1990年代後半。 アメリカのクラフトビールは、まだ「何でもあり」の時代だった。

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IPAが今ほど一般的ではない。 Hazy IPAもない。 West Coast IPAという言葉さえ、現在ほど定着していない。 ブルワーたちは、ヨーロッパの伝統を学びながら、アメリカでしかつくれないビールを探していた。 そんな時代。 カリフォルニア州San Diegoで、一つのブルワリーが動き始める。 Ballast Point Brewing。 その歴史は1996年から始まる。 そして、1996年に生まれたビールと、2005年に生まれたビールを並べてみると、このブルワリーが歩いてきた10年間が見えてくる。 Calico Amber Ale。 そして、 Sculpin IPA。 この二つのビールの間には、San Diegoのクラフトビール革命そのものが詰まっている。

Calico Amber Ale

1992年 San DiegoにHome Brew Martがオープンした。

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⸻ 1992年、Home Brew Martから始まった Ballast Pointの物語は、1996年よりさらに前に始まる。 1992年。 San DiegoにHome Brew Martがオープンした。 ここは単なるビールショップではなかった。 ホームブルワーたちが集まり、原料や器具を買い、ビールについて語り、そして自分たちでビールをつくる場所だった。 後にBallast Pointを立ち上げることになるYuseff Cherneyや仲間たちも、このHome Brew Martを中心に活動していた。 つまりBallast Pointは、 「大きなブルワリーをつくろう」 というところから始まったのではない。 ホームブルーイング。 仲間。 実験。 そして、 「もっとおいしいビールをつくりたい」 という欲求から始まった。

YuseffCherney https://soundcloud.com/user-915198143/sets/yuseff-cherney-founder-master

1996年、Ballast Pointとして最初のビールを醸造・販売する。 その名は、 Ballast Point Special。 そして同じ年、後にCalicoとして知られるビールも生まれる。 Ballast Point自身も1996年を創業年とし、最初のビールをこの年に醸造したと記録している。

⸻ Calico Amber Ale。 Ballast Pointの原点にあった「モルト」 現在のBallast Pointを知っている人なら、代表ビールと聞いてまず思い浮かべるのはSculpin IPAだろう。 しかし、1996年のBallast Pointを象徴するビールは違った。 Calico Amber Ale。

Ballast Point Calico Amber Ale

現在のBallast Pointの説明によれば、CalicoはHome Brew Martに設置された最初の15バレル・ブリューハウスで最初に醸造されたビール。 ESBからインスピレーションを受けたAmber Aleだった。 4種類のモルトとアメリカンホップを組み合わせた、銅色からルビーレッドの色合いを持つビール。 キャラメル。 トースト。 シトラス。 スパイス。 そして、しっかりしたホップの苦味。 現在のスペックではABV 5.5%、51 IBUとなっている。 つまりCalicoは、 「モルトをしっかり感じながら、アメリカンホップも楽しめる」 ビールだった。

⸻ 1990年代のBallast Pointは「West Coast IPAのブルワリー」ではなかった ここは重要だ。 現在のBallast Pointを見ると、 Sculpin=Ballast Point というイメージが強い。 しかし、それは後からできた物語だ。 1990年代後半のBallast Pointは、さまざまなスタイルを試していた。 Amber Ale。 Kölsch。 Porter。 Lager。 そしてIPA。 つまり、 「アメリカのクラフトビールとは何なのか」 を探していた時代だった。 Ballast Point自身も、伝統を尊重しながら「もっと良い方法はないか」と考え、技術や原料を試し続けることを自分たちのDNAとしている。 (Ballast Point⁠)

Calicoは、まさにその出発点にあった。 ⸻ そしてSan Diegoで、ホップが変わり始める 1990年代後半。 San Diegoでは、クラフトビール文化が急速に成長していった。 温暖な気候。 海。 サーフィン。 スケート。 フィッシング。 アウトドア。 そして、自由なカルチャー。 そこに、 「ビールも自由につくっていい」 というクラフトビールの思想が重なった。 San Diegoのブルワーたちは、伝統的なヨーロッパのビールをそのままコピーするのではなく、アメリカ産ホップを大量に使い始める。 苦味。 柑橘。 松。 樹脂。 そして、強烈な香り。 やがて、このスタイルが、 West Coast IPA と呼ばれるようになっていく。 Ballast Pointも、その波の中にいた。

Sculpin(スカルピン)日本語では「カジカ

⸻ そして一つの実験が始まる Sculpin IPAの始まりは、意外にも「新しいIPAをつくろう」という大きなプロジェクトではなかった。 Ballast Pointによれば、Sculpinは二人のホームブルワー、George CataulinとDoug DuffieldのIPAレシピを組み合わせるというチャレンジから始まった。 最初につくられたビールの名前は、 North Star IPA。 これが予想以上に好評だった。 しかし、Ballast Pointはそこで終わらなかった。 何度も実験を繰り返す。 そして、 ホップを5つの異なる段階で投入する。 という方法にたどり着く。 それによって、ホップの香りと味わいをさらに引き出す。 これが、後のSculpinの大きな特徴になる。 (Ballast Point⁠)

⸻ 2005年。 Sculpin IPA誕生 そして2005年。 Ballast Pointの歴史を変えるビールが正式に生まれる。 Sculpin IPA。 Ballast Point自身の年表でも、2005年に初めてSculpin IPAを醸造したと記録されている。 二つのホームブリューのレシピを組み合わせて生まれたIPA。 そして、 「Instant hit」 ――すぐに人気になった。 Ballast Pointは後にSculpinを自社の「flagship」と位置づけるようになる。 (Ballast Point⁠) 現在のSculpinは、 ABV 7% 70 IBU というWest Coast IPA。 シャープなシトラス。 パイン。 トロピカルフルーツ。 そして、しっかりとした苦味。 Ballast Pointが現在説明するSculpinの香味は、アプリコット、ピーチ、マンゴー、レモンなどだ。

「Sculpin」「飲みやすいのに、刺してくる」

⸻ なぜ「Sculpin」だったのか そして、名前が面白い。 Sculpin=カジカの仲間の魚。 見た目は、それほど恐ろしくない。 しかし、背びれには毒のある棘がある。 触ると、 痛い。 この魚の性質を知っていたBallast Pointのアーティスト、Paul Elderが、North Star IPAの名前を変えることを提案した。 「Sculpin(スカルピン)そう考えた。 そして、 Sculpin という名前が生まれた。 Ballast Pointの公式ストーリーでも、7%というアルコール度数を感じさせない飲みやすさと、Sculpin魚の「sting=刺す」性質を重ねて命名されたと説明されている。 これは、ビールの名前として非常に秀逸だ。

⸻ 「飲みやすいのに、刺してくる」 Sculpinの面白さはここにある。 7%。 70 IBU。 数字だけ見れば、決して軽いビールではない。 しかし、 飲めてしまう。 香りがある。 フルーティー。 シトラス。 パイン。 そして、最後に苦味が残る。 だからもう一口飲みたくなる。 そして、 「もう一口」 「もう一口」 と飲んでいるうちに、 7%。 これがSculpinの「sting」だった。 強いだけではない。 飲ませるためのホップ。 そこが重要だった。 ⸻ CalicoからSculpinへ ここで1996年のCalicoと2005年のSculpinを並べてみる。 1996年 Calico Amber Ale モルト。 キャラメル。 トースト。 A mber Ale。 伝統的なESBからの影響。 2005年 Sculpin IPA ホップ。 シトラス。 パイン。 トロピカルフルーツ。 West Coast IPA。 この二つは、まったく違うビールに見える。 しかし、実はつながっている。 どちらも、 「伝統を学んで、そこに自分たちのタッチを加える」 というBallast Pointの思想から生まれている。

Calico → Sculpin という10年は、 「クラフトビールをアメリカ化する10年」 だったとも言える

Calicoでは、ESB的なモルトの骨格にアメリカンホップを加えた。 Sculpinでは、IPAというスタイルをさらにホップ中心へ押し進めた。 つまり、 Calico → Sculpin という10年は、 「クラフトビールをアメリカ化する10年」 だったとも言える。 ⸻ 1999年、瓶詰めを始める 1999年には、Ballast Pointがビールのパッケージングを開始する。 ただし、大きな工場があったわけではない。 Ballast Pointの公式ヒストリーには、 「Endless hand labeling ensues.」 とある。 つまり、 ひたすら手作業でラベルを貼る。 そんな時代だった。 現在のBallast Pointからは想像できない。 しかし、クラフトビールの初期には、こういう小さな作業の積み重ねがあった。 そして2006年。 ついに最初の本格的な生産ブルワリーをオープンする。 手貼りラベルの時代が終わる。

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1999年から2006年。 Ballast Pointが「小さなホームブルワーの集まり」から、プロダクション・ブルワリーへと変わっていった時期だった。 ⸻ 2005年、Sculpinは時代の先にいた Sculpinが生まれた2005年。 まだHazy IPAは存在しない。 「Juicy IPA」というカテゴリーもない。 IPAは、 クリア。 苦い。 シトラス。 パイン。 そんな時代だった。 その中でSculpinは、 香りを最大限に引き出しながら、苦味も残す。 という方向に進んだ。 そして後にSculpinはWorld Beer Cupなどで評価され、Ballast Pointの代表作になっていく。

現在のBallast PointはSculpinを「gold-medal winning IPA」として紹介している。 (Ballast Point⁠)

⸻ 2000年代、San Diegoから世界へ Sculpinの成功によって、Ballast Pointは大きく成長する。 2010年。 World Beer Cupで「Champion Small Brewery」を獲得。 2014年には需要がタンク容量を上回り、Miramarにより大きな生産施設を拡張する。 つまり、 1996年の15バレルの小さな醸造設備 から、 世界的なクラフトブルワリー へ。 その途中にあったのがSculpinだった。 ⸻ そして、Sculpinは「魚」から「ブランド」になった Sculpinが成功すると、その名前は一つのビールだけではなくなった。 Grapefruit Sculpin。 Habanero Sculpin。 Pineapple Sculpin。 Imperial Sculpin。 Hazy Sculpin。 現在ではSculpinという名前そのものが、一つのブランドとして展開されている。 (Ballast Point⁠) しかし、原点は一つ。 North Star IPA。 二つのホームブルーイングレシピ。 5段階のホップ投入。 そして、 Sculpinという魚。 ⸻ Calicoは「原点」、Sculpinは「革命」 Ballast Pointの歴史を振り返ると、 Calicoは、彼らがどこから来たのかを教えてくれる。 Sculpinは、彼らがどこへ行ったのかを教えてくれる。 Calicoには、 伝統。 モルト。 クラシック。 がある。 Sculpinには、 ホップ。 実験。 West Coast。 がある。 そして、その間にある10年が、Ballast Pointそのものだ。

⸻ San Diegoの太陽と、ホップの苦味 Ballast Pointを語るとき、どうしてもSculpinの味だけに注目してしまう。 しかし、その背景にあるSan Diegoの文化を無視することはできない。 海。 釣り。 サーフィン。 アウトドア。 ホームブルーイング。 そして、自由なカルチャー。 Ballast Pointのブランドには、魚や海をモチーフにしたアートが多い。 その中心にいたのがアーティストのPaul Elderだった。 彼の魚のイラストがBallast Pointのラベル文化をつくり、Sculpinという名前にもつながった。 (Ballast Point⁠) だからSculpinは、単なるIPAではない。 San Diegoという街の風景を、ビールの中に入れたような存在だった。

⸻ 1996年から2005年。 9年間で何が変わったのか 1996年。 Calico Amber Ale。 モルトを中心に、アメリカンホップを加える。 1999年。 パッケージング開始。 2000年代。 ホームブルーイングから本格的な生産へ。 そして2005年。 Sculpin IPA誕生。 この9年間で、 Ballast Pointのビールは、モルトからホップへ。 そして、 San Diegoのクラフトビール文化も、より大胆な方向へ。 変わっていった。 ⸻ 「伝統を守る」のではなく、「伝統を使う」 Ballast Pointの歴史で一番面白いのは、ここだと思う。 彼らは伝統を捨てたわけではない。 CalicoのようなAmber Aleをつくる。 Kölschもつくる。 Lagerもつくる。

しかし同時に、 「もっとホップを入れたら?」 「ホップを5段階で入れたら?」 と考える。 そしてSculpinが生まれる。 つまり、 伝統を守るのではなく、伝統を使って新しいものをつくる。 それがアメリカンクラフトビールの面白さだった。 ⸻ 1990年代のクラフトビールは、まだ「正解」がなかった Sculpinが生まれた2005年。 今のようにIPAの教科書はなかった。 Hazy IPAもない。 West Coast IPAというスタイルも、まだ現在ほど整理されていない。 だからブルワーは、自分で考えるしかなかった。 ホップをどこで入れる? 何種類使う? 何回入れる? どれくらい苦くする? どれくらい香らせる? Ballast Pointは、その問いを何度も繰り返した。 そして、 5回のホップ投入 という答えにたどり着いた。 それがSculpinだった。

⸻ そして2026年 現在、Ballast PointはSculpinをフラッグシップとして扱っている。 ABV 7%。 70 IBU。 シトラス、パイン、トロピカルフルーツ。 それは今飲んでも、非常に「West Coast」らしいIPAだ。 (Ballast Point⁠) しかし、もっと面白いのは、その原点に1996年のCalicoがあることだ。 Amber Aleから始まったブルワリーが、 10年後にはSculpinという強烈なIPAをつくっていた。 これはBallast Pointだけの話ではない。 アメリカンクラフトビールそのものの進化だった。

⸻ CalicoからSculpinへ。 1996年。 まだ小さなHome Brew Martから始まったBallast Point。 最初の15バレルの醸造設備でつくられたAmber Ale。 そして2005年。 二人のホームブルワーのレシピから生まれたIPA。 その名前は、 Sculpin。 見た目は普通の魚。 でも、触ると刺す。 その名前の通り、 「飲みやすい。でも、油断すると刺される。」 そんなビールが、San Diegoから世界へ広がっていった。 クラフトビールの歴史を振り返ると、革命はいつも巨大な工場から始まるわけではない。 小さな店。 ホームブルワー。 15バレルの醸造設備。 手作業のラベル貼り。 そして、 「もっとおいしいビールをつくりたい」 という欲求。 CalicoからSculpinまでの10年は、その積み重ねだった。 そしてSculpinが教えてくれたことは、一つ。 伝統を学ぶことと、伝統に従うことは違う。 学んだうえで、 少し変える。 もう一度試す。 ホップを一回多く入れる。 そして、 自分たちの街の味にする。 それが、San Diegoから生まれたWest Coast IPAだった。 CalicoはBallast Pointの原点。 Sculpinは、その原点から飛び出した一匹の魚だった。 そしてその魚は、今も世界中のビールファンを刺し続けている

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