
14 July 2026 vol.162
過去に人気の高かったゲストコラム「植竹的視点」を再編集してお届けします。
夏本番 梅雨明け 「水」の季節の到来です。 ダムが枯れた時、田植え時に雨が降れば 「恵の雨」 降り過ぎたり、イベントや行楽に当たると「恨みの雨」と呼ばれたり、と天から降る雨は変わらずも、タイミングだったり、降水量で 良しき存在にも 悪しき存在にもなる雨、それが水。

ビールの90%は「水」使用する水の性質がビールの色やテイストを決定付ける。
今回のテーマは水。タイトルの通り、水とビールの関係性は切っても切れないほど重要だ。なにしろビールのおよそ90%は水で構成されているし、その製造工程でも多量の水を使うからだ。またチェコのピルゼンで黄金色のピルスナーが生まれたのは、ピルゼンのミネラル含有量の非常に少ない軟水を使用して醸造したからだ、という伝説や、イギリスのバートンオントレント※の水は硫化物イオン濃度が非常に高く、故にホップの特徴が強調されたペールエールが生まれた、というような有名な話は、使用する水の性質がビールの色やテイストに多大な影響を与えることを示唆している。

編集部による注釈:バートン・アポン・トレント(Burton-upon-Trent)
イギリスのスタッフォードシャーにある「バートン・アポン・トレント(Burton-upon-Trent)」は、トレント川沿いに位置し、その豊富な硫酸塩を含む硬水(バートン・ウォーター)を活かしたビール醸造で世界的に有名な「ビールの聖地」です。マルストンズ(Marston's)やクアーズ(Coors)などの大手醸造所が集まり、かつてはビール博物館(旧ナショナル・ブリュワリー・センター)もありました。
いまさら聞けない軟水と硬水
「硬度」というのはカルシウム(calcium)とマグネシウム(magnesium)の含有量で、水1Lあたりで測ります。これらの濃度が高い硬水は、口当たりが重く苦みを感じます。反対にカルシウムやマグネシウムの濃度が低い軟水は、まろやかな口当たりとさっぱりとした風味が特徴です。私たちが普段日本で飲んでいる水道水や国産のミネラルウォーターはほとんどが軟水ですので、日本人には硬度の低いお水の方が合うと言われています。初めてフランスを旅して 硬い水にはどうしても馴染めなかった記憶があります。
科学技術の発展していなかった時代には、その土地の水がビールの味わいに影響し、その土地ならではのビールが出来上がり、それが次第にビアスタイルとして確立されていったであろうことは想像に固くないが、現代ではどうなのだろうか。実際のところ、水質というものは調整が可能だ。世界各地の水質を比較的簡単に再現することができる。

ブルワーは様々なモルトやホップを選び、ブレンドして目指すテイストを作り出しているのだが、さらに水質も調整することで、より多様な味わいを生み出すことができるわけだ。
水質がビールの味わいに与える影響の話をする前に、まずはビールを作る上で必要となる水の条件の話をしよう。
生産されるビールのおよそ10倍から15倍程度の水を使用すると言われている。

先に述べたようにビール醸造においては多量の水を使用する。設備の洗浄はもちろんのこと、仕込み時における麦汁の冷却やブルワリーによってはタンクの冷却、ビールを詰める樽やボトルの洗浄など、その用途は多岐にわたる。ブルワリーによってばらつきはあるだろうが、おおよそ生産されるビールの10倍から15倍程度の水を使用すると言われている。つまり、1Lのビールを製造するのに、最大で15Lもの水を使用するのだ。あなたの目の前に置かれているパイントグラスで換算すればば、その1パイントの為におよそ6リットルもの水が使用されていることになる。(当然グラスの洗浄に使用する水を考慮すればもっと多い!)ビールに限らずの話ではあるが、食品を製造するためにはたくさんの水が必要なのだ。そのためブルワリーを作ろうと思った時、土地の選定は必ず水資源が豊富なところでなければならない。渇水が頻発する地域では、ブルワリーを常時稼働させることが難しくなってしまう。
水からミネラルを除去する難しさとは?
それに加え、使用する水はミネラル分(ミネラル(無機質)は、五大栄養素の一つ/代表的なミネラルには、ナトリウム・カリウム・カルシウム・マグネシウム・リン・鉄・亜鉛・銅・マンガン・ヨウ素・セレン・クロム・モリブデンなどがあります。)の少ない軟水であることが好ましい。硬度の高い水、つまりカルシウムやマグネシウムが多量に含まれていると、タンクや仕込み設備の洗浄で使用するアルカリ性薬剤の洗浄能力が著しく低下してしまう。また硬水に含まれるミネラル分は配管やタンクの壁面に付着しスケールと呼ばれる汚れとして残ってしまう。恐らく誰もが見たことがあるであろう、水回りで見られる白い粉を吹いたような汚れ、あれがスケールだ。スケールが形成される際に微生物を取り込み、ミネラルの層と微生物の層がミルフィールのように重なった汚れはバイオフィルムと呼ばれるのだが、これがタンク内部や配管内に形成されてしまうと雑菌汚染の原因になってしまう。厄介なことにバイオフィルムは有機系の汚れと無機系の汚れの混合物なので、一般的な洗浄剤では落とすことがかなり困難なのだ。以上のような要因からブルワリーで使用する水は軟水のほうが好ましいのだが、もう一つ軟水であることの重要性がある。それは水質調整が容易だからだ。単純な話、あまりミネラルが含まれていない水に対してカルシウムやマグネシウムを溶かし込み硬度を上げるのは容易なのに対して、ミネラル分が多く含まれている水から、溶け込んでいるミネラルを除去するのは非常に難しい。水に砂糖を溶かして甘くするのは簡単だが、すでに砂糖の溶けた甘い水から糖分を除去して甘くない水にするのは難しい(というより、家庭では不可能ですよね)という例えで納得していただけるだろうか。
水からミネラル分を除去することは技術的には可能、但し莫大なコストが…
実際のところ、水からミネラル分を除去することは技術的には可能で、逆浸透膜(RO膜)というもので濾過することでミネラルやイオンを除去することはできる。ただし、大量の水を使うブルワリーにおいて、使用する全ての水を逆浸透膜で濾過すると莫大な費用が発生してしまう。コストの面から言っても軟水地域でビールを作ったほうが良い。全ての水を処理して使用するなんて不可能・・・・と思いきや、クラフトビールのメッカとして知られるサンディエゴのいくつかのブルワリーでは、逆浸透膜でミネラルを完全に取り除いた上でミネラル分を再調整して使用している。
サンディエゴの水は硬度が高く、また硫酸イオン濃度が高いためホッピーな ビールには適しているが、ソフトな口当たりのビールを作る のには向いていない。水を処理してから使用するのは、先に 述べたスケール生成のリスクを避けるためという意味もある が、何よりビールの味わいに多大な影響を与えるからだろう。
水をコントロールすることはビール のテイストを左右する非常に重要なテクニック
水質がビールに与える影響を全て書き出すと、それだけで 本が一冊かけてしまうくらいのボリュームになってしまうの で、今回は一部だけご紹介しよう。まずは硬度。水の硬度は、 含まれるカルシウムとマグネシウムの総量で決まる。硬度が 高い水で作られたビールはやはり硬い味わいになる。そして 重要なのが塩化物イオンと硫酸イオンの比率だ。これらは水 に含まれる絶対量よりも、その比率が味わいに大きな影響を 与える。塩化物イオンの比率が高いと、麦芽の風味や甘みが 強調された丸い味わいに、硫酸イオンの比率が高いとドライ で苦味やホップのフレーバーが強調された味わいになる。先 にサンディエゴの水は硬度が高く、硫酸イオンの量が多いと 書いたが、すなわちサンディエゴの水は、ドライでホッピー なビール、まさにウェストコーストスタイルIPAのようなス タイルにピッタリの水だということになる。これら以外にも ナトリウムやpH、総アルカリ度などがビールのテイストに 影響を与える。水をコントロールするということは、ビール のテイストをコントロールする非常に重要なテクニックだと いうことがご理解いただけたと思う。
一つ重要なのは、水を調整していないからといって、その ブルワリーが駄目だという訳では無い。例えばドイツの多く のブルワリーでは未だにビール純粋令を忠実に守り、水、麦 芽、ホップ、酵母を除く原料を使わずにビールを醸造してい る。4大原料を除く原料を使用しないということは、つまり 水質の調整も行わずに醸造を行っているということに他なら ない。彼らは作るビールのスタイルに合わせて水質を調整し ているのではなく、その土地の水に合ったビールを醸造して いる訳だ。そしてもちろん素晴らしいビールを作り出してい る。それはそれで素晴らしいことではないだろうか。
このように水とビールは切っても切れない深い繋がりがあ る。ぜひビールを飲むときに、どんな水が使われているのか、 調整してるのか、していないのか、意識して楽しんでいただきたい。
※写真 その他一部の解説等 編集部が改編しております。ご了承ください
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環境省(当時環境庁)では、全国に多くの形態で存在する水を全国各地100ヵ所の湧水や河川を「名水百選」として選定しています。詳細はhttps://www.env.go.jp/water/meisui/をご確認ください。


(プロフィール)
ビール醸造家/ 植竹 大海
1985年生まれ。埼玉県出身。バイオテクノロジーの専門学校を卒業後、ビール醸造の道に進む。これまで国内外のブルワリーで醸造に従事し、ビールづくりの腕を磨く。コロナ禍をきっかけに日本に帰国後独立し、2022年自身のブルワリーBrasserie Knotを東北海道の鶴居村に設立。「ビールと、つなぐ。ビールで、つなぐ。」をテーマに東北海道の空気に馴染むような、自然と調和するビールを醸造している。自身のビール醸造と平行して、新規ブルワリーの立ち上げ支援、技術提供なども行っている。

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