The world's greatest beer festival, born in Munich 200 years ago—Oktoberfest was far more than just a "beer festival."
4September 2026 vol.266
9月開催なのに なぜ、オクトーバーフェス? 今日も毎日更新
毎年秋になると、世界中からビール好きがドイツ・ミュンヘンに集まる Oktoberfest。

毎年秋になると、世界中からビール好きがドイツ・ミュンヘンに集まる
Oktoberfest。
巨大なビアテント。
1リットルのMass(マース)ジョッキ。
※マース(Maß/Mass):ドイツ語で「マース」は1リットルの容量を意味です
ソーセージ。
音楽。
遊園地。
民族衣装。
そして大量のビール。
今では誰もが知っている「世界最大級のビール祭り」だ。
でも、ここで一つ疑問がある。
オクトーバーフェストは、最初からビール祭りだったのだろうか?
答えは、違う。
むしろ、その逆だ。
最初はビールが主役ではなかった
始まりは「ビール」ではなく「結婚式」
1810年10月12日。
当時のバイエルン王国の王太子ルートヴィヒと、テレーゼ王女が結婚した。

王族の結婚。当然、ミュンヘンの街はお祝いムードになる。
そこで、市民も一緒に楽しめる大規模な祝祭が企画された。
10月17日。
ミュンヘンの城壁の外に広がる草原で、競馬大会が開催された。
これが現在のオクトーバーフェストの始まりだ。
この草原は、花嫁テレーゼにちなんで、
Theresienwiese(テレージエンヴィーゼ)と呼ばれるようになった。
現在の会場である。
つまり「Oktoberfest」という名前の原点には、ビールではなく、ひとりの女性の名前と、ひとつの結婚式がある。
ここが面白い。
「来年もやろう」
1810年のイベントは大成功した。
そして翌年、「じゃあ、来年もやろう」となる。
1811年には競馬に加えて農業祭も開催された。
農産物を展示し、地域の産業を紹介し、人が集まり、食べて、楽しむ。
つまり、この時点のオクトーバーフェストは、ビールフェスではなく、地域のお祭りだった。
そして毎年開催されるようになった。
一度きりのイベントが、「毎年やるもの」になった。
ここから文化が始まる。
ビールは「後から来た」要するに「後付」

19世紀に入り、祭りには徐々にビールが登場する。
ビールを販売するスタンドができる。
人が集まる。
飲み物が売れる。
すると、もっと大きなビール販売スペースが必要になる。

やがて小さな屋台は巨大なビアホールへと変わっていった。
19世紀末には、現在の巨大ビールテントにつながるスタイルが形成されていく。
そして現在。
オクトーバーフェストといえば、ビール。
でも歴史を逆からたどると、祭りが先で、ビールは後だった。
ここは、クラフトビール業界にとって非常に重要なポイントだと思う。
「ビールフェスをやる」という発想を疑ってみる
日本でも全国各地でクラフトビールフェスが開催されている。
ブルワリーが集まる。
限定ビールを出す。
フードを出す。
音楽を流す。
そして、「ビールを飲みに来てください」と告知する。
もちろん、それは悪くない。
でも、オクトーバーフェストの歴史を見ると、別の考え方が見えてくる。
「ビールがなくても、人が来る理由をつくる。」

その上でビールを飲んでもらう。これが、オクトーバーフェストの強さだった。
なぜ200年以上続いたのか?
1810年から2026年。
実に216年。
もちろん戦争や疫病などによって開催されなかった年もある。
それでも、基本的には毎年続いてきた。
なぜなのか?
216年も続いた理由は「ビールそのものを目的にしなかった」ことにある。

おそらく理由は、「ビールそのものを目的にしなかった」ことにある。
家族で遊べる。
友達と会える。
音楽を楽しめる。
食事ができる。
遊園地がある。
街の伝統を感じられる。
民族衣装を着る。
そして、ビールを飲む。
つまり、ビールは「目的」の一つであって、「目的のすべて」ではない。
名前は「Oktober」なのに9月に始まる
そして「Oktober」なのに9月に始まる。
もう一つ、オクトーバーフェストには面白い歴史がある。
最初の1810年は10月に開催された。
しかしミュンヘンの10月は寒い。
そこで1872年から開催時期を前倒しし、9月にスタートするようになった。
それでも名前は変えなかった。
OktoberfestはOktoberfestのまま。
これは単なる名称ではない。
200年以上積み重ねてきた歴史そのものだからだ。
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「変えるもの」と「変えないもの」
オクトーバーフェストの歴史を見ると、もう一つ重要なことに気づく。
祭りは、ずっと同じだったわけではない。
競馬がなくなった。

農業祭としての意味も変化した。
遊園地が増えた。
ビールテントが巨大化した。
音楽も変わった。
食文化も変わった。
開催時期も変わった。
それでも、「ミュンヘンの人が集まって楽しむ祭り」という芯は残った。
ここが強い。
クラフトビールは「商品」だけで勝負しなくていい
今、クラフトビール業界では 、「どんな新商品を作るか」が重要なテーマになっている。
IPA。
Hazy IPA。
Lager。
Sour。
Non-Alcoholic。
新しいホップ。
新しい酵母。
もちろん商品開発は重要だ。
でも、オクトーバーフェストの歴史を見ると、商品だけではなく「体験」をつくることの重要性が見えてくる。
ビールは飲んだらなくなる。でも、「あの場所で飲んだ」という記憶は残る。
ビールフェスではなく「文化」をつくると言う心構え
オクトーバーフェストが強いのは、「今年はどんな限定ビールが飲めるか」だけではない。
むしろ、「今年もあの場所に行こう」という習慣が存在することだ。
これはブランドとして、とてつもなく強い。
ビールを売っているのではない。「毎年戻ってくる理由」を売っている。
これこそ、200年以上続く祭りの本当の資産なのではないか。
日本には、日本にしかできない祭りがある。
日本のクラフトビールフェスに必要なのは何か?
祭り。
縁日。
神輿。
屋台。
花火。
音楽。
食文化。
地域。
人。
そして、もちろんビール。
だったら、「海外のビールフェスを日本に持ってくる」必要はない。
オクトーバーフェストがドイツの文化から生まれたように、
日本のクラフトビールフェスも、日本の文化から生まれればいい。
ビールは「祭り」をつくれない。でも、祭りはビールを文化にできる
1810年。
ミュンヘンの草原で始まった小さな祝祭。
そこにビールが加わり、200年以上の時間をかけて、世界最大級のビールイベントになった。
だから、オクトーバーフェストの歴史から学ぶべきことは、「どうやってビールをたくさん売るか?」ではない。
むしろ、「どうやって、人が毎年戻ってくる場所をつくるか?」だと思う。
ビールは「商品」、祭りは「文化」 これ大事
ビールは商品。
祭りは文化。
そして文化になったビールは、簡単には消えない
いまさら聞けない日本の「オクトーバーフェス」
1977年9月20・21日の両日18時〜21時、初めて一般人を対象にした本格的なオクトーバーフェストが大阪のアサヒビアハウスウメダ(現・スーパードライ梅田)で行われた記録が残っています。大規模な屋外開催は2002年 横浜赤レンガが始まりです。公式サイトhttps://www.oktober-fest.jp/

