The Growth of American Craft Beer in the 2000s: The Decade Craft Beer Became an "Industry"

ITバブル、9.11、グローバル化、金融危機。その激動の中で、ビールはなぜ成長したのか。

https://beyondbeerbook.com/product/beyond-beer-handbook/

2000年。 世界は21世紀を迎えた。 インターネットが急速に普及し、パソコンが家庭に入り、携帯電話が生活を変え始める。 企業はグローバル化し、人やモノ、情報が国境を越えて動き始めた。 一方で、アメリカのビール市場では、巨大メーカーによる寡占が進んでいた。 「大きいこと」が強さだった。 巨大な工場。 巨大な販売網。 巨大な広告予算。 巨大なブランド。 ところが、この時代に逆方向へ進むビールがあった。 小さな醸造所。 少量生産。 地元販売。 個性的な味。 そして、つくり手の顔が見えるビール。 それがクラフトビールだった。

2000年当時、アメリカのブルワリー数は約1,500規模。 2010年には年間の営業ブルワリー数が1,716まで増えている。 現在の1万軒近い世界から見ると、まだ小さな産業だった。 しかし、この10年間にクラフトビールは「小さな市場」から「成長産業」へと向かう基礎をつくった。(The Beyond Beer Handbook⁠)

人々が求め始めのは「ローカル」「 自分の住む街」 「近所の店」「顔の見える生産者」そして「地域のコミュニティ」だった

https://www.coorslight.ca/en-CA/our-beer

⸻ 2000年 「クラフトビール」はまだニッチだった 2000年のアメリカ ビール市場の主役は、Budweiser、Miller、Coorsなどの巨大ブランドだった。 一方、クラフトビールはまだマニアの世界だった。 ビール好きが専門店へ行き、珍しいビールを探す。 ブルワリーを訪ねる。 ホームブルーイングをする。 ビールについて語る。 つまりクラフトビールは、まだ「消費者の趣味」に近かった。 しかし、その中ではすでに大きな変化が始まっていた。 1990年代に生まれたブルワリーが成長し始めていた。 Sierra Nevada。 Boston Beer。 New Belgium。 Stone。 Dogfish Head。 Bell’s。 それまで「大手がつくるもの」だったビールに対して、 「自分たちでも、もっと面白いものをつくれる」 という世代が育っていたのである。

https://www.bostonbeer.com/beer-and-beyond/samuel-adams

世界経済をITバブル崩壊が襲う中、 「住む街のブルワリーを応援する」と言う機運が生まれた

ヒップな生活革命 (ideaink)佐久間 裕美子 (著) 

2001年 ITバブル崩壊と9.11 2000年から2001年。 世界経済をITバブル崩壊が襲う。 そして2001年9月11日。 アメリカ同時多発テロ。 世界経済は大きな不安に包まれる。 グローバル化は加速する一方で、「巨大な世界」への不安も強くなった。 そんな時代に、人々が求め始めたものがある。 ローカル。 自分の住む街。 近所の店。 顔の見える生産者。 地域のコミュニティ。 クラフトビールは、この価値観と非常に相性が良かった。 巨大企業の商品を消費するだけではなく、 「この街のブルワリーを応援する」 という消費が生まれたからだ。 クラフトビールは単なる飲料ではなく、 地域との接点 になり始めた

「どこにでもあるものではなく、ここにしかないもの」 の価値が上がっていく象徴がクラフトビールだった。

⸻ 2002〜2003年 グローバル化が、逆にローカルを強くした 2001年、中国がWTOに加盟する。 世界の製造業はさらにグローバル化する。 安価な製品が世界中へ流れる。 企業は生産拠点を海外へ移す。 世界は「同じ商品を、世界中で売る」方向へ進んでいった。 これは経済にとって巨大な効率化だった。 しかし、その反対側で、 「どこにでもあるものではなく、ここにしかないもの」 の価値が上がっていった。 クラフトビールはまさにその商品だった。 同じIPAでも、ポートランドとサンディエゴでは違う。 同じスタウトでも、ブルワリーによって違う。 同じ街でも、つくり手によって違う。

大量生産経済が「均一化」を進める一方で、クラフトビールは「差別化"Differentiation"」を商品価値にした。 これは経済学的にも重要な変化だった。 クラフトビールは、 価格ではなく「違い」で競争する市場 をつくったのである。

2000年代半ば。 クラフトビールの成長は、単なるビールマニアの現象ではなくなっていく

Great American Craft Beer: A Guide to the Nation's Finest Beers and Breweries

⸻ 2004〜2005年 「おいしい」だけではなく「儲かる」ことが見えてきた 2000年代半ば。 クラフトビールの成長は、単なるビールマニアの現象ではなくなっていく。 2005年、アメリカのクラフトビール販売量は約711万バレル。 前年の約653万バレルから8.9%増加した。 同年、輸入ビールは7.2%増、ワインは2.9%、スピリッツは3.3%程度の伸びだった。 つまりクラフトビールは、酒類市場の中でも特に高い成長を見せていた。(BeerScribe⁠) ここで大きな変化が起こる。 クラフトビールは、 「趣味」から「ビジネス」へ 変わり始めた。

Association of BrewersとBrewers’ Association of Americaが統合し、Brewers Associationが誕生した。

https://www.brewersassociation.org/

⸻ 2005年 Brewers Association誕生 2005年。 アメリカのクラフトビール史における重要な出来事が起きる。 Association of BrewersとBrewers’ Association of Americaが統合し、Brewers Associationが誕生した。 これは単なる業界団体の合併ではない。 小規模ブルワリーが、 「ひとつの産業」として政治・経済の世界に声を持ち始めた ことを意味する。 税制。 規制。 流通。 原料。 政府との交渉。 市場統計。 技術教育。 クラフトビールは、個々のブルワリーが孤立して戦う段階から、業界として政策や市場と向き合う段階へ進んだ。(Brewers Association⁠)

⸻ 2006年 「Craft」という言葉が定義された 2006年。 新しく生まれたBrewers Associationは、「Craft Brewer」の定義をつくった。 これは非常に重要だった。 なぜなら、 「クラフトビールとは何なのか?」 という問題が初めて産業レベルで問われたからだ。 小さいこと。 独立していること。 伝統的な製法を重視すること。 そして、革新すること。 クラフトビールは「小さいビール」ではなく、 価値観を持ったビール として定義されていく。 そして2006年、クラフトビールの販売量は約660万バレルを超え、前年比二桁に近い成長を記録した。(Drinks Forum⁠)

ここで消費者の意識も変わる。 「ビールなら何でもいい」 から、 「私はこのブルワリーが好き」 へ。

2006〜2007年 「ビールなら何でもいい」 から、 「私はこのブルワリーが好き」 へ。

 

「ホップの魔術師」BrewDog(ブリュードッグ)の創業(2007年)

⸻ 2006〜2007年 インターネットがビール文化を変えた 2000年代のクラフトビールを語る上で、絶対に外せないのがインターネットだ。 1990年代まで、消費者が知らないビールを探すには、 雑誌。 専門店。 口コミ。 ビールバー。 それしかなかった。 しかし2000年代。 インターネットが普及する。 ビールのレビューを見る。 世界中のブルワリーを知る。 新しいビアスタイルを調べる。 掲示板で情報交換する。 ブログを書く。 SNSへつながっていく。 情報の流通コストが劇的に下がった。 これは小さなブルワリーにとって革命だった。 巨大企業はテレビ広告に何億円も投資できる。 小さなブルワリーには、それができない。 しかしインターネットなら、 情熱と情報で、大手ブランドと戦える。 クラフトビールとインターネットは、非常に相性が良かった。

⸻ 2007年 ホップ革命 そしてもう一つ重要な変化が起こる。 ホップの進化だ。 クラフトビールの成長によって、香りの強いIPAへの需要が高まった。 CitraやSimcoeなど、アメリカンホップの個性的な香りが注目される。 ブルワーは、 「もっと香りを出せるのではないか?」 と考える。 苦味だけではない。 柑橘。 松。 トロピカルフルーツ。 樹脂。 花。 ビールの「香り」が主役になっていった。 2007年にはクラフトビールが二桁成長を続ける一方、原材料市場ではホップ価格上昇が大きな問題になっていた。2008年には需要と供給のギャップから米国のホップ栽培面積が大幅に増加するほどだった。(Brewers Association⁠) これはクラフトビールが「小さな産業」から、原料市場まで動かす産業になり始めた証拠でもある。   

クラフトビールの存在は「高級品」であり、比較的手の届く「小さな贅沢」になっていく

2008年9月リーマンブラザーズ(米国の大手投資銀行=日本の証券会社に近い業態、以下、リーマン)が破綻し、世界的に経済は大混乱となりました

⸻ 2008年 世界金融危機 そして2008年。 世界経済をリーマン・ショックが襲う。 住宅市場。 金融機関。 株式市場。 雇用。 消費。 すべてが不安定になった。 普通なら、クラフトビールにも大きな打撃があって当然だった。 しかし、ここで興味深い現象が起きる。 2007年から2008年にかけて、アメリカのクラフトビール販売量は5.8%、金額では10.5%増加した。(Brewers Association⁠) なぜか。 クラフトビールは「高級品」である一方、比較的手の届く「小さな贅沢」だったからだ。 家を買う。 車を買う。 海外旅行をする。 それは難しい。 しか し、 「今日は少し良いビールを飲もう」 ならできる。 2009年にもクラフトビールの販売金額は前年比10.3%、数量は7.2%増加。 Brewers Associationは、2009年に1,595のクラフトブルワリーが約910万バレルを生産したと記録している。(Brewers Association⁠)

融危機の中で、 「大きな消費」から「小さな贅沢」へ 消費者のお金の使い方が変わった。 クラフトビールはそこに入り込んだ。 ⸻ 2008年 「ブルワリー+レストラン」というモデル もう一つ、2008〜09年に重要だったのがTaproomやBrewpubだ。 金融危機では通常のレストランも苦しくなる。 しかしブルワリーが併設されたレストランは、ビールそのものを差別化できた。 食事。 ビール。 醸造所。 空間。 ストーリー。 それらを一つの商品として提供できる。 2009年、Brewpub部門は厳しい経済環境の中でも2%成長したとBrewers Associationは報告している。(Brewers Association⁠) これは後のクラフトビール産業にとって重要なモデルになる。 ビールを卸すだけではなく、店で直接売る。 その考え方が、後のTaproom文化へつながっていく。

クラフトビールが「ビールの価値」を変えた

⸻ 2009年 「ビールの価値」が変わった 大手ビールの価値は、 「安い」 「冷えている」 「どこでも買える」 というものだった。 クラフトビールは違った。 「誰がつくったのか」 「どこでつくったのか」 「どんなホップなのか」 「どんな食事と合うのか」 「どんなストーリーがあるのか」 消費者は、商品だけではなく、 背景まで購入するようになった。 これはワインやコーヒー、食文化にも共通する動きだった。 2008年には、クラフトビールと料理のペアリングをテーマにしたSAVOR(食べ物や楽しい経験などを「じっくり味わう」「堪能する」)が始まっている。 ビールは「喉を潤す飲料」から、 食文化の一部 へ進化していった。(Brewers Association⁠)

「クラフトビールが市場を変える」時代 へ入っていく。

⸻ 2010年 次の10年への扉が開く 2010年。 アメリカの営業ブルワリー数は1,689。 年間ベースでは1,716。 2008年末の営業ブルワリー数は約1,496、2009年末は約1,546だった。 つまり金融危機の中でも、小さな醸造所は増え続けていた。(Brewers Association⁠) そして2010年のクラフトビール生産量は、その後の成長の基準点となる。 約1,000万バレル規模へ。 翌2011年にはクラフトビールの生産量が1,146万バレルまで増え、米国ビール市場の数量シェアは5%を初めて超える。(Montana Brewers Association -⁠) ここから先は、もはや「クラフトビールが存在する」時代ではない。 「クラフトビールが市場を変える」時代 へ入っていく。

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