クラフトビールの「今」と「未来」をつなぐプラットフォーム

総合販売プラットフォーム・ラストワンマイル網


8月19日の日経新聞に、興味深い記事が掲載されていた。

酒類販売大手の旧カクヤスグループが、酒屋から物流企業へと事業の軸を広げようとしているという。

引用:2025年5月20日のプレスリリース

2025年7月、カクヤスグループは社名を「ひとまいる」に変更した。

酒を売る会社なのに、なぜ「カクヤス」という名前を捨てるのか。

その答えは、今回の事業展開を見るとよく分かる。

彼らが目を向けたのは、新しく作った商品ではない。

長年、酒を売るために築いてきた「配送網」だった。

酒を売るための配送網が、新しい事業になった 象徴的なのが、2026年7月から始まった焼肉チェーン「トラジ」への配送業務だ。 これまで、ひとまいるはトラジが購入した酒や飲料を店舗まで無料で届けていた。 ところが今度は、それだけではない。 トラジの牛肉や野菜、タレなどの食材を平和島センターで一時保管し、各店舗のキッチンまで運ぶ仕事を有償で請け負う。

つまり、これまで「酒を届けるため」に使っていた物流インフラそのものを、他社の商品を運ぶための事業へ変え始めたのである。

これは一見すると、酒屋が物流会社になるという大きな方向転換に見える。 しかし、よく考えてみると、まったく新しいことを始めているわけではない。 彼らはすでに物流会社になるための資産を持っていた。 ただ、それを「酒の配送」という目的に限定して使っていただけだった。

「注文すれば、すぐ届く」を極めたのが「資産」になった


本当の資産は、酒ではなかった ひとまいるの無料配送の歴史は1998年までさかのぼる。

当初は一般家庭向けだったが、採算が合わず、社員の発案で飲食店にも配送するようになった。
そこで生まれたのが、 「注文すれば、すぐ届く」 という価値だった。

ここが重要だ。 普通なら「酒の販売が落ちている」と聞けば、売上をどう伸ばすかを考える。

新商品を開発する。

広告を増やす。

新しい顧客を獲得する。

しかし、ひとまいるが考えたのは少し違った。 「すでに持っているものを、もっと使えないか?」 だった。

拠点がある。 車両がある。 人がいる。 顧客がいる。 飲食店との取引関係がある。 配送ルートがある。 物流データがある。 そして、そこにはまだ3割の余力がある。 だったら、その空いている能力を酒以外の商品にも使えばいい。 この発想こそ、今回の記事で最も面白いところだと思う。 「何を売るか」ではなく、「何を持っているか」 経営者は、新規事業を考えるとき、どうしても「次に何を売ろうか」と考えてしまう。 しかし、ひとまいるの事例を見ていると、その前に考えるべき問いがある。 「自分たちは、いったい何を持っているのか?」 だ。

「何を売るか」ではなく、「何を持っているか」


これは会社の決算書に載っている資産だけではない。

顧客との関係。

営業網。

物流網。

店舗。

ブランド。

データ。

人材。

技術。

信用。

地域とのつながり。

長年の取引関係。

「過去の投資を未来の事業に変換する」

こうしたものは、会計上の「資産」とは違うかもしれない。

しかし、次の事業を生み出すという意味では、非常に大きな資産になる。 ひとまいるの場合、それが「配送網」だった。 酒を売るために作った配送網が、酒以外の商品を運ぶことで、新しい収益源になる。 これは、いわば「過去の投資を未来の事業に変換する」ということだ。 Amazonも、最初は「本屋」だった この構造を考えていると、Amazonを思い出す。

Amazonは1995年、オンラインの書店としてスタートした。

しかし、現在のAmazonを「世界最大級の本屋」と考える人はいないだろう。 本を売るために作ったECの仕組み。 顧客との接点。 決済システム。 物流。 倉庫。 データ。 これらを少しずつ別の商品へ展開していった。

引用:2025年5月20日のプレスリリース


結果として、「本を売る会社」だったものが、巨大な商流と物流のプラットフォームへ変わっていった。 もちろん、ひとまいるとAmazonでは規模も事業モデルも違う。

しかし、考え方には共通点がある。 最初の商品が、その会社の最終的な事業領域を決めるわけではない。 最初の商品を売るために作った仕組みが、次の事業を生み出すことがある。 ニチレイにも見える「見えない資産」 もう一つ思い浮かぶのがニチレイだ。 一般消費者から見ると、冷凍食品の会社というイメージが強い。 しかし、食品を扱う中で培ってきた低温物流の技術やネットワークは、それ自体が大きな事業になっている。 冷凍食品を売るために必要だった物流。 その物流を、他社の商品にも使う。

引用:2025年5月20日のプレスリリース

ここにも同じ構造がある。 商品を売るために作った仕組みが、いつの間にか商品そのものとは別の価値を持ち始める。 ひとまいるも、まさにそこへ向かっているのではないだろうか。 酒離れという「危機」をどう見るか もちろん、こうした方向転換の背景には酒離れがある。 2026年3月期の連結売上高は1398億円と前期比4%増だった一方、酒類の販売には厳しさがある。 チェーン飲食店向けの売上高も、コロナ前の7割程度にとどまっている。

さらに、日本の酒税収入も1994年度をピークに減少が続いている。 前垣内洋行社長は、コロナ禍を経て二次会へ行かない人が増え、さらなる酒離れを実感したという。

出典: 財務省


つまり、「酒を売るだけでは、これからの成長は難しい」という危機感がある。

だからこそ社名まで変えた。 「カクヤス」という酒屋のイメージから離れ、「ひとまいる」という新しい企業像をつくろうとしている。 しかし、面白いのは、酒を捨てて別の事業へ行くわけではないことだ。 酒を売ってきた歴史そのものを、新しい事業の土台にしている。 ここが重要なのだと思う。 物流は「設備」だけでは作れない 今回の事業で見逃せないのが、物流インフラへの投資だ。

2025年には平和島センターを増床し、2026年からはパーシャル、冷蔵、冷凍の3温度帯に対応した。 これによって、酒だけではなく肉や野菜などの生鮮食品も扱える。

さらに、データエンジニアを採用し、2024年10月にはデータ分析チームを立ち上げた。 2026年4月から本格稼働した自動発注システムでは、対象商品の欠品が約4割減り、在庫総量も約8%減ったという。 物流は、単にトラックと倉庫があれば成立するものではない。


在庫管理。

温度管理。

配送ルート。

需要予測。

人員配置。

店舗との関係。

「1時間で届けられる」という価値になるの事業化への資産

これらすべてが組み合わさって、初めて「1時間で届けられる」という価値になる。

ひとまいるは、そこまで含めて事業を作り直している。 「人」も物流インフラの一部 さらに興味深いのが人材への投資だ。 物流業界では、ドライバー不足が大きな課題になっている。 ひとまいるは、女性や高齢者でも運びやすい10リットルのビールだるを展開し、現在では配送現場の女性比率が約半分になっているという。 高卒採用にも力を入れ、全国3400校に求人を出している。 配達正社員の初任給は、免許の有無にかかわらず29万円。 配送人員は約2400人で、2020年と比べて3割増えている。 つまり、彼らが作っているのは「配送網」だけではない。 配送できる人材そのものを含めたインフラなのだ。

これも、一朝一夕では他社が真似できない。 クラフトビール業界にも同じことが言える ここからは、クラフトビール業界に置き換えて考えてみたい。 現在、日本のクラフトビール業界では、ブルワリーの数が増え、商品の選択肢も増えた。

「新しいビールを作れば売れる」時代の終焉

一方で、すべてのブルワリーが順調に成長できるわけではない。

原材料費。

エネルギーコスト。

人件費。

物流費。

酒税。

販売競争

そして、消費者の飲酒量そのものの変化。

「新しいビールを作れば売れる」という時代ではなくなってきている。

だからこそ、ひとまいるの考え方は参考になる。

ブルワリーが持っている資産は、醸造設備だけではない。

たとえば、全国の酒販店とのネットワーク。

飲食店との取引。

タップルーム。

冷蔵設備。

配送車両。

ECサイト。

顧客データ。

イベント。

ブルワーの技術。

ブランド。

地域との関係。

ファン。

これらを「ビールを売るためだけのもの」と考える必要はない。

ブルワリーは「ビール会社」なのか? 例えば、あるブルワリーが全国100店舗の飲食店と取引しているとする。 その100店舗には、すでに定期的にビールを届けている。 ならば、その配送網に他のブルワリーの商品を載せることはできないだろうか。

あるいは、地域の食品を一緒に届けられないだろうか。

タップルームを持っているなら、そこを単なる「ビールを飲む場所」ではなく、地域の商品や人が集まる場所にできないだろうか。

醸造設備に余力があるなら、他社ブランドの飲料を製造できないだろうか。

顧客データがあるなら、ビールだけでなく地域の飲食店や食品を紹介することはできないだろうか。 もちろん、酒類販売免許や食品衛生、物流許認可など、実際にはクリアすべき課題がある。 しかし、発想としては非常に重要だ。

「ビールを売る会社」から、「ビールを中心に人・店・地域をつなぐ会社」へ

「ビールを売る会社」から、「ビールを中心に人・店・地域をつなぐ会社」へ。

そんな可能性も考えられる。 新規事業は「外」にあるとは限らない 新規事業という言葉を聞くと、経営者は新しい市場を探しに行こうとする。

しかし、今回のひとまいるを見ていると、答えは会社の「外」ではなく「内側」にあるのかもしれない。 20年間続けてきた営業活動。

30年間続けてきた配送。

毎日積み重ねてきた顧客との接点。

何千人もの社員が培ってきた経験。

これらは、数字には表れにくい。

しかし、会社が苦しくなったときに初めて、その価値が見えてくることがある。

「これまで何を売ってきたか?」ではなく、「そのために何を作ってきたのか?」この発想が本業の価値を拡張する。

「これまで何を売ってきたか」ではなく、「そのために何を作ってきたのか」。

この問いを持つだけで、会社の見え方は大きく変わる。 本業を捨てるのではなく、本業を拡張する

文化シヤッターが営業網や施工力を活用して遮熱や豪雨対策へ領域を広げる。 ひとまいるが、酒を届けるために築いた物流網を食材物流へ広げる。 両社に共通しているのは、本業を捨てていないことだ。

むしろ、本業の中で培ってきたものを別の市場へ持っていくことで、本業そのものの価値を拡張している。

これは、これからの企業経営において非常に重要な考え方ではないだろうか。 市場が縮小したときに、 「では、次は何をやろう?」 と考えるのではなく、 「今の事業をやってきた結果、私たちは何者になったのか?」 と問い直す。 そこに次の事業のヒントがある。

「本当の資産」は、決算書には載っていない

「本当の資産」は、決算書には載っていない

カクヤスは酒を売ってきた。 しかし、30年近く酒を届け続けた結果、東京の街に約250カ所の配送拠点を持つ会社になった。 2400人規模の配送人員を持ち、飲食店との取引関係を持ち、物流データを持ち、温度帯を管理する設備を持つ。

それはもう、単なる「酒屋」の資産ではない。

だから今、その資産を酒以外の商品にも使おうとしている。

“酒離れ”という逆風が自分達の“真の資産”を気づかせた

酒離れという逆風は、もちろん大きなリスクだ。 しかし、その逆風によって、 「自分たちは本当は何を持っているのか」 に気づくことができたのだとしたら、それは企業にとって大きな転換点になる。

新しい商品。

新しい市場。

新しい顧客。

それらを探すことも重要だ。 しかし、その前に一度、自分たちの会社を振り返ってみる。 何十年もかけて作ってきたもの。 競合が簡単には真似できないもの。 社員が毎日積み上げてきたもの。


顧客との間に生まれた信用。

そこには、まだ使い切っていない価値が眠っているかもしれない。

新規事業とは、何もないところから新しいものを作ることではない。 すでに持っているものの中から、まだ誰も事業だと思っていなかった価値を見つけることなのかもしれない。

酒屋から物流会社へ。 ひとまいるの挑戦は、単なる酒離れへの対応ではない。 長年かけて積み上げてきた「本当の資産」を、もう一度見つけ直す経営の話なのだと思う。

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