2027年、クラフトビールの勝負は「醸造」から「経営」に移る

クラフトビール業界に、ひとつの大きな変化が起きている。 これまでの40年間、業界は「成長」という言葉にかなり助けられてきた。 ビールが売れた。 新しい取引先が増えた。 卸先が増えた。 新しいタップルームを開けば客が来た。 だから、多少の非効率があっても、それほど問題にならなかった。 Excelが何枚もあってもいい。 紙で在庫を管理していてもいい。 営業と醸造が別々の数字を見ていてもいい。 なぜなら、 「次の売上」が、その問題を覆い隠してくれたからだ。 しかし、その時代が終わった。

今 抱えている課題は成長しても解決しないかも知れない

https://www.sociablecider.com/co-packing

「売上が増えれば何とかなる」が通用しない

https://www.brewersassociation.org/membership/brewery/

Brewers Associationの2026年上半期レポートによれば、米国の稼働ブルワリーは2025年の9,515軒から9,344軒へ、1.8%減少。 クラフトビールの数量も前年同期比で4%減った。 新規ブルワリーの開業数も、2024年の518軒から大きく減り、わずか300軒となった。 これは単純な「クラフトビール人気の低下」という話ではない。

もっと重要なのは、 「成長すれば解決する」という時代から、「効率よく経営しなければ生き残れない」という時代へ変わった ということだ。 原材料費は上がる。 人件費も上がる。 物流費も上がる。 消費者の好みも変わる。 競争相手も増える。 そして、ビールそのものは簡単には値上げできない。 だから今、ブルワリーに必要なのは、 「もっと売る」 だけではない。 「同じ人数、同じ設備、同じ原料で、どうすればもっと利益を残せるか」 という視点だ。

現在のブルワリーが抱えている問題の多くが「醸造」そのものではないことだ。

https://www.brewersassociation.org/membership/brewery/

⸻ 次の競争相手は、隣のブルワリーではない 面白いのは、現在のブルワリーが抱えている問題の多くが「醸造」そのものではないことだ。 例えば、 製造。 在庫。 営業。 配送。 POS。 会計。 給与。 品質管理。 マーケティング。 それぞれに別のシステムを使っている。 これは成長の過程では自然なことだ。 最初はExcel。 売上が増えたらPOS。 卸売を始めたら販売管理。 生産量が増えたら醸造管理。 スタッフが増えたら給与システム。 店舗が増えたら別のシステム。 気がつけば、 会社の中に「正しい数字」が何種類も存在する。 営業が見ている数字と、醸造が見ている数字が違う。 在庫表と実在庫が違う。 原価計算と実際の支払いが違う。 そして誰かが、その数字をExcelにコピーする。 これが、クラフトビール業界に長年存在してきた「見えないコスト」だ。

10時間を取り戻す「見えないコスト」との戦い

Sociable Cider Werks

10時間を取り戻す 記事の中で興味深い事例がある。 ミネアポリスのSociable Cider Werks。 サイダーからソーダ、ヘンプ入りセルツァー、ノンアルコール商品、

さらにコパッキング(https://www.sociablecider.com/co-packing)へと事業を広げ、従業員も数人から約50人規模へ成長した。 ところが、事業が複雑になるほど、以前の紙ベースの管理方法が足かせになった。 生産情報を記録するだけで、一日以上かかっていたという。 そこでERPを導入。 結果として、毎週約10時間を手作業の記録から解放した。 10時間。 年間なら500時間以上になる。 これは単なる「便利なソフト」の話ではない。 人間の時間を取り戻す話だ。 そして、クラフトビール業界では、この「時間」が実はものすごく高価だ。 ブルワーがExcelを整理している1時間。 オーナーが在庫を確認している1時間。 営業が数字を集計している1時間。 その時間、本来なら、 新しいレシピを考えられる。 品質を改善できる。 農家と話せる。 新しい取引先を訪問できる。 スタッフを育てられる。 客と話せる。 つまり、 経営の非効率は、最終的にビールの品質やブランドにも跳ね返ってくる。

※コパッキング(Co-packing / 共同梱包)とは、外部の専門企業(コパッカー)に委託して、複数の商品を一つのセットやディスプレイにまとめたり、商品の包装・加工を行ったりする業務のことです

売れないビールを造らないことも、良いビールを造ることと同じくらい重要だ

https://madtree.com/

⸻ そして「データ」が次の原料になる もうひとつ興味深いのが、データの扱いだ。 MadTree Brewingでは、販売量やディストリビューターごとの売上をダッシュボード化。 経営陣、営業、醸造が同じ数字を見る。 例えばバラエティパック。 複数の商品を一つにまとめるため、生産計画は非常に複雑になる。 これまでは経験や勘で、 「そろそろ作ったほうがいい」 だったものが、 「この商品はこの速度で売れている」 「この市場では伸びている」 「このSKUは在庫が余っている」 というデータに変わる。 これは地味だ。 しかし、ものすごく重要だ。 なぜなら、 売れないビールを造らないことも、良いビールを造ることと同じくらい重要だからだ。 

いまさら聞けない「ダッシュボード化」とは?

散在するさまざまなデータや指標(KPIなど)を1つの画面に集約し、グラフや表を用いて視覚的に分かりやすくリアルタイムで把握できるようにする仕組み

「安いビール」ではなく「最適なビール」

Societe Brewing

Societe Brewingの話も面白い。 原材料価格の変化をリアルタイムに把握することで、缶や原料などのコスト上昇をすぐに確認する。 そして、ただ安い原料に切り替えるのではない。 醸造担当者のTeddy Gowanは、これは「化学の問題」になる、と話している。 つまり、 最も安いビールを作るのではなく、最高品質を維持しながら最も合理的なコストで作る。 ここには、これからのクラフトビール経営の本質がある。 「クラフトだから高くてもいい」 という時代ではない。 高品質であること。 しかし、利益も残すこと。 スタッフにも給料を払うこと。 設備投資もすること。 原料生産者にも適正な価格を払うこと。 そして、10年後もブルワリーが存在すること。 そのすべてを成立させる必要がある。

⸻ そしてAIがやってくる さらに2027年には、もう一段階変化する。 AIだ。 ただし、 「AIがビールを造る」 という話ではない。 むしろ重要なのは、 「AIに会社の数字を聞けるようになる」 ことだ。 例えば、 「去年と比べて利益率が落ちたビールは?」 「今月、最も原価が上昇した原料は?」 「どのSKUが一番伸びている?」 「来月、どのビールを何リットル造るべき?」 「このままの販売ペースなら、どの原料が不足する?」 こうした質問に、AIが会社のリアルタイムデータをもとに答える。 これはかなり大きな変化だ。 今までは、 データを集める。 Excelを開く。 数字をコピーする。 グラフを作る。 会議する。 ようやく意思決定する。 だった。 これが、 「昨日の売上、どうだった?」 と聞けば終わる。

AIが正しい答えを出すためには、 正しいデータが必要になる。

⸻ ただし、ここで勘違いしてはいけない AIが優秀だからといって、良いブルワリーになるわけではない。 むしろ逆だ。 AIが正しい答えを出すためには、 正しいデータが必要になる。 在庫が間違っていれば、AIも間違える。 原価が間違っていれば、AIも間違える。 販売データがバラバラなら、AIも正しい判断ができになる。 ⸻ 「良いビールを造る会社」と「良い会社」は違う ここが、これからのクラフトビール業界で一番重要なポイントかもしれない。 今まで、 「良いビールを造れば売れる」 という思想がクラフトビールにはあった。 もちろん、それは今でも重要だ。 でも、 良いビールを造れることと、 良い会社を経営できることは、 まったく別の能力だ。

世界大会で金賞を取っても赤字なら、会社は続かない。 SNSでバズっても在庫管理ができなければ利益は残らない。 人気商品でも原価が高すぎれば、売るほど苦しくなる。 タップルームが満席でも、人件費と家賃を払ったら利益が残らないこともある。 だから2027年以降のクラフトビールでは、 「醸造技術」だけではなく「経営技術」もクラフトになる。

⸻ 世界で注目されるブルワリーには、もう一つの共通点がある 先日、Hop Cultureが発表した「2026年に注目すべきブルワリー」を見ていても、実は同じことを感じた。 Mount Holly Beerは、フィンランドまで行って古い大麦品種を探す。 KHB Brugghúsは、元Pilsner Urquellの醸造家から技術を学ぶ。 Eddylineは、ニュージーランドの自然やアウトドア文化とビールを結びつける。 Small Godsは、歴史的なビールスタイルを掘り起こす。 つまり、世界から注目されているブルワリーは、 「何を造るか」だけでなく、「なぜ自分たちがそれを造るのか」 が明確だ。

そして、もう一つ必要になる。 それを継続できる会社であること。 ⸻ これからのブルワリーは「醸造所」ではなく「システム」になる 少し極端に言えば、これからのブルワリーは、 麦を仕込む場所 だけではなくなる。 農家から原料を調達する。 製造する。 在庫を管理する。 販売する。 配送する。 店舗で提供する。 顧客データを集める。 そのデータから次の商品を考える。 そしてまた製造する。 このすべてが一本の線につながっていく。

原料  ▶︎  醸造  ▶︎ 在庫  ▶︎ 販売  ▶︎ 顧客  ▶︎ データ ▶︎ 次の醸造

このループをどれだけ速く、正確に回せるか。 それが競争力になる。 ⸻ クラフトビールの「クラフト」は、どこにあるのか これまでクラフトビールのクラフトとは、 醸造家の技術だった。 しかし、これからは少し意味が変わるかもしれない。 原料を選ぶこと。 レシピを設計すること。 発酵を管理すること。 品質を守ること。 そして、 会社を継続させる仕組みを設計すること。 それもまた、クラフトなのではないか。 ビールを造る技術だけではなく、 「ブルワリーという会社を造る技術」。 2027年のクラフトビール業界で、本当に問われるのはそこなのかもしれない。

クラフトビールの競争は、醸造所の中だけではなくなる。「次に何を造るか」ではなく、「どう生き残るか」

クラフトビール業界は、これまでずっと新しいものを追いかけてきた。 新しいホップ。 新しい酵母。 新しいスタイル。 新しい缶。 新しいタップルーム。 新しい市場。 でも、これから必要なのは、必ずしも「新しいもの」ではない。 むしろ、 今あるものを、どれだけ正確に把握できるか。 どの商品が利益を生んでいるのか。 どの商品がブランドを作っているのか。 どの顧客が戻ってきているのか。 どの原料が利益を圧迫しているのか。 どの市場に可能性があるのか。 そして、 自分たちは何のためにビールを造っているのか。 そこまで分かっているブルワリーが、次の時代に残っていく。 良いビールを造る。 それはスタートラインだ。 その先にあるのは、 良い会社を造ること。 2027年。 クラフトビールの競争は、醸造所の中だけではなくなる。

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