Why do brewers leave breweries?

18 September 2026 vol.302

クラフトビール業界で、ブルワーが1年、2年という短い期間でブルワリーを辞めることは、決して珍しいことではない。

「人間関係が悪かったのか」

「給料が安かったのか」

「会社に問題があったのか」

理由を一つに決めつけるのは簡単だ。

しかし、実際にはもっと複雑だ。 ブルワー自身の考え方が変わる。 会社の体制が変わる。 ブルワリーの方向性が変わる。 そして、働き始めたときには見えていなかった「自分が本当にやりたいこと」が、1年、2年働くことで見えてくる。 これは、ブルワーに限った話ではない。 ただ、クラフトビールという仕事は「自分の名前でビールを作る」「自分の考えを味にする」という側面が強い。 だからこそ、会社と個人の方向性のズレが、一般的な会社員以上に表面化しやすいのではないだろうか。  

小さなブルワリーなら、営業やイベント、SNSまで担当することもある。 そして1年、2年と経験を積む。 そこで初めて、 「自分は何を作りたいのか」 が見えてくる。

自分の作りたいビールの先にある経営

「ビールを作りたい」から始まったはずなのに ブルワーを目指す人の多くは、最初から経営者になりたいわけではない。 「ビールが好き」 「ビールを作りたい」 「海外のブルワリーで働きたい」 「自分のビールを作ってみたい」 そんな思いから業界に入る。 しかし、実際にブルワリーで働き始めると、現実は違う。 仕込みだけではない。 洗浄、樽・缶の管理、充填、在庫、出荷、酒税、設備メンテナンス、品質管理。

会社に入った時と、2年後では「やりたいこと」が変わる ここがブルワーという仕事の難しいところだ。

photo by transporter

入社したときは、 「このブルワリーで経験を積みたい」 と思っていた。 ところが、実際に働いてみる。 IPAを作る。 ラガーを作る。 サワーを作る。 海外ブルワリーとコラボする。 さまざまな経験を積んでいく。 すると、 「もっとラガーを突き詰めたい」 「もっと発酵を研究したい」 「海外で働きたい」 「自分のブランドを作りたい」 「もっと大量生産を経験したい」 「逆に、小規模で尖ったビールを作りたい」 と、考え方が変わっていく。 これは「会社に不満がある」という話とは違う。

成長した結果、やりたいことが変わった。 ただ、それだけなのかもしれない。

創業時は、 「面白いビールを作ろう」 だったものが、 売上が伸びれば、 「もっと生産量を増やそう」 になる。

⸻ 会社も変わる 一方で、変わるのはブルワーだけではない。 会社も変わる。 創業時は、 「面白いビールを作ろう」 だったものが、 売上が伸びれば、 「もっと生産量を増やそう」 になる。 人が増えれば、 「品質を標準化しよう」 になる。 取引先が増えれば、 「納期を守ろう」 になる。 資金調達をすれば、 「利益を出そう」 になる。 経営者の考え方も変わる。 市場環境も変わる。 消費者の好みも変わる。 つまり、入社したときの会社と、2年後の会社は、同じ会社でも中身が違っている。 ⸻ 「やりたいビール」と「売れるビール」 ブルワーがぶつかる最大の壁は、ここかもしれない。 ブルワーは、 「美味しいビールを作りたい」 と思う。 経営者は、 「売れるビールを作りたい」 と思う。 もちろん、両方が一致することもある。 しかし、いつも一致するとは限らない。 ブルワーが、 「このビールを作りたい」 と思っても、 「原価が高い」 「売れる量が少ない」 「飲む人を選びすぎる」 「既存の商品とカニバリする」 という判断が会社から出ることもある。 逆に会社が、 「この商品をもっと作ろう」 と言っても、 ブルワーからすれば、 「もう、このビールは十分作った」 と思うかもしれない。 この小さなズレが、時間とともに大きくなる。

「ビールを自由に作っていい」は、本当に自由なのか?

最近のブルワリーの求人を見ると、 「自由にレシピを作れる」 「自分のビールを作れる」 「商品開発を任せる」 「独立に近い形で働ける」 という言葉を目にすることがある。 これはブルワーにとって非常に魅力的だ。 しかし、「自由」には必ず責任がついてくる。 自分でレシピを作る。 自分で醸造する。 そして、そのビールを売らなければならない。 原価も管理しなければならない。 在庫も持つ。 品質も維持する。 売れなければ、次の仕込みにも影響する。 つまり、 「自由に作れる」ことと「自由に生きられる」ことは、同じではない。

ブルワーは「職人」なのか「会社員」なのか ?

ここにも業界の難しさがある。 ブルワーは会社員である。 しかし同時に職人でもある。 そして、商品開発者でもある。 場合によっては、ブランドを作るクリエイターでもある。

小さなブルワリーでは、営業マンでもあり、設備屋でもあり、清掃員でもある。 一人に求められる役割が多すぎる。 だからこそ、 「自分はビールを作る人間なのか」 「会社を運営する人間なのか」 という疑問が生まれてくる。

⸻ 1年で辞めることは、本当に悪いことなのか? ここは業界全体で考える必要がある。 「1年で辞めた」 と聞くと、 「根性がない」 「長続きしない」 「最近の若者は……」 と言いたくなる。 でも、本当にそうなのだろうか。 1年間で、 仕込みを覚えた。 発酵を覚えた。 パッケージングを覚えた。 設備を覚えた。 品質管理を覚えた。 そして、自分のやりたいビールが見つかった。 その結果、 「次の場所に行きたい」 と思ったのであれば、それは単なる離職ではない。 キャリアの一段階を終えた、と考えることもできる。

⸻ では、ブルワリー側はどうするべきなのか? 「辞めない会社」を作ることだけが正解ではない。 むしろ、 「辞めても関係が続く会社」 を作るという考え方もある。 元ブルワーが独立したらコラボする。 海外に行ったら、その経験を持ち帰ってもらう。 別のブルワリーに移ったら、そこで新しいプロジェクトを作る。 会社を辞めたから関係が切れるのではなく、 ブルワリーを離れても、業界の仲間としてつながっている。 そんな関係性があってもいい。

「人が辞める会社」ではなく、「人が育つ会社」

本当に考えるべきなのは、 「どうしたらブルワーが辞めないのか?」 だけではないのかもしれない。 むしろ、 「どうしたらブルワーが、この会社で成長できるのか?」 ではないだろうか。 1年後に入社したときより成長している。 2年後には自分のビールを説明できる。 3年後には後輩を育てられる。 そして5年後には、会社に残る道も、独立する道も、海外へ行く道も選べる。 そんなキャリアを作ることができれば、たとえ誰かが会社を辞めたとしても、そのブルワリーが失敗したとは限らない。 むしろ、 その人材を育てたこと自体が、会社の財産になる。

ブルワーが辞める理由を、誰か一人のせいにしない

ブルワーが辞める。 会社の体制が変わる。

また新しいブルワーが入る。 そして、その人も1年、2年で次の場所へ行く。 この繰り返しを、 「人が定着しない会社だから」 という一言で片付けてしまっていいのだろうか。

ブルワーも変わる。 会社も変わる。 市場も変わる。 そして、ビールそのものも変わっていく。 だからこそ必要なのは、 「辞めさせない仕組み」ではなく、「変化できる仕組み」 なのかもしれない。 ブルワーが自分のやりたいことを見つける。 会社が次のステージへ進む。 その二つが同じ方向を向いている間は、一緒に走ればいい。 方向が変わったら、別の道を選んでもいい。 そして、いつかまた一緒にビールを造ればいい。 クラフトビールは、そもそも大量生産の画一的な世界から生まれたものではない。 人が考え、人が造り、人が次へ進んでいく。

だからブルワーの転職や独立を、単純に「辞めた」という言葉だけで評価するのは、少し違うのではないだろうか。 問題は、 「なぜ辞めたのか」ではない。

「その人が、なぜ次のビールを造りたくなったのか」 そこに、日本のクラフトビール業界が次に考えるべきヒントがある。

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