8 August 2026 vol.197
クラフトサイダーづくりで培った「生産者と消費者をつなぐ力」
アメリカ・オレゴン州のクラフトサイダー界を代表する起業家の一人、Nat West(ナット・ウェスト)が、新たなステージへ歩み始めた。 カナダ・ブリティッシュコロンビア州のVancouver Farmers Marketは、2026年8月3日付でNat West氏がエグゼクティブディレクター(代表理事)に就任したことを発表した。

クラフト飲料メーカーの創業者が、地域農業や食文化を支える非営利組織のトップへ転身する──
このニュースは、北米クラフト業界の新たな潮流を象徴している。 パンク精神から始まったReverend Nat’s Nat West氏は2011年、オレゴン州ポートランドでReverend Nat’s Hard Ciderを創業した。

当時のアメリカではクラフトビールブームが急成長する一方、サイダー市場はまだ大手メーカー中心だった。そんな中、West氏は「誰も造らないサイダーを造る」という発想で、ホップ、スパイス、ハーブ、野菜、さらには唐辛子なども取り入れた独創的な商品を次々と発売。「サイダー界のパンクロック」とも呼ばれる存在となり、多くのファンを獲得した。
「サイダーはもっと自由であっていい」。
彼の哲学は、「サイダーはもっと自由であっていい」。 ビールのようにホップを効かせたもの、ワインのような複雑さを持つもの、遊び心あふれる限定商品まで、既成概念にとらわれない挑戦を続けた。 小さなブランドから世界へ 創業当初は小規模なスタートアップだったReverend Nat’s Hard Ciderは、12年間で全米13州へ流通するブランドへと成長。 さらにカナダ、ヨーロッパ、東アジアへも輸出され、アメリカを代表するクラフトサイダーメーカーの一つとして知られるようになった。 事業の成功だけではない。 同社は創業からの12年間で28万ドル(約4,000万円)以上を地域の非営利団体へ寄付。
クラフト飲料メーカーとして地域社会への還元を重視し、「利益だけではない企業経営」を実践してきた。 なぜサイダー業界を離れたのか West氏は2023年、Reverend Nat’s Hard Ciderを離れる。 背景には、アメリカのクラフト飲料市場全体が成熟期に入り、クラフトビールだけでなくクラフトサイダー市場も競争が激化したことがある。
「地域を元気に」
大量生産メーカーの参入、流通環境の変化、コロナ禍以降の消費行動の変化など、業界を取り巻く環境は大きく変わった。 しかしWest氏は業界を去ったわけではない。 「地域を元気にする」という創業当時からの理念を、今度は飲料メーカーではなく地域づくりそのもので実現しようとしている。
2024年にはポートランド市議会議員選挙へ立候補。初めて導入された順位選択投票(Ranked Choice Voting)による選挙で5位となり、地域課題への取り組みを続けてきた。 ファーマーズマーケットは”地域経済”そのもの Vancouver Farmers Marketは単なる青空市場ではない。 数百の農家、食品メーカー、小規模事業者が集まり、地域経済を支える重要なインフラとして機能している。 2026〜2030年の戦略では、
・小規模事業者の支援
・公共空間の活性化
・地域農産物へのアクセス向上 を重点目標として掲げている。
クラフトサイダーづくりで培った「生産者と消費者をつなぐ力」は、この新しい役割でも大きな武器になるだろう。
Transporter's View
クラフトビールやクラフトサイダーの本質は、「飲み物を造ること」ではない。
地域の農家と協力し、生産者のストーリーを伝え、人々が集まる場所を生み出し、コミュニティを育てることにある。 近年、北米ではブルワリーやサイダリーの創業者が、行政、NPO、観光、地域振興など新たな分野へ活躍の場を広げる例が増えている。 Nat West氏の転身は、その象徴的な事例と言えるだろう。 これからは「どんなサイダーを造るか」だけでなく、「どんな地域を造るか」が、クラフト飲料業界のリーダーに求められる時代になってきているのかもしれない。
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