ミッドナイトシャッフル -From issue 22-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.22(2019)
こんにちは、腹黒店長こと、森シュンロウです。
クラフトビール業界に携わって十余年。ビール自体や造り手にス ポットが当たることはあっても、なかなか“酒場”には光が当たらな いもの。やっとトレンディドラマ(←死語)の舞台として、クラフトビー ルのビアパブが出てくる時代になったんだから、これはクラフトビールの“酒場”を題材にするコラムがあったっていいんじゃないか、そんな気持ちで綴る第一回。
大阪は玉造という、大阪環状線の内側にある古い住宅街。東京でいうと開発が進む前の中目黒的な街だろうか。
そこにあるエデン特急という店。夜な夜なその店に集まるご近所の お客様もいらっしゃれば、わざわざ遠方からお越しいただくお客様 もいらっしゃる。いったいどこで聞きつけたのか、何に興味を惹か れたのか。それを根掘り葉掘りと聞くような印象は抱かせず、実際 には根掘り葉掘りと聞いていくのが腹黒店長の戦略だ。
平日の玉ハチ(玉造午後八時)、スッと開く店の扉、その向こうに は見目麗しき美女二人組。なぜだなぜだ?なぜなんだ?こんな大半 はお年寄りしか住んでない玉造に、こんなアフターファイブ風のレ ディ(発音的にレイデ!←デを上げ気味に)が生息しているわけが ない。どうしてこの店をチョイスしたんだ?早く聴きたい、早く聴き たい!そんな欲求を抑え、サービスに徹する腹黒店長。
彼女たちにまずオススメするのは大阪・箕面ビールの“ペール・エール”から。オレ自身、同業者の店に行った際、これが品揃えされて いれば、まず一杯目にいただくと決めているビールなのだ。その店 のビールへの思いや、提供したい状態への管理方法がスバリと伝 わってくる、そんな定番的一杯、且つ杓子定規的な一杯。つまりは バーのジントニックみたいなものなのだ。
まずは彼女たちにお酒を飲むぞという溜飲を下げていただき、そこ からは心を解きほぐすカウンタートークを。女性二人でご来店いた だくパターンは、だいたい彼女ら互いの近況報告から入っていくの が基本じゃなかろうか。そう、初めての飲食店、それは久々の女性 同士で集まるキッカケ作りみたいなもの。「新しく見つけたお店があ るの」「今度行ってみたいお店があって」なんて。付かず離れずな 接客をして、三十分が経過する…。そろそろ頃合いも良かろうか?
「この店はご存知だったんですか?」
「あの、十三(※)で飲んでた時に、お隣にいらっしゃった男性から聞いたんです。」 (※じゅうそう=大阪市と兵庫県尼崎市のキワにあるディープタウン)
「え? 十三? ここ、玉造(※)ですよ?」 (※たまつくり=大阪市の中央にあるハイソな住宅街であり、文教地区)
距離にすると電車で三十分とそれほど遠くないが、ガラも違えば、 生息する人種も、用途も違う場所。玉造と十三を行き来するなん て、地元の人間からは想定外だ。しかも聞けば職場は西宮北口(※) だとか。
(※にしのみやきたぐち=兵庫県西宮市の主要駅で、関西の住みたい街No.1) 「その隣に居た男性もこちらにいらしたことがあるとおっしゃってましたよ、 ええと、シモヤナギさんという…」
「ああ!シモヤナギさんは以前わたしが勤めていたお店からの間柄ですが、なぜ彼も十三に…」
それから一年が経った。自分の店だけでなく、精力的に他の場所でもクラフトビールを提供する仕事をさせていただいているのだが、その見目麗しき女性の働く西宮北口の百貨店で、新たに仕事をさせていただく機会を持ったのだった。もし、まだオレのことを覚えていてくれるなら、あの女性は百貨店の売場を覗いてくださるのだろうか?そんな風に、一年前のことを思い出しながら働いていた。すると、たまたま別口から十三で飲もうよというお誘いをいただき、西宮北口で働く一週間の間に、初の十三見参のチャンスをいただいたのだった。一軒目の店を出て、そのおじさんに案内された店に入っていこうとすると、店内にシモヤナギさんの姿が!シモヤナギさんもこちらの姿に気付いて、飲んでいたビールを吹き出しそうになっている。
「いや~、こんなところで森さんに遭遇するなんて!」とシモヤナギさん。吹き出すビール、弾ける笑顔のさわやかさ。
「いま実は西宮北口の百貨店で一週間仕事をしててね、その期間中にこのおじさんが十三をご案内してくださるっていうんで…」
そこからまた三十分くらいは経過しただろうか。おじさんが店員さんと話し込んでいる隙に、隣に立っているシモヤナギさんに一年前の思い出話をさせてもらった。
「シモヤナギさん、西宮北口でお勤めの女性にボクの店を紹介してくれたよね?それも聞いた話じゃ、十三で出会ったとおっしゃってたけど…もしかして、ココなの?」
「ありましたね、そう、そうなんです…ココで玉造の店の話になったんですよ。」
「いや、十三で玉造の店の話っておかしいでしょ!」なんだか一年前のあの夜と、一年後にこうして仕事の流れで辿り着いた十三の街、しかも自分で選んできたわけじゃなく、おじさんに案内されてきたこの店で、そこにシモヤナギさんがいて、こうして一年前の起承が転結するようなこの感覚。酒場には酒場を数珠繋ぎする、そして、さらにそのご縁を紡ぎ続けていくそんな“見えざる手”の力があって、今宵もまたこうしてビールの味を旨くする。
そんな今宵のビールもやっぱりまた箕面ビールの“ペール・エール”だったりするのだ。ほどよく効いたホップの柑橘香と程よい苦味。冷えたグラスに注がれ、会話に夢中になっている間にちょうどいい温度にあがって口から鼻に抜ける香りをより高めてくれる、そんな酒と会話と酒場のカウンターが、絶妙なバランスを保って心地よさを生んでくれるのかもしれない。
さあ、あの見目麗しき美女に、また会えることはあるんだろうか?
きっとあるさ、だってオレは酒場にいるんだから。
すべての酒場の出来事は、物語に変わる─────
森シュンロウ
1975 年兵庫生まれ。エデン特急店主。
店舗経営の傍ら“ ビールをたのしくする人” として、セミナーやイベントサポート、コンサルティングでも活動。
愛称は腹黒店長。
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