2 August 2026 vol.185
さあ 8月 「乾杯の季節」 今月も新鮮な情報を 最高の鮮度で毎日更新

1994年に解禁されたクラフトビール。当時は“地ビール”と言う名称で呼ばれていました(今でもこの“地ビール”の名称にこだわるブルワリーもあります)
「地」とは?「土地」「地元」「地域」と言う様に ブルワリーが作られた地域にちなんだ名称が充てられました。
全国で一番古い 、国内で初めて地ビールの製造免許を取得しました地ビールメーカーは新潟のエチゴビールです。その〈第一号〉の誇りはしっかりラベルにも記載されています。
その世代に設立されたブルワリーの区分を〈第一世代〉とあえて言うなら、この土地の名前を冠にしたネーミングが最も多く 醸造をスタートさせました。

その一つに鎌倉ビール醸造株式会社があります。創業は1997年。ここから鎌倉ビールストーリーが幕開けしました。
当時、鎌倉で酒屋を営んでいた今村仁右衛門氏も地ビール起業をした一人でした。
大正時代に「今村酒店」として始まり、地域に根付いた商売をしてきました。「東京商工リサーチ」によると100年を超える歴史を持つ企業を “老舗”と言うそうですが 今村酒店は1919年創業、以来暖簾を守り97年間;まもなく“老舗”の仲間入り間近でした。
しかし、今村仁さんは あっさり酒屋を廃業。地ビール業へ業態を変換したのでした。

今村さんは当時の様子を思い出します。「地元鎌倉のために、町おこしのために新しいことを始めたい」と言う想いから、“地ビール解禁”の話を聞いた今村さんは ヨーロッパに視察ツアーに向かい、本場のビールを学ぶところから始めます。オーストラリアで出合ったごく小さな醸造所の一杯は、英国と米国のビールの特徴が、ほどよく融合していて、今村さんは、大きな衝撃を受けました。
『自分が造るならこれだ!』と思い、レシピなどを提供してもらって工場で造り始めたのでした。
今村さんは大学を卒業後 卒業後は実家の酒店を継ぐはずでした。一旦、レコード会社に就職します。しかし、そこに地ビールブームが訪れたのでした。
初代 今村酒店の店主は今村さんのお父上。今村親子に酒店を閉めることに 躊躇は全くありませんでした。そこから 今村親子の地ビールへの挑戦が始まりました。
現在 経営は今村さんのご子息 広太郎氏が3代目として事業を継承されています。今村酒店での97年 そして鎌倉ビールとしての29年目を2026年に迎えています。

「鎌倉ものがたり」と「鎌倉物語」
「鎌倉ものがたり」と「ものがたり」を平仮名表記すると西岸良平さんによる日本の人気ロングセラー漫画、およびそれを原作とした2017年公開の実写映画を指します。

「鎌倉物語」と“物語”が漢字表記になると サザンの登場です。
鎌倉よ何故 夢のような虹を遠ざける 誰の心も悲しみで 闇に溶けてゆく ♪
砂にまみれた 夏の日は言葉もいらない 日陰茶屋では お互いに声をひそめてた ♫
(作詞:桑田佳祐 作曲:桑田佳祐 編曲:サザンオールスターズ/弦編曲:大谷 幸)
という歌詞を口ずさんでしまう。楽曲の発表は1985年、当時妊娠中だった原さんがお腹の赤ちゃんと一緒に歌いたい、想い出の歌を子どもにプレゼントしたい、として歌った一曲。

鎌倉には「漢字」と「平仮名」による二つの物語が存在します。
『鎌倉ものがたり』は、2024年に連載40周年を迎えました。
『鎌倉物語』も、2025年に発売40周年を迎えました。
そして この記事の主役 鎌倉ビール醸造は来年 2027年に30周年を迎えます。
代表としての現役は退きましたが、先代の今村仁さんと鎌倉のDEEPな飲み屋街を歩くと、「仁ちゃ〜ん」という声がいろんな飲み屋から聞こえてきます。
ある晩のことです。

“裏小町”の細い路地を歩いていて、暖簾の隅から 店内の様子を覗き見した今村さんが、バサッと暖簾をかき分け、店に入って行きました。小皿を2、3品 注文すると 女主も“あうん”の呼吸で鎌倉ビールの瓶をカウンターに置きます。こちらは二人ですから2本のビールが、と思いきや なぜか その晩、提供された鎌倉ビール瓶は1本のみ、まあ 瓶からそのまま飲むわけでも ありませんから、小ぶりのグラスに注いでからの乾杯です。
ちょうど 1本が飲み終わろうとしていると、引き戸が開いて、酒屋の主人が袋にビール瓶を入れて、現れました。
その店はメニューにある鎌倉ビールをちょうど欠品していて、女将の機転で 今村さんの顔を見て、即 注文を入れたようでした。今村さんとの飲み屋街の徘徊は一軒で終わったことはありません。
必ず「もう一軒」になるのが常ですが、どこに行っても鎌倉ビールが「品切れ」だったことはありませんでした。その女将の機転はこう言うことだったのか、と思わず納得したものです。
鎌倉ビール直営のファミリーダイニングが2周年
海街テーブルは、おかげさまで2周年を迎えることができました。
この2年間、たくさんのお客様に支えていただき、スタッフや関係者のみなさまと共に、一歩ずつこの場所を育ててくることができました。と話すのは 現代表の今村広太郎さん

インバウンド対策としてのブランディング
日本のインバウンド人数(訪日外国人客数)は、2025年年間で過去最多となる4,268万3,600人を記録し、初めて4,000万人を突破しました。2030年には6,000万人、15兆円の経済効果があると予測されています。
鎌倉に限ると観光客数は約1,594万人(2024年時点)で、その中でもインバウンド需要は増加傾向にあります。
行き先では最も多かった「大仏」が53.5%を占める一方、日本人において大仏への関心は5.5%に留まりまっています。また、SNS投稿の内容では日本人で最も多かった「グルメ」の写真は全体の49%を占めていますが、外国人においては1枚も見られませんでした。
鎌倉は東京からは約1時間、横浜からは約30分ほどの位置にあり、神奈川県内はもちろん首都圏でも屈指の観光エリアですが、弱点はこの「程よい距離」、宿泊施設の少なさも相まって 夜の観光客が少ない。観光客が訪れる時間帯のピークも当然 昼間の時間帯。13時から14時です。

今や 企業にとって、特に飲食店にとってインバウンド対策は「やった方が良い」のではなく 「実行しないと負け戦」になっている。
しかし 頭で理解してはいても、なかなか実行するとなるとが本音だろう。当然 この時代 何をするにしても 予算が必要。つい 対策に“二の足”を踏んでいる経営者の方も多い。
しかし 予算をかけない手法もあるのが インバウンド対策。実に簡単なのはあまり知られていない。
Part.2へ続く

創業 1997年
鎌倉ビール醸造直営SOGO横浜店10階レストラン「鎌倉海街テーブル」

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