The Audacity of Hops: The History of America's Craft Beer Revolution

『The Audacity of Hops』から考える、「独立」という思想とビール産業の現在地

クラフトビールは、自由の象徴だった。 大手メーカーが大量生産する均質なビールとは違うものを造りたい。自分たちが本当においしいと思うビールを造りたい。小さな醸造所から始まった挑戦は、やがてアメリカ全土へと広がり、世界のビール文化に大きな影響を与えることになる。 しかし、ひとつの疑問が浮かぶ。 クラフトビールが大きな産業になったとき、その自由は守られているのだろうか。 今回、TRANSPORTER BOOKSHELFの第1回で取り上げるのは、Tom Acitelli著『The Audacity of Hops: The History of America’s Craft Beer Revolution』。

2013年に初版が刊行され、2017年には改訂・増補版も出版された、アメリカのクラフトビール革命を記録した一冊だ。<参考:Chicago Review Press>

この本が描いているのは、単に小さな醸造所が増えていった歴史ではない。時代を変えようとした人々の挑戦、ビジネスとしての成長、そして成功の裏側にある矛盾までを含んだ、アメリカのクラフトビール産業の物語である。

01|始まりは、既存のビールへの疑問だった。

アメリカのクラフトビールの歴史を語るうえで、避けて通れない存在がある。 カリフォルニア州サンフランシスコのAnchor Brewing。そして、その再建に関わったFritz Maytagだ。 1965年、Fritz Maytagは経営難に陥っていたAnchor Brewingの経営権を取得した。

https://beerinfo.com/happy-birthday-fritz-maytag-and-anchor-brewing-company/

「自分たちが飲みたいビールを、自分たちの手で造ること」への挑戦。

https://www.facebook.com/NewAlbionBrewingCompany/

当時のアメリカでは、大規模なビールメーカーが市場を支配し、小規模な醸造所は次々と姿を消していた。 そんな時代に、伝統的な醸造方法や個性的なビールを守ろうとする動きが始まった。 続いて登場するのが、Jack McAuliffeが設立したNew Albion Brewing Company(1976年10月にアメリカ・カリフォルニア州ソノマで創業した、現代アメリカにおける最初のプロ禁止法(禁酒法)解除後のマイクロブルワリー)や、Ken Grossmanが創業したSierra Nevada Brewing Companyなどの存在だ。 彼らに共通していたのは、ただ市場に新しい商品を投入することではなかった。

その姿勢が、後のクラフトビール文化の土台を築いていく。 もちろん、理想だけで醸造所を経営できるわけではない。設備への投資、安定した品質、販売先の確保、そして消費者にビールの価値を理解してもらうための努力が必要だった。 クラフトビールの歴史は、醸造家たちの情熱の物語であると同時に、事業を成立させるための試行錯誤の歴史でもある。

02|小さな醸造所は、なぜ大きな存在になったのか?

ホームブルーイング合法化を実施したのがジミー・カーター大統領/https://amass.jp/180103/

クラフトビールの成長を後押しした要因のひとつが、1978年のアメリカにおけるホームブルーイング合法化だ。 自宅でビールを造る文化が広がり、醸造技術への関心が高まるなかで、やがて自分の醸造所を持つ人々が現れる。 ビールを造ることが、一部の大企業だけに許されたものではなくなっていった。 さらに、ビアパブや専門店、ビールフェスティバル、専門メディアなどが発展し、これまで知られていなかったビールを飲む機会が増えていく。 『The Audacity of Hops』が興味深いのは、こうした動きを醸造業界の内部だけで説明していない点だ。 消費者の嗜好の変化、食文化への関心、インターネットの普及、起業環境の変化。さまざまな要素が重なり、クラフトビールは一部の愛好家だけのものではなくなっていった。

ここで重要なのは、ビールそのものの品質だけで市場が変わったわけではないということだ。 造り手がいて、飲み手がいて、商品を届ける流通があり、その価値を伝えるメディアがある。 そのすべてがつながったとき、ひとつの文化は大きくなる。 日本のクラフトビール業界にとっても、この視点は重要ではないだろうか。 醸造所の数が増えることと、クラフトビールを飲む文化が社会に根づくことは、必ずしも同じではない。 造り手が増えた先に、誰が飲み、どこで出会い、どのように継続して楽しんでもらうのか。その仕組みまで考える必要がある。

03|成功した運動が、巨大ビジネスになり、クラフトビール市場で存在感を高めるにつれて、大手ビールメーカーもその動きに注目するようになる。

クラフトビールのような個性を持つ商品を開発する。新しいブランドを展開する。そして、成長したクラフトブルワリーを買収する。 こうした動きは、クラフトビールが無視できない市場になったことの表れでもある。 一方で、ここには難しい問題が生まれる。 独立した醸造所が、より多くの人にビールを届けるために大きな資本を受け入れる。それは成長のための合理的な選択かもしれない。 しかし、資本が入ることで、経営の意思決定やブランドの方向性、醸造所が大切にしてきた価値観はどう変わるのか。 買収されたからといって、必ずしもビールの品質が落ちるわけではない。大企業の流通網や資金力によって、それまで届かなかった市場へ進出できる場合もある。

だからこそ、問題は単純ではない。 独立していること自体が正義なのか。それとも、独立性よりも、おいしいビールを安定して届けることのほうが重要なのか。 この問いに、すべてのブルワリーに共通する正解はない。 ただ、クラフトビールが何を大切にしてきた文化なのかを考えるなら、避けて通れないテーマだ。

04|独立とは、会社の規模だけで決まるものなのか ここで、少し視点を変えてみたい。

クラフトビールにおける独立性とは、資本関係だけで判断できるものなのだろうか。 もちろん、誰が会社を所有し、誰が経営を決定するのかは重要だ。 しかし、それだけではないはずだ。 どんなビールを造るのか。どんな原料を選ぶのか。誰に飲んでもらいたいのか。地域とどう関わるのか。そして、短期的な売上と長期的な品質をどう両立するのか。 こうした判断を、誰が、どのような考え方で行っているのか。 それもまた、ブルワリーの個性を形づくる要素である。 小規模だから自由とは限らない。大規模だから個性が失われるとも限らない。 大切なのは、規模の大小ではなく、その醸造所が何を守り、何を変え、何を目指しているのかを理解することではないだろうか。 そして飲み手にも、選ぶという行為がある。 価格だけで選ぶのか。味わいで選ぶのか。造り手の考え方や地域との関係まで含めて選ぶのか。 飲み手の選択が、次のビール文化を形づくっていく。

05|日本のクラフトビールは、どこへ向かうのか アメリカで起きたクラフトビール革命を、そのまま日本に当てはめることはできない。

市場の規模も、流通の仕組みも、酒類をめぐる制度も異なるからだ。 それでも、この本から考えさせられることは多い。 日本でも、各地に個性豊かなブルワリーが生まれ、地域の農産物を使ったビールや、飲食店とのコラボレーション、独自のビアスタイルへの挑戦が広がっている。 その一方で、醸造設備への投資、原材料費、人件費、販売先の確保、継続的なブランドづくりなど、事業として乗り越えなければならない課題もある。 ビールを造ることと、ブルワリーを続けること。 この二つは、似ているようで違う。 どれほど優れたビールを造っても、必要な人に届かなければ事業は続かない。反対に、販売を優先するあまり、造り手が本来目指していたものを見失えば、そのブランドならではの価値が薄れてしまう可能性もある。 だからこそ、クラフトビールの未来を考えるとき、醸造技術だけでなく、経営や流通、飲食店、メディア、そして飲み手の存在まで含めて考える必要がある。 アメリカのクラフトビール革命は、小さな醸造所が大手に対抗したというだけの話ではない。 人々がビールに何を求めるのか。その価値を誰が決めるのか。そして、その文化をどう継続していくのか。 その問いが、現在のクラフトビール業界にもつながっている。

最後に|クラフトビールの価値を決めるのは誰なのか

『The Audacity of Hops』は、アメリカのクラフトビールが歩んできた道を、さまざまな人物と時代の変化を通じて描いた一冊だ。 そこには、理想を追い求めた造り手の姿がある。同時に、成長する産業が直面する現実もある。 クラフトビールは、単に小規模な醸造所が造るビールというだけではない。そこには、既存の価値観に疑問を持ち、自分たちなりの答えを探してきた人々の歴史がある。 その精神を、これからどのように受け継いでいくのか。 独立とは何か。成長とは何か。そして、自分たちが造りたいビールと、事業として求められるビールをどう両立するのか。 これはアメリカだけの問題ではない。 日本のブルワリーにも、販売する人にも、飲み手にも、それぞれ考える余地がある。 クラフトビールは、誰のものなのか。 その答えは、醸造所の看板や会社の規模だけでは決まらない。 ビールを造る人、届ける人、そして選ぶ人。その一人ひとりが、クラフトビールの未来をつくっている。

⸻ BOOK DATA The Audacity of Hops: The History of America’s Craft Beer Revolution

著者:Tom Acitelli

出版社:Chicago Review Press

初版:2013年

改訂・増補版:2017年 ※書誌情報は出版社および図書館の書誌情報を参照。

TRANSPORTER BOOKSHELF ビールを飲むだけでは見えてこない、造り手の思想、業界の歴史、文化の背景。本を通して、クラフトビールの現在と未来を考えるシリーズ。

TRANSPORTERへの広告のご用命は直接メールにて

info@craftbeertransporter.com

※写真や資料の引用についてはその引用先を明確にして、細心の注意を持って情報を取り扱っていますが、不備な点等 ございましたら何なりとご一報ください。訂正、又は削除致します。

We exercise the utmost care in handling information when citing photographs or source materials, clearly indicating the original sources. However, should you notice any errors or issues, please do not hesitate to contact us; we will make the necessary corrections or remove the content.