The Story of Victory Brewing’s HopDevil (1996–2005): The East Coast IPA That Blazed a Trail

21 September 2026 vol.309
1996年、Victory Brewing Companyが誕生する。

1990年代後半。 アメリカのクラフトビールは、まだ「これから」の時代だった。 カリフォルニアではSierra Nevadaがホップの可能性を広げ、オレゴンではRogueなどが独自のビール文化をつくっていた。 一方、東海岸には、ヨーロッパのビール文化を強く意識したブルワリーが生まれていた。 ペンシルベニア州ダウニングタウン。 かつてPepperidge Farmの工場だった場所に、1996年、Victory Brewing Companyが誕生する。
創業者はBill CovaleskiとRon Barchet。 二人の出会いは、なんと1973年のスクールバスだった。 その後、ホームブルーイングに夢中になり、プロの醸造家を目指す。 RonはBaltimore Brewing Companyで経験を積み、ドイツのTechnical University of Munich、Weihenstephanで醸造を学んだ。
「アメリカで、ヨーロッパのビール品質をつくる」

BillもBaltimore Brewing Companyで経験を積み、Doemens Instituteで醸造を学んだ。 つまりVictoryの出発点には、 「アメリカで、ヨーロッパのビール品質をつくる」 という考えがあった。(Victory Brewing Company) しかし、Victoryの歴史を決定づけたのは、ドイツのラガーではなかった。 それは、強烈にホップの効いた一杯だった。 HopDevil。
⸻ 1996年、Victoryは3種類のビールで始まった 1996年2月15日。 Victory Brewing Companyが正式にオープンする。 最初に用意されたビールは3種類。 Victory Festbier。 Brandywine Valley Lager。 そして、 HopDevil Ale。 当初、二人がもっとも期待していたのは、モルトの豊かなFestbierだった。 二人のバックグラウンドを考えれば、それは当然だった。 ドイツで学び、ドイツの醸造文化を理解し、Bock、Pilsner、Weissbier、Märzenといった伝統的なビールを経験してきた。 だからこそ、最初は「モルトを楽しむビール」がVictoryの看板になると考えていた。
ところが、市場の反応は違った。 客が手を伸ばしたのは、 HopDevilだった。 創業時から用意されていた3種類のうち、最も大胆だったビールが、Victoryの未来を決めることになる。(Beer Advocate)
1990年代は違った。 クラフトビールの世界でさえ、強烈なホップはまだ一部の愛好家のものだった

⸻ 「こんなにホップを入れていいのか?」
1990年代後半のアメリカでは、今ほどIPAが一般的ではなかった。 現在なら、 「IPAだから苦い」 というのは当たり前だ。 しかし1990年代は違った。 クラフトビールの世界でさえ、強烈なホップはまだ一部の愛好家のものだった。 当時、フィラデルフィア周辺で「もっともホッピーなビール」として知られていたのは、Sierra NevadaのCelebrationだったという。

そんな時代にVictoryがつくったのがHopDevilだった。(Beer Advocate)
HopDevilは、German maltとアメリカ産のwhole flower hopsを使ってつくられた。 そして、そのホップのキャラクターは、 シトラス。 パイン。 強烈な苦味。 そこにモルトの甘みが重なる。 現在のHopDevilはABV 6.7%、IBU 70。 Pilsner、Vienna、Caramel maltにCascadeとCentennial hopsを組み合わせ、パインやシトラスの香りとキャラメルモルトの甘みをバランスさせている。(Victory Brewing Company)
今の基準なら、特別に強いIPAとは感じないかもしれない。 しかし、1990年代後半にこれを飲んだらどうだっただろう。 おそらく、 「これは何だ?」 だったはずだ。 ⸻ HopDevilは「West Coast」ではなく、East Coastから生まれた HopDevilを面白くしているのは、Victoryがペンシルベニアにあったことだ。
「European quality and American ingenuity」

当時、アメリカのホップ革命といえばCalifornia、Oregon、Washingtonというイメージが強かった。 しかしHopDevilは、その流れを東海岸へ持ち込んだ。 Bill Covaleskiは、HopDevilについてSierra NevadaのCelebrationから影響を受けたことを語っている。 つまり、West Coastで生まれたホップの表現を、Victoryが東海岸の文脈で解釈した。 German malt。 American hops。 そして、ヨーロッパで学んだ醸造技術。 この組み合わせがVictoryらしさになった。(Beer Advocate) ここには、アメリカンクラフトビールの面白さがある。 伝統をそのままコピーするのではない。 伝統を学び、それをアメリカで自由に変えてしまう。 Victoryの哲学をBill Covaleskiは、 「European quality and American ingenuity」 と表現している。 ヨーロッパの品質と、アメリカの創意工夫。 それがHopDevilという一本に表れていた。(Haas) ⸻ 「HopDevil」は、名前からして挑戦だった
「brazen beast」「menacingly delicious little ruffian」

そして、名前も面白い。 HopDevil。 ホップの悪魔。 1990年代のクラフトビールとしては、かなり挑発的なネーミングだ。 飲んだ瞬間に、 「これは普通のビールではない」 と伝わる。 実際、Victoryは後にHopDevilを「brazen beast」「menacingly delicious little ruffian」と表現している。 つまり、 暴れん坊。 悪魔。 普通ではない存在。 そのキャラクター自体がビールの味を説明していた。(Beer Street Journal)
これは現在のクラフトビールにもつながる重要な考え方だと思う。 ビールを説明するのに、 「American IPA、6.7%、70 IBU」 だけでは足りない。 HopDevilには、 「悪魔」 という人格があった。
⸻ 1997年、Victoryはさらに大胆になる そしてVictoryは、HopDevilだけで終わらなかった。 1997年にはPrima Pilsを投入する。 これは、当時のアメリカのクラフトビール市場にとって、かなり勇気のいる選択だった。 なぜなら、アメリカではまだ「Pilsner=大手ビール」というイメージが強かったからだ。 Victoryはそこに、 「本物のPilsnerを、アメリカのクラフトビールとしてつくる」 という考えを持ち込んだ。 つまりVictoryは、 HopDevilでホップを。 Prima Pilsでラガーを。 Golden Monkeyでベルジャンスタイルを。 それぞれ異なる方向から、アメリカのビール文化を広げていった。 ⸻ 1997年、クラフトビール業界は「生き残り」の時代だった ここで忘れてはいけないのが、Victoryが決して順風満帆だったわけではないことだ。 1990年代後半は、アメリカでブルワリーが急増していた一方、閉鎖するブルワリーも多かった。
VictoryのBill Covaleskiは、1997年には多くのブルワリーが閉鎖していたことを振り返り、 「We were struggling for relevance.」 と語っている。 つまりVictory自身も、 「自分たちは何者なのか」 を探していた。 その答えを先に見つけたのが、 HopDevilだった。(Beer Advocate)
ペンシルベニアから、 「東海岸にも、ホップの文化がある」 と叫んでいた

⸻ 2000年代、IPAがアメリカを変えていく 2000年代に入ると、アメリカのクラフトビールはさらにホップへ向かっていく。 IPA。 Double IPA。 Imperial IPA。 West Coast IPA。 次々とホップの強度が上がっていく。 現在のようなHazy IPAはまだ存在しない。 「ジューシー」という言葉も、今ほど一般的ではない。 当時のホップは、 苦い。 松。 柑橘。 樹脂。 そして、 ドライ。 そういう方向だった。 HopDevilは、その時代のど真ん中にいた。 しかも、West Coastのブルワリーではない。 ペンシルベニアから、 「東海岸にも、ホップの文化がある」 と叫んでいた。 ⸻ 2004年、Golden Monkeyがもう一つの道を開く VictoryをHopDevilだけで語ると、少し単純になってしまう。 なぜならVictoryは、IPA専門のブルワリーではなかったからだ。 1997年にはGolden Monkeyが発売される。 これはBelgian-style Tripel。 アルコール度数の高いベルジャンスタイルを、アメリカのクラフトビールとしてつくった。 そして2004年、Golden MonkeyはInternational Beer CompetitionでSilverを獲得するなど、Victoryのもう一つの代表的なビールへ成長していく。(Good Beer Hunting)
Victoryがやっていたことは、 「アメリカのビールをつくる」 だけではなかった。 世界のビールをアメリカで再解釈する。 それだった。
つまりVictoryがやっていたことは、 「アメリカのビールをつくる」 だけではなかった。 世界のビールをアメリカで再解釈する。 それだった。 ⸻ 1996年から2005年。 Victoryがやったこと この10年を振り返ると、Victoryの姿が見えてくる。 1996年。 German brewingを背景に、Victory Brewing Companyが誕生。 3種類のビールからスタート。 その中にHopDevilがあった。 1997年。 HopDevilが予想以上に支持される。 同時にPrima Pilsを投入。 1997年。 Golden Monkeyの商業展開も始まる。 2000年代。 アメリカのクラフトビール市場でホップ人気が拡大。 そして2004年。 Golden Monkeyが国際的な評価を獲得。 2005年前後には、Victoryは単なる「ドイツ系のクラフトブルワリー」ではなくなっていた。 アメリカのクラフトビールそのものを表現するブルワリーになっていた。
その歴史を遡っていくと、 「ホップをもっと使っていい」 と考えた1990年代のブルワーたちに行き着く

⸻ HopDevilが残したもの 今、IPAは世界中で飲まれている。 日本でも。 ヨーロッパでも。 オーストラリアでも。 アジアでも。 そしてIPAの中には、 West Coast IPA。 New England IPA。 Double IPA。 Black IPA。 Cold IPA。 さまざまなスタイルが存在する。 しかし、その歴史を遡っていくと、 「ホップをもっと使っていい」 と考えた1990年代のブルワーたちに行き着く。 HopDevilも、その一杯だった。 しかもVictoryは、ヨーロッパの伝統を否定してホップに走ったわけではない。 むしろ逆だった。 ヨーロッパで学んだからこそ、アメリカで自由になれた。 それがVictoryの面白さだ。 ⸻ 「伝統」から「自由」へ Victoryの歴史を見ていると、1990年代のアメリカンクラフトビールが何をしていたのかがよくわかる。 ヨーロッパを学ぶ。 ドイツへ行く。 伝統的な醸造技術を身につける。 しかしアメリカへ帰ってきたら、 「それをそのままやる必要はない」 と気づく。 German maltにAmerican hops。 Pilsnerに強烈なホップ。 Belgian Tripelをアメリカでつくる。 そんな自由な発想が次々と生まれる。 HopDevilは、その象徴だった。
HopDevilが流行を追って生まれたビールではなかったからだ
⸻ そして2026年 現在のVictoryのラインナップを見ると、HopDevilは今も存在している。 ABV 6.7%。 IBU 70。 CascadeとCentennial。 Pilsner、Vienna、Caramel malt。 1990年代後半に生まれた「ホップの悪魔」は、30年近く経った今も生きている。 これはすごいことだ。 クラフトビールでは、毎年のように新しいスタイルが生まれる。 その中で、30年近く前のIPAが残っている。 なぜか。 それは、HopDevilが流行を追って生まれたビールではなかったからだと思う。 「自分たちは、こういうビールが飲みたい」 そこから始まった。 Bill Covaleskiは、HopDevilについて「自分たちを喜ばせるためにつくった」と語っている。 その個人的な欲望が、やがて市場を変えていく。
⸻ ビールは、時代を追いかけるだけではない 1996年。 Victoryが開業したとき、誰もHopDevilがブルワリーの方向性を決めるとは分からなかった。 ましてや、アメリカのIPA史に名前を残すことになるとは。 しかし、 「こんなビールを飲みたい」 というブルワーの個人的な好奇心が、時代の先を走ることがある。 HopDevilは、その典型だった。 Sierra Nevadaが切り開いたアメリカンホップの道を受け取り、Victoryはそれをペンシルベニアで鳴らした。 West Coastだけがホップの未来ではない。 East Coastにも、その答えがある。 ドイツの伝統を学びながら、アメリカの自由さでビールをつくる。
HopDevil。 1996年に生まれた「ホップの悪魔」は、30年近く経った今も、グラスの中でまだ牙をむいている。
そして、このビールを飲むと、1990年代後半のアメリカが少し見えてくる。 まだIPAが「当たり前」ではなかった時代。 まだクラフトビールが「小さな産業」だった時代。 まだ誰も、Hazy IPAなんて知らなかった時代。 その頃に、 「もっとホップを入れてみよう」 と考えた人たちがいた。
クラフトビールの歴史は、そんな小さな反抗から始まっている。 HopDevilは、その反抗の味がする。
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