Craft Beer Giant Alan Sprints Passes Away—The Man Who Spread the Idea That "Beer Ages" to the World

R.I.P Mr.Alan Sprints


世界のクラフトビール界に、一つの大きな灯が消えた。

しかし、その光は遠い星のように、これから何十年、何百年先まで世界中のブルワーたちを照らし続けるだろう。

アメリカ・オレゴン州ポートランドの伝説的ブルワリー Hair of the Dog Brewing の創業者、アラン・スプリンツ氏が逝去した。

現在では、限定ビールを求めて長蛇の列ができることは珍しくない。しかし、その文化を生み出した人物こそがアランだった。

1990年代前半。まだクラフトビールという言葉すら一般的ではなかった時代、ポートランド南東部の倉庫街では、木樽熟成ビールを求めて何百人もの人々が列を作っていた。それがHair of the Dogだった。

しかし、彼が残した功績は「人気ブルワリー」を作ったことではない。

彼は、ビールそのものの価値観を書き換えた人物だった。

「ビールは寝かせるもの」という革命

現在では当たり前となったバレルエイジドビール。

https://tamamura-honten.co.jp/?pid=189829190

ヴィンテージビール。

セラーで何年も熟成させ、時間とともに味わいが深くなるという考え方。

これらをアメリカのクラフトビール界へ本格的に持ち込んだのがアラン・スプリンツだった。

ビールは「新鮮なうちに飲むもの」という固定概念を覆し、ワインのように熟成し、ウイスキーのように香りを楽しみ、高級レストランの料理と合わせる飲み物へと昇華させた。

さらに、中世ヨーロッパで忘れ去られていた歴史的ビアスタイルを研究し、現代の感性で再構築。

過去と未来をつなぐブルワーだった。

Hair of the Dogが世界へ与えた衝撃

『The Beer Bible』著者のジェフ・アルワース氏(Jeff Alworth)は2013年にこう記している。

Workman Publishing Company

「アランのビールは、当時アメリカで造られていたどんなビールとも違っていた。彼はブルワーたちの”常識”そのものを書き換えた。」

さらに、「Hair of the Dogは1993年に存在した、2013年のブルワリーだった。」

つまり20年先を走っていたのである。

シェフからブルワーへ

1959年、カリフォルニア州で生まれたアランは、音楽業界や航空宇宙産業を経て料理人となる。

1988年、料理学校へ通うためポートランドへ移住。

その年に開催された第1回 Oregon Brewers Festival が彼の人生を変えた。

ホームブルーイングクラブ「Oregon Brew Crew」と出会い、ビール造りに没頭。

1991年には Widmer Brothers Brewing に就職。

わずか2年後の1993年、自らの理想を実現するためHair of the Dog Brewingを創業した。

最初の一杯「Adam」

1994年に発表された最初のビールが「Adam」。

10%のアルコール度数。

60IBU。

プラム、レーズン、糖蜜、スモークを感じさせる濃厚な味わい。

当時、このようなビールは世界中どこを探してもほとんど存在しなかった。

その後も歴史上消えたビアスタイル「Adambier」を現代によみがえらせるなど、彼の挑戦は続く。

「Fred」が証明した可能性

1997年発売の「Fred」は、ベルジャン・ストロングエールを独自に解釈した10%のゴールデンエール。

Fred

現在では珍しくないハイアルコールのゴールデンバーレイワインの先駆けとも言われる。

世界中のブルワーがこのビールから影響を受けた。

幻のビール「Dave」

そして伝説になったFred」

通常の「Adam」を3度凍結濃縮し、さらに15年間樽熟成。

アルコール度数は29%。

わずか約100ガロンしか造られなかった。

当初はチャリティー目的で1本80ドル。

その後、世界中のコレクターが探し求め、2014年には1本2,000ドルで落札され話題となった

しかしアランは、このビールを利益のためではなく教育のために造った。

「人々に『ビールはここまでできるのか』と思ってもらいたかった。」

それが彼の答えだった。

アラン・スプリンツが残したもの

今日、多くのクラフトブルワリーが造るバレルエイジドビール。

長期熟成ビール。

高アルコールビール。

限定リリース。

ボトルシェア文化。

その多くにHair of the DogのDNAが流れている。

ビールを単なる飲み物ではなく、時間をかけて味わう文化へと変えた男。

アラン・スプリンツは、クラフトビールという世界の可能性を広げた開拓者だった。

彼が残した一杯一杯は、これからも世界中のブルワーとビールファンの心の中で生き続ける。

最後に、その影響はアメリカだけに留まらなかった。

日本のクラフトビールシーンにおいても、アラン・スプリンツは大きな足跡を残している。近年では日米のクラフトビール文化をつなぐイベント「Fuji to Hood」にも参加し、日本のブルワリーとのコラボレーションを実現。国境を越えたブルワー同士の交流を深め、多くの日本の醸造家たちに刺激と学びを与えた。

筆者・田嶋もこれまで何度もHair of the Dog Brewingを訪れ、そのたびにアラン自らブルワリーツアーを案内していただいた。ビール造りへの哲学や歴史、樽熟成への情熱を惜しみなく語る姿は、まさに「レジェンド」でありながら、一人の温かいブルワーでもあった。その時間は、今振り返ればかけがえのない財産である。

クラフトビールは、人と人をつなぐ文化だ」とよく言われる。その言葉を体現していたのがアラン・スプリンツだった。彼が蒔いた種は、アメリカだけでなく日本にも確かに根付き、多くのブルワリーやビールファンへと受け継がれている。

心よりご冥福をお祈りするとともに、その功績に深く感謝を捧げたい

I offer my heartfelt condolences and wish to express my deep gratitude for their achievements.

この「TAJI JARNAL」とマークされているテキストは 本誌編集長田嶋伸浩が執筆しております。

【略歴】 田嶋伸浩

2013年よりクラフトビール専門誌『TRANSPORTER BEER MAGAZINE』発行人となる。
2017年ベルギー発修道院ビール『CHIMAY』と契約、ジャパンマーケテングを担当。その後もクラフトビール業界において幅広く活動、会社顧問商品開発、店舗開発,コンサルティング、ブランドプロデユース、デザイン、広告、関連の仕事を数多く行なっている。
2018年伊勢角屋麦酒顧問就任

2019年FAR YEAST BREWINGアドバイザリー就任
2021年鎌倉ビール顧問就任
FAR YEAST BREWING TOKYO 店舗開発
伊勢角屋麦酒 八重洲店・新宿店・新橋店 店舗開発
株式会社なんつね飲食部門オリジナルビール企画店舗監修
BLACK TIDE BREWING 合同会社 代表社員
株式会社FUKUOKA CRAFT 代表取締役
株式会社ライフコーポレーションでのオリジナルビール企画、デザイン。
スーパーマッケット オオゼキでのオリジナルビール企画
株式会社RETTY でのクラフトビールイベント企画。
株式会社日テレ7でのオリジナルビール企画、アドバイザリー。

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