Craft Beer Giant Alan Sprints Passes Away—The Man Who Spread the Idea That "Beer Ages" to the World

27 July 2027 vol.176
R.I.P Mr.Alan Sprints

クラフトビールの数々の文化を生み出した伝説
世界のクラフトビール界に、一つの大きな灯が消えた。
しかし、その光は遠い星のように、これから何十年、何百年先まで世界中のブルワーたちを照らし続けるだろう。
アメリカ・オレゴン州ポートランドの伝説的ブルワリー Hair of the Dog Brewing の創業者、アラン・スプリンツ氏が逝去した。
現在では、限定ビールを求めて長蛇の列ができることは珍しくない。しかし、その文化を生み出した人物こそがアランだった。
1990年代前半。まだクラフトビールという言葉すら一般的ではなかった時代、ポートランド南東部の倉庫街では、木樽熟成ビールを求めて何百人もの人々が列を作っていた。それがHair of the Dogだった。
しかし、彼が残した功績は「人気ブルワリー」を作ったことではない。
彼は、ビールそのものの価値観を書き換えた人物だった。
「ビールは寝かせるもの」という革命
現在では当たり前となったバレルエイジドビール。

固定概念を変え、そして、ビールを変えたのがアランだった
ヴィンテージビール。
セラーで何年も熟成させ、時間とともに味わいが深くなるという考え方。
これらをアメリカのクラフトビール界へ本格的に持ち込んだのがアラン・スプリンツだった。
ビールは「新鮮なうちに飲むもの」という固定概念を覆し、ワインのように熟成し、ウイスキーのように香りを楽しみ、高級レストランの料理と合わせる飲み物へと昇華させた。
さらに、中世ヨーロッパで忘れ去られていた歴史的ビアスタイルを研究し、現代の感性で再構築。
過去と未来をつなぐブルワーだった。
Hair of the Dogが世界へ与えた衝撃
『The Beer Bible』著者のジェフ・アルワース氏(Jeff Alworth)は2013年にこう記している。

「アランのビールは、当時アメリカで造られていたどんなビールとも違っていた。彼はブルワーたちの”常識”そのものを書き換えた。」
さらに、「Hair of the Dogは1993年に存在した、2013年のブルワリーだった。」
つまり20年先を走っていたのである。
シェフからブルワーへ
1959年、カリフォルニア州で生まれたアランは、音楽業界や航空宇宙産業を経て料理人となる。
1988年、料理学校へ通うためポートランドへ移住。
その年に開催された第1回 Oregon Brewers Festival が彼の人生を変えた。

ホームブルーイングクラブ「Oregon Brew Crew」と出会い、ビール造りに没頭。
1991年には Widmer Brothers Brewing に就職。
わずか2年後の1993年、自らの理想を実現するためHair of the Dog Brewingを創業した。
最初の一杯「Adam」
1994年に発表された最初のビールが「Adam」。

10%のアルコール度数。
60IBU。
プラム、レーズン、糖蜜、スモークを感じさせる濃厚な味わい。
世界中どこにも 存在していないビールを誕生させ。消えていたビールを蘇らせた。
当時、このようなビールは世界中どこを探してもほとんど存在しなかった。
その後も歴史上消えたビアスタイル「Adambier」を現代によみがえらせるなど、彼の挑戦は続く。
「Fred」が証明した可能性
1997年発売の「Fred」は、ベルジャン・ストロングエールを独自に解釈した10%のゴールデンエール。

現在では珍しくないハイアルコールのゴールデンバーレイワインの先駆けとも言われる。
世界中のブルワーがこのビールから影響を受けた。
幻のビール「Dave」
そして伝説になった「Fred」
通常の「Adam」を3度凍結濃縮し、さらに15年間樽熟成。
アルコール度数は29%。
わずか約100ガロンしか造られなかった。
利益だけにあらず 教育のためのビール造り
当初はチャリティー目的で1本80ドル。
その後、世界中のコレクターが探し求め、2014年には1本2,000ドルで落札され話題となった。
しかしアランは、このビールを利益のためではなく教育のために造った。
「人々に『ビールはここまでできるのか』と思ってもらいたかった。」
それが彼の答えだった。
アランが残したクラフトビールのDNAは世界中に拡散している
アラン・スプリンツが残したもの
今日、多くのクラフトブルワリーが造るバレルエイジドビール。
長期熟成ビール。
高アルコールビール。
限定リリース。
ボトルシェア文化。
その多くにHair of the DogのDNAが流れている。
ビールを単なる飲み物ではなく、時間をかけて味わう文化へと変えた男。
アラン・スプリンツは、クラフトビールという世界の可能性を広げた開拓者だった。
彼が残した一杯一杯は、これからも世界中のブルワーとビールファンの心の中で生き続ける。
最後に、その影響はアメリカだけに留まらなかった。
日本のクラフトビールシーンにおいても、アラン・スプリンツは大きな足跡を残している。近年では日米のクラフトビール文化をつなぐイベント「Fuji to Hood」にも参加し、日本のブルワリーとのコラボレーションを実現。国境を越えたブルワー同士の交流を深め、多くの日本の醸造家たちに刺激と学びを与えた。
筆者・田嶋もこれまで何度もHair of the Dog Brewingを訪れ、そのたびにアラン自らブルワリーツアーを案内していただいた。ビール造りへの哲学や歴史、樽熟成への情熱を惜しみなく語る姿は、まさに「レジェンド」でありながら、一人の温かいブルワーでもあった。その時間は、今振り返ればかけがえのない財産である。
「クラフトビールは、人と人をつなぐ文化」を体現したのがアランだった。
「クラフトビールは、人と人をつなぐ文化だ」とよく言われる。その言葉を体現していたのがアラン・スプリンツだった。彼が蒔いた種は、アメリカだけでなく日本にも確かに根付き、多くのブルワリーやビールファンへと受け継がれている。
心よりご冥福をお祈りするとともに、その功績に深く感謝を捧げたい
I offer my heartfelt condolences and wish to express my deep gratitude for their achievements.

この「TAJI JARNAL」とマークされているテキストは 本誌編集長田嶋伸浩が執筆しております。

【略歴】 田嶋伸浩
2013年よりクラフトビール専門誌『TRANSPORTER BEER MAGAZINE』発行人となる。
2017年ベルギー発修道院ビール『CHIMAY』と契約、ジャパンマーケテングを担当。その後もクラフトビール業界において幅広く活動、会社顧問商品開発、店舗開発,コンサルティング、ブランドプロデユース、デザイン、広告、関連の仕事を数多く行なっている。
2018年伊勢角屋麦酒顧問就任
2019年FAR YEAST BREWINGアドバイザリー就任
2021年鎌倉ビール顧問就任
FAR YEAST BREWING TOKYO 店舗開発
伊勢角屋麦酒 八重洲店・新宿店・新橋店 店舗開発
株式会社なんつね飲食部門オリジナルビール企画店舗監修
BLACK TIDE BREWING 合同会社 代表社員
株式会社FUKUOKA CRAFT 代表取締役
株式会社ライフコーポレーションでのオリジナルビール企画、デザイン。
スーパーマッケット オオゼキでのオリジナルビール企画
株式会社RETTY でのクラフトビールイベント企画。
株式会社日テレ7でのオリジナルビール企画、アドバイザリー。
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