この本に収められているのは、クラフトビールと経済、都市の変化、地域のアイデンティティ、そして人々の価値観との関係を考察する12本の論考だ

Untapped: Exploring the Cultural Dimensions of Craft Beer

クラフトビールについて話すとき、よく使われる言葉がある。 「地域に根ざす」 「人と人をつなぐ」 「個性を大切にする」 「大手にはできないことをする」 どれも間違いではない。 しかし、少し立ち止まって考えてみたい。 私たちは、本当にそれを実現できているのだろうか。 ビールは、社会を映す鏡でもある。 『Untapped』は、クラフトビールの成長を、単なる醸造技術や新しい商品の登場として捉えていない。 この本に収められているのは、クラフトビールと経済、都市の変化、地域のアイデンティティ、そして人々の価値観との関係を考察する12本の論考だ。

クラフトビールの文化は、誰に開かれ、誰を遠ざけているのか。 そこには、私たちが日頃、ビールの味や醸造技術だけを見ていては気づきにくい問いがある。

たとえば、醸造所が地域経済や街の再生にどう関わるのか。地域らしさや「本物らしさ」は、どのように形づくられるのか。そして、クラフトビールの文化は、誰に開かれ、誰を遠ざけているのか。 そこには、私たちが日頃、ビールの味や醸造技術だけを見ていては気づきにくい問いがある。 クラフトビールは、ただ自由な飲み物なのではない。 造る人、売る人、飲む人。それぞれの価値観や社会の仕組みが、ビールの周りに文化をつくっていく。 「ローカル」は、場所の名前を付けることではない。 日本でも、地域の名前を冠したビールや、地元の農産物を使ったビールは珍しくなくなった。 地元の柑橘、果物、茶、米。生産者と醸造所が協力し、その土地ならではの一杯をつくる。こうした取り組みには、原料の魅力を伝え、地域の生産者に新しい可能性を生み出す力がある。 ただし、地域の名前をラベルに載せることと、地域に根ざすことは同じではない。 そのビールを誰が買っているのか。地域の飲食店や小売店にどんな価値を生んでいるのか。地元の人たちが、その醸造所を自分たちの街の存在として感じているのか。

こうした問いに向き合って初めて、地域との関係が見えてくる。 地域性は、商品説明のための言葉ではない。 日々の商売や人との関係の中で、少しずつ積み上がっていくものなのだと思う。 誰もが楽しめる文化になっているか。 もうひとつ、この本が考えさせるのは、クラフトビールの文化が誰に向けられているのかという問題だ。 クラフトビールには、専門的な知識や独自のスタイルを楽しむ面白さがある。苦味や香りを語り、醸造家の考えを知り、限られたビールを探す。そうした楽しみ方も、間違いなく文化の一部だ。 一方で、専門用語が増えすぎれば、初めて飲む人には近寄りがたい世界になるかもしれない。店の雰囲気や情報発信の仕方によっては、興味を持っていても入りづらいと感じる人もいるだろう。

この本は、クラフトビールの世界にあるジェンダーや階級、人種をめぐる問題にも目を向けている。 もちろん、アメリカやヨーロッパの事例を、そのまま日本に当てはめることはできない。しかし、自分たちが「開かれた文化」だと思っているものが、本当に多くの人に開かれているのか。その問いを持つことには意味がある。 ビールを難しく語れることと、ビールの魅力を伝えられることは、別の能力だ。

知識を深めるほど、入口を広くできる。そんな文化であってほしい。 醸造所は、ビールを造るだけの場所なのか。 醸造所の価値は、造ったビールの品質や販売数量だけでは測れない。 もちろん、事業として利益を出し、継続できることは欠かせない。情熱だけでは、設備も人も守れない。 しかし、醸造所が地域の飲食店と新しい商品を生み出したり、生産者の素材に光を当てたり、そこで働く人の技術や経験を育てたりするなら、その価値はビールの売上だけでは語りきれない。 反対に、「地域貢献」や「コミュニティ」という言葉を掲げるだけで、実際の商売や人との関係が伴わなければ、それはブランドストーリーで終わってしまう。

大切なのは、理念を掲げることではなく、行動によってその理念を証明することだ。

大切なのは、理念を掲げることではなく、行動によってその理念を証明することだ。 醸造所が地域にある理由は、地域の名前を商品に使えるからではない。その場所で造ること、その場所の人たちと仕事をすることに、意味が生まれるからではないだろうか。 クラフトビールの価値は、グラスの外側にもある。 これまでのTRANSPORTER BOOKSHELFでは、独立という思想、醸造所を経営すること、食との関係、味わいを言葉にすることを考えてきた。 今回の『Untapped』が示してくれるのは、さらに外側の視点だ。 ビールは、社会から切り離された存在ではない。

何のためにビールを造るのか。 誰に届けたいのか。 その一杯は、飲む人や地域に何を残すのか。 クラフトビールの価値は、グラスの中だけでは完結しない。

街の変化に影響を受け、地域の文化を表現し、ときには人々の価値観や関係性を変えていく。その一方で、クラフトビールの世界自身も、社会にある課題や偏りを抱え込むことがある。 だからこそ、私たちは問い続けなければならない。 何のためにビールを造るのか。 誰に届けたいのか。 その一杯は、飲む人や地域に何を残すのか。 クラフトビールの価値は、グラスの中だけでは完結しない。 その一杯を囲む人たちと、ビールが生まれた場所、そしてその先に広がる社会まで見つめたとき、クラフトビールという文化の本当の可能性が見えてくるのかもしれない。

TRANSPORTER BOOKSHELF — 本から考える、クラフトビールの現在地。

  • ASIN ‏ : ‎ 1943665672
  • 出版社 ‏ : ‎ West Virginia Univ Pr
  • 発売日 ‏ : ‎ 2017/5/1
  • 言語 ‏ : ‎ 英語
  • 本の長さ ‏ : ‎ 281ページ
  • ISBN-10 ‏ : ‎ 9781943665679
  • ISBN-13 ‏ : ‎ 978-1943665679