
04 Nov 2026 vol.403
1991年に創業したNew Belgiumの象徴的なビールが「Fat Tire」だ。

コロラド州フォートコリンズで1991年に創業したNew Belgium(ニューベルジャン・ブリューイング)は、地下室から始まった小さな醸造所だった。しかし、そこから全米に知られるブランドへと成長し、やがてアメリカを代表するクラフトビール企業の一つとなる。 その成長を支えた象徴的なビールが「Fat Tire」(マウンテンバイクのタイヤ名)だ。
現在のNew Belgiumを理解するためには、まずこのビールがどのように生まれ、なぜ多くの一般消費者に受け入れられたのかを知る必要がある。 ベルギーでの自転車旅行が、すべての始まりだった New Belgiumの創業者は、Jeff LebeschとKim Jordan。 Jeff Lebeschは電気技師であり、ホームブルワーでもあった。1980年代後半、彼は自転車でベルギーを旅し、現地のブルワリーやビール文化に触れる。そこで出会ったのは、アメリカで当時一般的だったビールとは異なる、個性的な酵母、麦芽、果実、スパイスを使った多様なビールだった。 ベルギーのビールには、単に喉の渇きを潤すだけではない、土地や歴史、醸造家の個性があった。 その経験をアメリカに持ち帰ったJeffは、自宅の地下室でベルギーのビールに影響を受けたレシピを試作する。そして妻のKim Jordanとともに、1991年、New Belgium Brewingを立ち上げた。 創業時の資金は決して潤沢ではなかった。大規模な設備を最初から整えるのではなく、限られた資金と中古設備を活用しながら生産を始めた。 ここで注目したいのは、創業者二人の役割分担である。
Kim JordanとJeff Lebeschによる明確な役割分担

Jeffは醸造と商品開発を担当し、Kimは経営、販売、マーケティング、顧客との関係づくりを担った。優れたビールを造る人間と、そのビールを市場に届ける人間が、それぞれの強みを発揮した。 これは後のNew Belgiumの成長を考えるうえでも重要なポイントだ。 どれほど優れたビールを造っても、消費者に認知され、店頭に並び、飲んでもらえなければ事業にはならない。New Belgiumは創業当初から、醸造と販売を一体のものとして考えていた。 Fat Tireは、なぜ一般消費者に受け入れられたのか Fat Tireは、Jeffのベルギー旅行に由来する名前を持つアンバーエール(Amber Ale/とは、上面発酵酵母(エール酵母)を使って造られる、琥珀色〜赤褐色をしたビールのスタイルです)。だ。 当時のアメリカでは、クラフトビールという市場そのものがまだ成長途上にあった。現在のようにIPAやヘイジーIPA、サワーエールが一般的に認知されていたわけではない。 消費者の多くにとって、ビールとはラガーを中心とした飲み物だった。 その市場においてFat Tireが果たした役割は大きい。 ベルギービールの影響を受けながらも、極端に個性的な味にするのではなく、飲みやすさと個性のバランスを取った。モルトの存在感、穏やかな苦味、ほどよいコク。クラフトビールらしさを持ちながら、ビールに詳しくない人にも受け入れられる設計だった。
つまりFat Tireは、クラフトビールの入り口になれる商品だったのである。 マニアだけに向けて商品をつくるのではなく、一般消費者が最初に手に取れるビールを持つ。この考え方が、New Belgiumの市場拡大に大きく貢献した。 クラフトビールの魅力を理解してもらうためには、最初の一杯が重要だ。 最初から強烈な苦味や複雑な発酵香を求める人ばかりではない。普段飲んでいるビールから少しだけ違うものを試してみたい。そんな消費者にFat Tireは届いた。 地域のブルワリーから、全米ブランドへ 創業初期、New Belgiumの販売は決して大規模なものではなかった。 Kim Jordanは自らビールを販売店に届け、取引先を開拓し、消費者との接点をつくっていった。会社が成長するにつれて地下室の設備では生産が追いつかなくなり、1992年には鉄道貨物倉庫を改装した施設へ移転。さらに1995年には、現在のフォートコリンズの拠点となる醸造施設へ移った。 この成長の背景には、商品力だけでなく、販売エリアを段階的に拡大していく経営判断があった。 1990年代後半には生産量が急増し、1998年には年間生産量が10万バレルを超える規模に到達する。 ここで重要なのは、最初から全米展開を目指して無理に規模を拡大したわけではないということだ。 地元で支持を得て、コロラド州内で認知度を高め、徐々に販売地域を広げていく。ブランドの支持と生産能力の成長を連動させていた。 また、New Belgiumは単にFat Tireだけを売る会社ではなかった。 Abbey Aleや1554など、ベルギーの伝統や歴史を感じさせる商品を展開し、ブランドとしての幅を持たせていった。 Fat Tireで一般消費者との接点をつくり、その他の商品でブルワリーとしての個性を伝える。この商品構成は、後に同社が多様なビールカテゴリーへ進出する土台になっていく。 商品だけではない。会社そのものをブランドにした New Belgiumの特徴は、ビールの品質や商品開発だけではない。 従業員が会社の成長に参加する仕組みを整え、環境問題にも積極的に取り組んできた。 従業員持株制度であるESOPを導入し、最終的には2012年から2019年の買収まで、会社は100%従業員所有となっていた。 また、1999年には風力発電由来の電力を導入するなど、環境への取り組みを早い段階から進めている。 これは単なる企業イメージづくりではなかった。 従業員が会社の所有者であるという意識、地域社会とのつながり、環境に配慮した事業運営。こうした考え方がNew Belgiumという企業の個性を形成していった。 消費者が購入していたのは、単にFat Tireというビールだけではなかった。New Belgiumというブルワリーが持つ価値観も、ブランドを選ぶ理由の一つになっていたのである。
New Belgiumが成長した理由の一つはクラフトビールをマニアだけのものにしない絶妙なバランス感覚にあった

第1部の結論 New Belgiumが成長した理由は、Fat Tireがおいしかったから、という一言では説明できない。 一般消費者が手に取りやすい商品を持ち、その商品を市場に届ける販売力を育て、企業としての価値観をブランドに結びつけていった。 クラフトビールをマニアだけのものにしない。 その一方で、単なる大量生産のビールメーカーにもならない。 このバランスこそが、New Belgiumの最初の成長を支えた大きな要因だった。
次回は、Fat Tireとは異なるもう一つの顔、New Belgiumのサワービールと木樽熟成の世界に迫る。

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