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© 2026 ERDINGER Weißbräu. All rights reserved.

ドイツ・バイエルン州を代表する世界的なヴァイツェンブランド、Erdinger Weissbräu(エルディンガー・ヴァイスブロイ)。

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そのブランドを世界へと育て上げたオーナー、Werner Brombach(ヴェルナー・ブロンバッハ)氏が、86歳で亡くなった。

エルディンガーの発表によれば、Brombach氏は短い闘病の末、家族に見守られながら逝去したという。

その死は、ドイツの一醸造所のオーナーを失ったというだけではない。

世界中で飲まれている「ヴァイツェン」というビール文化を、ひとつのブランドとして世界に広げた人物の死でもある。

1886年から続く、バイエルンの醸造所

Erdingerの歴史は1886年に始まる。

Johann Kienleによって創業された醸造所を、1935年にFranz Brombachが買収。その後、1949年に「Erdinger Weißbräu」へと名称を変更した。

そして、その次の世代として経営を担ったのが息子のWerner Brombach氏だった。

Brombach氏は、エルディンガーを単なる地元の醸造所から、世界的なヴァイツェンブランドへと成長させていった。

代表的な「Erdinger Weissbier」をはじめ、「Dunkel」などの上面発酵による小麦ビールを中心に、Helles、NaturRadlerなど幅広い商品を展開

現在では、世界各地で「Erdinger」という名前が、バイエルンのヴァイツェンを象徴するブランドとして認識されている。

“My purpose in life is to be a brewer, heart and soul.”

「私は醸造家であることが人生の目的」

Brombach氏が残した言葉の中でも、とりわけ印象的なのが、

“My purpose in life is to be a brewer, heart and soul.”

という言葉だ。

「私の人生の目的は、心から、魂を込めて、醸造家であること。」

これは、単なる経営者としての言葉ではない。

巨大なグローバルブランドを築きながらも、自らを「経営者」ではなく「Brewer=醸造家」として捉えていたことが、この言葉から伝わってくる。

エルディンガーが世界的なブランドになった後も、そのルーツはバイエルン州エルディングという小さな街にあった。

世界へ進出することと、地元の文化を守ること。

その両方を成立させたことこそ、Brombach氏の大きな功績だったのではないだろうか。

「ローカル」と「グローバル」を両立させた功績

「ローカル」と「グローバル」を対立させなかった

現在のクラフトビール業界では、

「ローカルであること」

「世界へ出ていくこと」

この2つをどう両立させるかが、多くのブルワリーにとって大きなテーマになっている。

Brombach氏が残したErdingerの歴史は、そのひとつの答えでもある。

エルディングという土地に根を張りながら、世界中の人々にバイエルンのビールを届ける。

ブランドが大きくなっても、ビールそのものの背景にある土地、文化、製法を失わない。

それは、現在のクラフトビールが掲げる「Local to Global」という考え方よりもはるか以前から実践されていたことだった。

未来へ残された「独立したErdinger」

Brombach氏は自身の人生の最後に、もうひとつ重要な決断をしている。

2025年、彼は「Privatbrauerei Erdinger Weissbräu Werner Brombach GmbH」の株式を「Werner Brombach Family Foundation」へ移した。

そこには、単なる資産承継以上の意味がある。

エルディンガーがこれからも、

  • 妥協のない品質
  • 独立したブランドとしての存在
  • バイエルンの醸造文化

を守り続けるための仕組みを残したのだ。

つまりBrombach氏は、自分がいなくなった後のErdingerについても考えていた。

日本のビール業界にも残る「Erdinger」という存在

日本のクラフトビール市場においても、Erdingerは長く知られてきたブランドだ。

日本でクラフトビールがまだ「地ビール」と呼ばれていた時代から、ドイツのヴァイツェンを代表する存在として多くのビールファンに飲まれてきた。

日本のブルワリーがヴァイツェンを醸造し、その味わいを研究し、そして日本独自の小麦ビールを生み出していく。

そうしたビール文化の背景には、ドイツをはじめとするヨーロッパの伝統的な醸造文化がある。

その中でErdingerは、日本のビールファンにとっても「ヴァイツェンとは何か」を知る入口のひとつだった。

彼はビールを「商品」ではなく「文化」として残した

ビールを「商品」ではなく「文化」として残す

クラフトビールの世界では、いつも新しいものが生まれている。

新しいホップ、新しいスタイル、新しいパッケージ、新しいマーケティング。

しかし、Brombach氏が残したものは、その対極にある。

「変わらないこと」に価値を持たせること。

そして、その変わらない価値を世界中へ届けること。

Erdingerは、1886年から続く歴史を背負いながら、世界的なブランドになった。

それは、単にビールを大量に販売したという話ではない。

バイエルンという土地の文化を、一杯のビールに込めて世界へ届けたという物語だ。

「偉大な醸造家」は、ビールの中に残る

「偉大な醸造家」は、ビールの中に残る

Erdingerは今後も続いていく。

そして、世界中のビールファンがグラスに注いだヴァイツェンの中には、Werner Brombach氏が生涯をかけて守り、育てた思想が残り続ける。

「My purpose in life is to be a brewer, heart and soul.」

醸造家であることに人生を捧げる。

その言葉を、86年の人生で実践した男。

Werner Brombach。

彼が築いたErdingerは、これからもバイエルンから世界へ向けて、ビールを届け続ける。

そして私たちがそのグラスを傾けるとき、そこには一人の醸造家が生涯をかけて守った「Bavarian way of life」が、静かに息づいている。

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