すれば真っ黒な麦芽となり、黒いビー ルはこのロースト麦芽を使用することによって生み出されます。  さらに一度作り出した麦芽を再度水に浸し、少しだけ糖化酵素を働かせ た後にもう一度焙燥させればクリスタルモルト、あるいはカラメルモルト と呼ばれるモルトになります。このように大麦を様々な形に加工すること によって、同じ大麦を主原料としながらも幅広い味わいや見た目のビール を作り出すことができるのです。さらに発酵させる酵母の種類も様々、合 わせるホップも様々となるとその組み合わせは無限大。これこそがビール の多様性の理由です。

麦芽って進化していないの?もちろん進化しています!

 クラフトビールファンの方であれば、近年ホップの進化がめざましいこ とはご存じでしょう。毎年のように新たな品種が市場に投入され、より鮮 烈でユニークなアロマを持つ品種を作り出すことはホップメーカーの仕事 の中でも大きなウェイトを締めています。確かに以前より続くホップが主 役であるビールの流行は、ホップ生産に大きな影響を与えました。ブルワーとしては使用出来るホップの種類が多様になることは大変喜ばしいことであるのですが、では対して麦芽はどうなのでしょうか。当然麦芽も進化をしています。新たな製法によって、今までにないユニークなカラーやフレーバーをビールに付与できる麦芽が作り出されたりしているのですが、ちょっと残念なことに近年はホップが主体のビールがクラフトビールの主流となっていることもあり、むしろ麦の風味が弱い麦芽の開発が進められているそうです。これは麦の味わいとホップの味わいが互いに打ち消し合ってしまうという理由からです。よりホップを目立たせるためには麦の風味が弱いほうが好都合なのです。先日カナダの麦芽メーカーの社長と話していたところ、この現状を少し寂しそうに語っていました。しかし今後ホップと同じように、革新的なフレーバーを持つ麦芽が開発されるだろう、と自信ありげに話してもいましたので、きっと何か面白い製品を開発中なのかもしれませんね。期待して待ちましょう。

どんなに繊細な味わいのビールでも、そこには麦の風味が存在しています

 現在流行中のホップが主役のビール達は、まだ当面の間クラフトビールの主流であり続けるでしょう。しかしだからといってビールが麦を無視して存在出来るわけではありません。麦から作られるお酒である以上、そこには必ず麦の風味が存在します。ホップの華やかな香りが魅力的であるのと同じように、麦芽由来の香ばしい風味や甘みもまたビールの魅力の一つです。私は個人的に麦の風味はホップの風味と違って疲れにくい、と感じています。ホップの強いビールを飲み続けると、どうしても飲み疲れてしまうのですが、優しい麦芽の風味は疲れることなくずっと飲み続けられます。

 麦の風味というと色の濃いビールを想像してしまうかもしれませんが、ライトカラーのビールにももちろん麦の風味はあります。ヘレスなんかは単色ながらも麦のしっかりした風味が特徴のスタイルですね。ぜひ今目の前にあるビールから麦の風味を感じ取り、楽しんでみてください。

最後にちょっとお知らせ

 実は現在、自分のブルワリーを立ち上げるために活動中です。北海道の東、鶴居村というのどかな村で創業予定です。これから色々と面白いことをやっていこうと思っていますので、ぜひお力添えを宜しくお願いいたします。

 Facebook、Instagram などでBrasserie Knot で検索すると出てきます。3 月中旬からクラウドファウンディングも実施いたしますので、何卒ご協力をお願いいたします。

 それではまた夏号でお会いいたしましょう。

植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.30(2021) より掲載
     

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