[BEERis MEDIA] From "The Humiliation of Canossa: The Bakumatsu Beer Restoration Era" — by a beer and international journalist known for a sharp, candid perspective.
13 September Sunday Edition 2026 vol.292

これまでにも「ビールはメデイア」というコンセプトで不定期に公開した【BEER is MEDIA】のコーナー。今後は週末に「日曜日版」として更新予定です。日本中から書店が消え、コンビニから雑誌コーナーがなくなり、新聞の部数の激変、さらにCMが消えたテレビ局まで、あらわれる始末。
今から39年前、テレビとCMが最も面白かった時代のビールを題材にしたメデイアです。
1987年に発売されたアサヒビール「スーパードライ」の初代CMキャラクター落合信彦さん
2026年2月の初旬、一本の訃報が目に入りました。
「父,落合信彦が逝去しました」というネットニュースの発信元は御子息 落合陽一さん((筑波大学准教授/https://yoichiochiai.com/)でした。
2月2日夜、自身の〈X〉(旧ツイッター)を更新。1日に自宅で老衰により84歳で亡くなった、実父で国際ジャーナリスト・作家の落合信彦さんを長文で追悼されてました。落合陽一さんとは直接の面識はありませんが、カメラに精通されていて、銀座のライカで良くお見受けしました。
常にライカを持っていたのが印象的です。
そして落合信彦さんと言えば 1987年に発売されたアサヒビール「スーパードライ」の初代CMキャラクターも務めており、陽一氏は2月1日、〈X〉で「今晩はみなさん、是非お付き合いください。父を愛してくれてありがとう#落合信彦 #スーパードライとスーパードライの缶を手に献杯するような写真を投稿してました。

アサヒビール松山一雄社長も公式〈X〉で投稿で追悼

アサヒビールも2日、この投稿を引用する形で、「落合信彦さんのご冥福をお祈りいたします。」と追悼。同社松山一雄社長の直筆署名とともに、公式〈X〉で投稿した。そしてCMと一緒に 思い出したのが「カノッサの屈辱」の「幕末ビール維新」の回、そこで語られる落合信彦左右衛門の姿でした。
1990年代前半のフジテレビの深夜番組、制作はホイチョイプロダクション(https://www.hoichoi.jp/)。構成作家には小山薫堂氏(https://www.n35.co.jp/)も名を連ねてました。
1990年代初めのテレビ業界の“自由さ”がうかがわれます。
キリンビールを幕府に例え、他のビールメーカー(藩)に仕える志士の中で落合信彦左衛門の奮戦を軸とした。キリン倒幕、「ビール維新」がコンセプトでした。キリンラガー一色だった市場に、アサヒスーパードライなどの登場や生ビール・各社の商品開発競争がもたらした「維新」の構図を見事に描いた。
物語の“オチ”としてはキリンビール幕府を討幕できず、ビール維新はまだ果たされいていないとして物語は終わります。
その討幕の志士が落合信彦左衛門、すなわち落合信彦さんなのです。放送は1990年6月11日回。ビール=キリンラガー」という一製品独占の時代(江戸時代)をキリンビールが支配する「麦府」として表現しています。アサヒビールを「藩」に例え、市場シェアを巡る差別化や生き残りの戦いを幕末の動乱・志士の動きになぞらえて解説。

幕末ビール維新 今見ても笑える。
落合 信彦氏の肩書きは、日本のジャーナリスト、小説家。 国際情勢や諜報関係の事情をレポートした作品や、それらを題材とした小説、翻訳、若者向けの人生指南書を多数執筆した。僕もそんな落合さんの大フアンで 「モサド」「インテリジェンス」 と言った単語は全て落合さんから吸収したものです。落合さんの著書を教科書代わりにしていた当時の僕はアメリカ史上最も重大な暗殺事件とされる「ジョン・F・5ケネディ暗殺事件の秘密を知る落合さんは今 トランプ大統領が暗殺事件などの機密文書を完全公開する大統領令に署名し、2025年3月に約8万ページの記録が公開されましたが、全く驚きがなかったのはそんな機密文書より落合 信彦氏の分析の方がワクワクドキドキしていたからに他ありません。

なぜ アサヒビールは落合さんをキャスティングしたのか?
話が逸れましたが、そんなノビー(失礼/当時 書籍中の表現で 落合氏のアメリカ人の友人は落合氏をこう呼んでいました)が なぜアサヒビールの社運を賭けた大プロジェクト「スーパードライ」のキャラクターに抜擢されたか? は 「スーパードライ」(超辛口)と「歯に衣着せぬ物言い」の超辛口が代名詞だったノビーに白羽の矢(The person chosen for the job)が立ったからです。
そんなキャステイングについて、適当なこと言って?と思われるかもしれませんが、実は根拠があるんです。スーパードライを大ヒットさせ、アサヒビールを復活させた故樋口廣太郎氏(1926-2012)がよく生前 退社後、講演等で良く仰っていたんです。「落合さんは〈辛口〉だからね」って。これがジョークだったか、どうか?は分かりません。

アサヒビール中興の祖である樋口廣太郎氏のスーパードライ名言「チャンスは貯蓄できない」
落合 信彦「辛口」極言
「何もないのに守りに入り、20歳や30歳で老齢年金のことを考えてちゃ、やっぱり首から鎖は取れないよ。首輪を切ろうとしたら、自分の首を切るぐらいの覚悟がなくちゃ。
ワイルドな犬は、首を傷だらけにしても、そうするんだ。」
落合さんのフアンだった僕は 「スーパードライ」しかビールを飲まない時代が長く続きます。
物語は結局 キリンビール幕府をアサヒビール倒幕軍は打ち破れずに終わります。
死去の知らせを聴いて、もちろん スーパードライで献杯し、落合信彦氏と、御子息の落合陽一氏の共著「予言された世界」を購入し、久しぶりに 落合信彦氏の文章に触れ、懐かしくもありましたが、当時より「辛口」度合いがなくなっていたことに寂しさを読後に感じました。

結局 1度流れただけで、CMはお蔵入り
1987年3月17日に販売が開始された。スタイルはドライビール。アサヒスーパードライの登場で、日本のビール市場にドライビールというジャンルが定着した。
また、日本のビール業界で発生した「ドライ戦争」の発端となったビールである。そしてそのドライ戦争を「戊辰戦争」と言う日本近代史上最大の内戦に例え新政府軍「アサヒビール」旧幕府軍「キリンビール」そして 登場する勝海舟役に勝新太郎。例の「パンツに薬●が勝手に入ったと言うコ●イン問題〜なぜ入っていたか俺が知りたい」まで盛り込む周到ブリ。多くの人を倒幕軍に変えたアサヒスーパードライと辛口ジャーナリストの落合信彦氏。そして「カノッサの屈辱」に乾杯と献杯を。
2027年 “アサヒスーパードライ”は40周年

「スーパードライ」ブランドの中味・パッケージ・コミュニケーションを刷新しました。『アサヒスーパードライ』『アサヒスーパードライ 生ジョッキ缶』は、8月上旬以降の製造分から順次切り替え、『アサヒスーパードライ ドライクリスタル』はまもなく10月6日から発売の予定です。
「カノッサの屈辱」:1077年にドイツ王(のちの神聖ローマ皇帝)ハインリヒ4世が、ローマ教皇グレゴリウス7世に対して謝罪し、破門を解いてもらった事件です。
TODAY'S BONUS VIDEO
※写真や資料の引用についてはその引用先を明確にして、細心の注意を持って情報を取り扱っていますが、不備な点等 ございましたら何なりとご一報ください。訂正、又は削除致します。
