Considering hops as an agricultural product in the context of climate change and the future of craft beer.

ホップと言う農産物がクラフトビールの未来を左右する時代が到来しようといている

クラフトビールを飲むとき、私たちはそのビールの向こう側にある「畑」のことを、どれくらい考えているだろう。

The Copper Jackalope

Citra、Mosaic、Simcoe、Cascade、Nelson Sauvin。 ブルワーにとってホップの品種名は、単なる原料名ではない。 そこには、グレープフルーツ、マンゴー、パッションフルーツ、松、白ブドウ……それぞれの香りのイメージがある。 しかし、その香りを生み出しているホップは、工場でつくられる工業製品ではない。 太陽と水と土、そしてその年の気候によって育つ農産物だ。 そして今、その「当たり前」がクラフトビールの未来を大きく左右しようとしている。

⸻ 2026年、ホップ産業で起きていること アメリカのホップ産業は、すでに大きな転換期に入っている。 2025年のアメリカのホップ収穫面積は41,654エーカー。

前年から7%減少し、生産量も8,710万ポンドから8,310万ポンドへ5%減少した。 一方で、平均収量は1エーカーあたり1,996ポンドまで上昇し、平均価格は1ポンド5.38ドルとなっている。 これは単純な「不作」の話ではない。 2022年以降、ビール市場の減速やホップの供給過剰などを背景に、アメリカではホップの作付面積そのものが縮小してきた。

2021年には約6万873エーカーあった収穫面積が、2025年には4万1,654エーカーまで減っている。

つまり現在のホップ市場は、 需要に合わせて畑を減らす時代 から、 気候変動という新しいリスクを抱えながら、必要な品種を安定してつくる時代 へ移ろうとしている。 そして2026年。 アメリカの主要産地では、収穫を前に温暖で乾燥した気候が続き、水管理が引き続き課題になっている。現時点では平均的な品質・収量が期待されているものの、シーズン後半の極端な高温がリスクとして挙げられている。

1.最初に問題になるのは「水」 ホップにとって水は、単なる成長条件ではない。

http://www.visityakima.com

⸻ 1.最初に問題になるのは「水」 ホップにとって水は、単なる成長条件ではない。

https://yakimavalleyhops.

香りと収量を支える重要な資源だ。

特にアメリカ最大のホップ産地であるワシントン州Yakima Valleyでは、安定した灌漑が高品質なホップ生産の前提になっている。 2025年に発表されたUSDAの研究でも、収穫前の灌漑を15日、30日間停止する実験によって、ホップが水不足によるストレスを受け、光合成能力や収量が低下することが確認されている。 さらに過去の研究では、必要な灌漑量の60%まで水を減らした場合、品種によって乾燥ホップの収量が19〜33%減少した。


水を節約すれば、それだけでサステナブルになるわけではない。 水を減らしすぎれば、収量も品質も失われる。 ここに農業の難しさがある。

2.「水を使わないホップ」をつくれるのだから、今後、重要になるのが品種改良だ。


⸻ 2.「水を使わないホップ」をつくれるのだから、今後、重要になるのが品種改良だ。

https://yakimavalleyhops.

暑さや乾燥に強いホップをつくる。 これは単純に「丈夫なホップ」をつくればいいという話ではない。

クラフトビールの場合、最終的には香りが重要だからだ。 収量が増えても、 「Citraらしい香りがなくなった」 「Mosaicのトロピカル感が弱くなった」 となれば、ブルワーにとっては意味がない。 2025年にはキリンが、暑さや干ばつへの耐性を高めるホップ苗の育成技術を発表している。 同社は、耐暑性・耐乾燥性を高めながら、香味品質を損なわないことを目指している。 これからのホップ育種では、 「どれだけ採れるか」 だけではなく、 「どれだけ少ない水で、どれだけ香りを残せるか」 が重要な評価軸になるかもしれない。

https://www.kirinholdings.com/jp/newsroom/release/2025/0912_01.html

3.収穫時期も変わっていく 気候が変われば、植物の成長速度も変わる

Smoke taint

⸻ 3.収穫時期も変わっていく 気候が変われば、植物の成長速度も変わる。 暑い。 乾燥する。 春の気温が早く上がる。 秋の気温が高い。 そうなれば、ホップの成熟タイミングも変わってくる。 そして収穫時期が変われば、農家だけではなくブルワーにも影響する。 なぜならホップは、 「収穫したら終わり」 ではないからだ。

収穫。

乾燥。

Kilning。(※1)

Pellet化。

パッキング。

冷蔵・冷凍保管。

輸送。

ブルワリーへの納品。

(※1)Kilning(キルニング)とは、窯(キルン)を使って麦芽や木材などを乾燥または焙煎する熱処理工程のことです。ビールの原料となる麦芽(モルト)造りの工業分野で行われます。

そのすべてがつながっている。 しかも2026年に改めて注目されているSmoke Taint(※2)です。

成熟期や収穫時、さらにKilning時の煙への曝露が重要になる可能性が指摘されている。

つまりこれからのホップ農家は、 「いつ収穫するか」 だけでなく、 「その日の空気はどうなのか」 まで考える必要が出てくる

(※2)Smoke Taintスモーク・テイント)とは、山火事などの煙にブドウやホップがさらされることで生じる、煙くさい不快な香りや味わいの欠陥オフフレーバー

4.ホップの品種も変わっていく 気候変動は、既存品種の価値にも影響する。

⸻ 4.ホップの品種も変わっていく 気候変動は、既存品種の価値にも影響する。

https://www.brewersassociation.org/

これまで素晴らしい香りを生み出してきた品種が、将来の環境でも同じように育つとは限らない。

そのため、今後は「新しい人気品種」が登場するだけではなく、 「気候に強い人気品種」 が生まれてくる可能性がある。 実際、ホップ業界ではすでに新しい品種を探す動きが続いている。 Yakima Valleyでは、ブルワーが実際に実験品種を評価する「HOPSOURCE」のような取り組みが行われ、ブルワーのフィードバックが新しい公共育種品種の選抜に活用されている。 これは面白い。 これからのホップ品種は、研究者や農家だけが決めるものではない。 農家、育種家、ホップ業者、ブルワー、そして飲み手。 その全員で「次のホップ」をつくっていく時代になる。

HOPSOURCE(ホップソース)とは、全米ブリュワーズ・協会(Brewers Association)が主催する、新しい公共ホップ品種の官能評価(アロマや香りのテスト)を行う年次イベントです。

5.そして「産地」が変わる可能性

⸻ 5.そして「産地」が変わる可能性 ここから先は、もっと大きな話になる。 もし気候条件が変わり続ければ、 ホップを育てる場所そのものが変わる可能性がある。

現在、アメリカのホップ生産はワシントン、オレゴン、アイダホのPacific Northwestに極端に集中している。

2025年には、この3州だけでアメリカのホップ生産のほぼすべてを占めた。Hop Growers of Americaによれば、アメリカは世界のホップ供給量の約35%を占め、そのうちPNWが99%を占める。 この集中は効率がいい。 生産者が集まり、加工設備が集まり、知識が集まり、物流網もできている。

しかし同時に、 一つの地域で起きた問題が、世界中のブルワーに波及する というリスクも抱えている。

干ばつ。

熱波。

山火事。

水不足。

病害。

そのどれかが大きくなれば、世界のホップ市場に影響する。 だから将来的には、現在の主要産地以外でのホップ栽培が増える可能性もある。 ヨーロッパ。 ニュージーランド。 オーストラリア。 南半球。 あるいは、これまでホップの主要産地ではなかった地域。 ただし、産地を移せばすべて解決するわけではない。 ホップは単純な農作物ではない。 土壌、緯度、日照時間、温度、灌漑、栽培技術、収穫設備、乾燥設備、加工技術。 何十年もかけて築かれた産地の「総合力」がある。 だから産地移動は、簡単な話ではない。

6.価格はどうなるのか ?

⸻ 6.価格はどうなるのか もう一つ、ブルワーにとって避けられないのが価格だ。 2025年のアメリカ産ホップの平均価格は1ポンド5.38ドル。 2024年の5.12ドルから上昇している。

ただし、これだけを見て「気候変動でホップ価格が上がった」とは言えない。

現在の価格には、過去の供給過剰、作付面積の削減、ビール需要、品種ごとの需給など、複数の要因が絡んでいる。

むしろ重要なのは、これからだ。 もし、 水不足によって収量が減る。

↓ 山火事によって品質リスクが高まる。

↓ 気候に強い品種への転換が必要になる。

↓ 新しい品種の育種・栽培コストが増える。

↓ 物流や保管にもコストがかかる。

となれば、 ホップの価格は単純な「需給」だけでは決まらなくなる。

そこには、 気候変動のコスト が含まれていく。

https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20250324

7.サプライチェーンも変わる  CommodityからTraceabilityへ

⸻ 7.サプライチェーンも変わる

ブルワーにとって最も大きな変化は、実はここかもしれない。 これまでは、 「今年はCitraを何kg買おう」 で済んでいた。

しかし、これからは、

「どこの農場で育ったCitraなのか?」

「いつ収穫したのか?」

「収穫時にどんな天候だったのか?」

「Smoke Taintのリスクは?」

「どのようなKilningを行ったのか?」

「どの倉庫で保管されていたのか?」

「次のCropまで供給できるのか?」

という情報が重要になる。 つまりホップのサプライチェーンは、 CommodityからTraceabilityへ。 変わっていく可能性がある。

「このホップはCitraです」だけではなく、 「このCitraは、どこで、いつ、どんな環境で育ったのか」 まで見えることが価値になる。

8.ブルワーも「原料を買う人」から変わらなければならない


⸻ 8.ブルワーも「原料を買う人」から変わらなければならない

https://yakimavalleyhops.

これはブルワーにも問いを投げかける。 毎年同じ品種を、同じ量、同じ価格で購入する。 そんな時代が永遠に続くとは限らない。 場合によっては、 「今年はCitraが足りない」 ということも起きる。 そのとき、 「Citraがないからビールをつくれない」 ではなく、 「今年のCitraはどういう味なのか?」 と考えるブルワーが必要になる。 さらに、 「この品種が足りないなら、別の品種を使って新しいレシピをつくろう」 という発想も重要になる。 これはクラフトビールの原点でもある。 制約があるから、クリエイティブになる。

9.「毎年同じ味」という考え方も変わるかもしれない

⸻ 9.「毎年同じ味」という考え方も変わるかもしれない クラフトビールは、これまで大量生産ビールと差別化するために、 「個性的であること」 を追求してきた。

しかし同時に、人気商品には「いつ飲んでも同じ味」が求められる。 ここに、これからの農産物としてのホップがぶつかる。 気候によってホップが変わるなら、毎年完全に同じ味をつくることは難しくなる。 そこでブルワーは二つの方向に分かれるかもしれない。 一つは、 技術によって味を一定にする方向。 もう一つは、 その年のホップの違いをビールの個性として受け入れる方向。 ワインにはVintageがある。 コーヒーにもCrop Year(※)がある。 オリーブオイルにも収穫年がある。 ならばホップにも、 「2026 CropのCitra」 という考え方が、もっと重要になってもおかしくない。

※Crop Year(クロップイヤー)とは、農作物の収穫から次の収穫までを基準にした「農業年度(作況年度・年産区分)」のことです

10.未来のホップは「気候適応型」になる


⸻ 10.未来のホップは「気候適応型」になる これからのホップ産業で起こることを考えると、いくつかの方向が見えてくる。

水を効率的に使う灌漑。

暑さや乾燥に強い品種。

病害に強い品種。

収穫時期を調整できる栽培技術。

Smoke Taintへの検査。

より精密な気象データ。

農場単位のトレーサビリティ。

そして新しい産地。

ホップ産業は、単に「おいしいホップをつくる」だけではなく、 「変化する地球の中で、おいしいホップをつくり続ける」 産業へ変わっていく。

11.クラフトビールにとって自然は「敵」ではない

⸻ 11.クラフトビールは「自然との戦い」ではない

ここで大切なのは、気候変動を単純に「敵」と考えないことだと思う。

農業はそもそも、自然を完全にコントロールする産業ではない。

雨が降る。 太陽が出る。 暑くなる。 寒くなる。 風が吹く。 そして植物が育つ。

クラフトビールも、その自然の結果を受け取っている。 だからこれからのブルワーに必要なのは、 自然を完全にコントロールする技術ではなく、自然の変化に合わせてレシピやビジネスを変える柔軟性 なのかもしれない。

ホップを袋に入った「原料」ではなく「農産物」として見ると理解できる「畑からビールまで」 という視点

⸻ ホップを「原料」ではなく「農産物」として見る

2026年のSmoke Taintの問題は、その入口に過ぎない。

その先には、 水。 干ばつ。 高温。 収穫時期。 品種改良。 産地。 価格。 物流。 サプライチェーン。

そして、最終的にはビールの味そのものがある。

ホップを「袋に入った原料」として見る限り、この問題は見えない。

しかし、 「畑からビールまで」 という視点で見れば、クラフトビールが気候変動と無関係ではないことが分かる。 2025年のアメリカでは、ホップの収穫面積が4万1,654エーカーまで縮小した。それでも収量は改善し、品質面では良好な作柄が報告された。つまり、ホップ産業はすでに「量を増やす」だけではなく、「限られた畑から、必要な品質をどうつくるか」というフェーズに入っている。


そして2026年。

水は限られ、空気には煙が混じる可能性があり、気温は上がっている。

それでも農家はホップを育てる。 ブルワーはビールをつくる。 そして私たちは、そのビールを飲む。 だからこそ、これからのクラフトビールを考えるとき、 「どんなホップを使うか」だけでは足りない。 「そのホップを、これからもつくり続けられるのか」 を考える必要がある。 ホップは工業製品ではない。 天候に左右され、土地に根を張り、人の手で収穫される農産物だ。 そしてクラフトビールの未来は、その小さな農産物の未来と、思っている以上に深くつながっている。

ホップという農産物を、気候変動とクラフトビールの未来から考える。

2026年は、そのことを改めて考える年になるのかもしれない。

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