第1部|過去 ベルギービールは、誰のためのビールだったのか。

ベルギーは世界的なビール大国でありながら、 ベルギーの人々の日常生活と、世界中のビールファンが憧れるベルギービールの世界は、 必ずしも同じではない 実際に現地を訪れたからこそ見えてきた視点です。

Chimayとの契約を通じて日本でマーケティングに携わり、研修でブリュッセルを訪れ、スーパーマーケット、専門店、カフェを自分の目で見た。その経験を出発点に、修道院ビール、ランビック、セゾン、そしてステラ・アルトワのような大規模ブランドを、歴史だけではなく「誰が、どこで、どんなふうに飲んでいるのか」 視点から描いています。 3部作にまとめてみました。 「世界が憧れるベルギービール」と 「ベルギーの人々の日常にあるビール」の 間にあるもの

修道院、農家、都市の醸造所。地域の暮らしから生まれたビールが、どのように世界へ広がり、国を代表するブランドへと成長したのか。

そして、日本のビール市場がベルギーから学べるマーケティングとは何か。 この構成では、単なるベルギービールの歴史紹介にはしません。田嶋自身の経験を物語の中心に置き、そこから市場、文化、ブランド戦略へと視点を広げます。 現在のベルギー市場については、ベルギー醸造家連盟の2025年年次報告で、国内ビール消費量が前年比3.2%減、過去10年間で約20%減となったことが報告されています。輸出も減少しており、歴史とブランド力を持つベルギーのビール産業も、消費者の変化と無縁ではありません。

https://www.belgianbeer.co.jp/ct/knowledge/type/trappist/

ベルギービールの過去・現在・未来 ベルギービールと聞いて、何を思い浮かべるだろうか。 修道院で造られるトラピストビール。

Chimay

Orval

Westmalle

Rochefort

野生酵母と自然発酵によって生まれるランビックやグーズ。農家の仕事と結びついたセゾン。そして、世界中のバーやレストランで飲まれているステラ・アルトワやヒューガルデン。

ベルギーという小さな国には、世界のビールファンを魅了する多様なビールが存在する。

https://www.orval.be/en/

日本でもベルギービールは、特別な存在として受け止められてきた。専用グラスに注ぎ、香りを確かめ、アルコール度数や酵母の個性、熟成による変化を楽しむ。一本のボトルから、醸造家の哲学や土地の歴史を読み取ろうとする人もいる。 しかし、私がChimayとの契約を通じて日本でマーケティングに携わり、研修でベルギーを訪れたとき、あらためて考えることになった。 私たちが日本で特別な価値を見いだしているベルギービールは、ベルギーの人々にとっても、同じように特別な存在なのだろうか。 その疑問を考えるためには、まず、ベルギービールがどのように生まれ、どのように広がってきたのかを振り返る必要がある。

修道院から生まれた、ブランドを超える価値 ヨーロッパの修道院と醸造の関係は、ベルギービールの歴史を語るうえで欠かせない。 修道院でのビール造りは、単においしい酒を生み出すためだけのものではなかった。共同体の生活を支え、来訪者をもてなし、地域とつながりながら技術を継承していく営みでもあった。 ただし、現在知られるトラピストビールのすべてが、同じ時代に同じ目的で生まれたわけではない。修道院ごとに歴史も醸造の事情も異なり、現在のブランドとしての姿も、それぞれの時代の積み重ねによって形成されてきた。 Chimayも、その歴史を象徴する存在のひとつだ。 修道院の名前、土地、醸造の伝統、そして長い時間をかけて培われた信頼。こうした要素は、単なる商品スペックだけでは説明できない価値を生み出す。 現代のマーケティングでは、ブランドストーリーという言葉がよく使われる。しかし、修道院ビールの場合、ストーリーは後から広告のために付け加えられたものではない。実際の歴史や共同体の存在があり、それがブランドの根幹になっている。

農家の暮らしと結びついていたセゾン ベルギーのビール文化は、修道院だけで説明できるものではない

ここに、ベルギービールを理解するうえで重要な視点がある。 ブランドは、パッケージや広告によってつくられるだけではない。長い時間をかけて積み重ねられた背景があり、その背景を消費者が理解したとき、商品は単なる飲み物を超えた存在になる。 一方で、その歴史的価値を世界の消費者に伝えるには、別の工夫も必要になる。歴史があるというだけで、すべての人がその価値を理解してくれるわけではないからだ。 農家の暮らしと結びついていたセゾン ベルギーのビール文化は、修道院だけで説明できるものではない。 セゾンもまた、地域の暮らしや農業とのつながりを考えるうえで興味深い存在だ。 セゾンは一般に、ベルギーのワロン地域、とりわけエノー地方の農村文化と関連づけられる。農作業の季節性や、農家で働く人々に提供されるビールとの結びつきが語られてきた。 もちろん、今日のセゾンは、その歴史的な役割だけに縛られてはいない。

現代の醸造家たちは酵母、ホップ、モルト、発酵方法を工夫し、伝統を土台に新しい表現を生み出している。 それでも、セゾンのおもしろさは、スタイルの定義だけでは語り尽くせないところにある。 その土地で何が育ち、どのような仕事があり、どんな人々がビールを飲んできたのか。ビールの背景には、必ず人間の暮らしがある。 これは、クラフトビールを地域産業として考えるときにも重要なことだ。 地域の原料を使う。地元の飲食店で飲まれる。地域の食文化と結びつく。地元の人が誇りを持つ。 そうした関係が築かれたとき、ビールは地域の名前を世界に伝える存在になる。 ランビックは、土地と微生物が生み出すビール ランビックは、ベルギービールの多様性を象徴する存在だ。 ブリュッセル周辺からパヨッテンラントにかけての地域と深く結びつき、伝統的には麦汁を冷却する過程で環境中の微生物を取り込み、長い時間をかけて発酵・熟成させる。 そこから生まれる酸味や複雑な香り、熟成したランビックをブレンドして瓶内で発酵させるグーズの個性は、一般的なラガーとは大きく異なる。

ランビックの価値は単純に「珍しい味」ということだけではない

ランビックビールの産地はブリュッセルの郊外だけ/https://www.ienomistyle.com/trend/20240905-6711

ランビックの価値(Lambic/単なるビールの枠を超え、「世界で唯一無二の伝統的・文化的芸術品」)は、単純に「珍しい味」ということだけではない。 地域の環境、醸造設備、樽、微生物、熟成期間、

そしてブレンダーの判断。その組み合わせによって生まれる味わいには、ほかの土地で簡単に再現できない側面がある。 しかし、こうした価値は、初めて飲む人に自然に伝わるとは限らない。 酸味が強いビールを飲み慣れていない人にとっては、驚きがそのまま魅力になるとは限らないからだ。飲み方や歴史を知ることで初めて、複雑さを楽しめるようになることもある。 ここには、マーケティング上の大きな課題がある。 本当に個性的な商品ほど、その価値を理解してもらうための入り口が必要になる。 世界に広がるベルギービール、日常に根づくブランド ベルギービールが世界で知られるようになった背景には、地域の伝統を守る醸造所だけでなく、大規模な生産・流通・販売の仕組みも存在する。 ステラ・アルトワのようなピルスナー系ブランドは、飲みやすさ、安定した品質、広い流通網によって、多くの人が日常的に選べる商品となってきた。 ヒューガルデンのようなホワイトビールも、独特の香りや飲みやすさを通じて、ベルギービールの魅力を幅広い消費者へ伝えてきた。 ここで考えたいのは、大規模ブランドと伝統的な小規模醸造所を、単純に対立する存在として捉えるべきではないということだ。

日常的に飲まれるビールがあり、その一方で、特別な時間に楽しむビールがある。どちらもビール文化を支える重要な存在である。 むしろ、大規模ブランドがビールを日常の選択肢として定着させることで、ビールそのものへの接点が広がる場合もある。 そして、そこからさらに個性的なスタイルへと興味を持つ人が現れる。 ただし、その流れが必ず生まれるわけではない。専門性の高いビールに興味を持ってもらうためには、商品との出会い、販売場所、価格、説明、飲用体験が必要になる。 日本でベルギービールを紹介するとき、私たちは歴史や個性を語ることに力を注いできた。 だが、現地で実際に生活の風景を見たとき、その視点だけでは見えないものがあると気づいた。 ベルギーという国で、ビールはどのように買われ、どのように飲まれているのか。 その答えを探すために訪れたスーパーマーケットで、私はもうひとつのベルギービールの姿を見ることになる。 次回、第2部。スーパーマーケットには、ベルギービールのすべては並んでいなかった。

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