植竹的視点 -「地ビールはクラフトビールへと進化し、 そして再び地ビールに回帰する、かも?」-
長い冬も終わりが見え、少しずつだが雪が溶け始めた。今 季は記録的に遅い初雪のせいで冬が短く感じられた(らしい。 何しろ北海道に越してきてから初めての冬なので)が、春が 来る喜びと共になぜか冬が去ってゆく寂しさも感じられる。 北海道時間と言ってよいのかわからないが「雪が降っちゃっ てるし、なまら寒いから仕方ないよね!」というような、諦 めとも、言い訳とも取れる感情のせいで、冬は少し時間がゆっ くりと流れているように思われる。かといって醸造の仕事は 雪が降ろうが、気温がマイナス20度だろうと関係ないので、 仕事量が少なくなるということもないのだが。そんな上富良 野から今号もお届けします。
ビール作りの拠点を関東から北海道に移してから最も感覚 が変わったのは、実は距離感覚だ。忽布古丹醸造でのお取引 先の多くはビール専門のビアバーだ。ビールの多様性が認知 されはじめ、クラフトビールという概念が日本中に広がるに つれて恐らく現在では全国47都道府県全てにビール専門店、 あるいはクラフトビールを扱っているお店があるはずなのだ が、やはりお店の数が集中するのは大都市圏だ。やはりお店 の数では東京が圧倒的に多い。つまり忽布古丹のお取引先も 地元の北海道よりも東京、大阪などの大都市圏のほうが多い というのが現状だ。そうなると問題となるのが送料。当然の ことながら、うしとらブルワリーのある栃木やコエドブルワ リーのある埼玉からビールを送るよりも、北海道から送る方 が送料は高くなる。また、そもそも物流費用が大幅に値上が りしており、一昔前よりもビールの価格に占める物流費の割 合がずいぶんと増えているのだ。
また製品としてのビールの送料だけではなく、ブルワリー 側の視点で見れば原料をブルワリーまで取り寄せる物流費も 高騰しているし、本州の倉庫から麦芽やホップを取り寄せる と、なかなか痺れる金額の送料がかかってしまう。もちろん その原料たちはそもそも海外から運ばれてくるわけで・・・。 そのため物流拠点の多くが集中している関東から北海道に 移ってきてからは、物流費というものを以前と比べるとずい ぶん意識して考えるようになった。日本でビールを作ってい るからと言って、一概に輸入ビールより安い、とは言えない 時代になっているのだ。その証拠に、大手スーパーマーケッ トなどが展開しているプライベートブランドのビール類の殆 どは海外で生産されて日本に輸入されている。
最終的にこれら物流費は今あなたの目の前に置かれている ビールの価格へ反映されてしまうわけで、やっぱりどう考え てもクラフトビールという飲み物は高くなってしまう。(もち ろん生産規模や手間、原料を沢山使うこともお値段が高い理 由ですよ!)残念ながら物流費の高騰に関しては個人的には 仕方のないことだと思っている。ネット通販の普及により物 流量は増える一方で物流業界の人手不足の問題は深刻である し、品物をしっかりと届けてくれる、良い仕事をしていただ いている運送業者さんには相応の対価を取っていただきたい と思う。クリックひとつで翌日には品物が自宅に届いてしま うという、考えてみれば異常な便利さに我々は慣れすぎてし まったのかもしれない。
そんな流れもあって最近少しずつ注目されているのがロー カルへの回帰だ。日本のクラフトビールシーンは20年前に “地ビール”という名前で始まった。小規模での醸造が認め られたことで、日本全国に小規模醸造所が次々と立ち上がり 地ビールブームが巻き起こったが、醸造技術の不足による 低品質のビールそしてその原料の殆どが輸入品である故の “地” ビールなりのアドバンテージを示せず、ブームはあっと いう間に下火となりブルワリーの廃業も相次いだ。しかし生 き残ったブルワリーでは淡々と技術を磨き高品質なビールを 作り出すようになったことで、地ビールはクラフトビール、 つまり小規模醸造所において職人が作り出す高品質なビール と認知されるようになった。そして今まさにクラフトビール ブーム真っ只中といった状況だ。 日本は小さな国であるし、お酒にまつわる法律も全国で統 一されているので北は北海道、南は沖縄まで取り寄せようと 思えば日本全国のビールを取り寄せることができる。また世 界各地から高品質なビールが輸入されているので、ビアバー にゆけば日本全国どころか世界中の高品質なビールが楽しめ るパラダイスな状況になっている。それ自体は素晴らしいこ とだし、一人のビール好きとして好ましい状況であることは 間違いないのだが、、、だが!自分はその土地でしか味わうこ とのできない“ ならでは” のビールも魅力的だと思う。
ビールに限らずなのだが自分は日本でも海外でも旅行に行ったときは、可能な限り地のものを食べたり飲んだりするようにしている。普段なかなかお目にかかれないものを、という意図もあるがそもそも論として地のものは地で食べるのが美味しい。流通の高度化やチェーン外食産業の台頭によって、画一的で一定品質の素材が大量に求められる構造が出来上がってしまっているが、本来はその土地の気候や風土に合った作物が栽培され、そしてその土地で消費されていたはずなのだ。先の話に戻るが輸送費が高騰している昨今、もはや一極集中で画一的な物を生産してそして全国各地に届けるという生産方法のコスト面での利点は失われつつある。味わいという以外の面、具体的には価格という点でもローカル化が見直されても良い時代なのではないかと思う。そういった流れがビールにおいても起こりうるのではないか、いや今まさに起こりつつあるというのが持論だ。
いやいや、地方の田舎でどれだけ頑張っても、と思うことなかれ。例えば私が住んでいる富良野市を参考に考えてみよう。今現在の富良野市の人工はおよそ22,000人というなかなかの田舎町だ。そんな田舎町の総人口の半分がビールを飲む人だと仮定しよう。11,000人のビール飲みが、2週間に1回忽布古丹醸造の330ml容量の小ビンを1本飲むとする。(注:まだ忽布古丹ではビンやカンを作っていません!仮定のお話です!)計算してみるとその消費量はなんと年間およそ94,000Lにもなるのだ。これはビール醸造免許を取得する上で必要な生産量60,000Lを大きく超える数字だ。
この数字をあなたはどのように捉えるだろうか。現実的?非現実的?少なくとも自分はとても可能性のある話だと思う。忽布古丹のコンセプトの一つは「地のホップを使う」ことだが、地のホップを地元で醸し、そして出来上がったビールは地元で消費される。醸造の際に出てくるホップ粕や麦芽粕は地元の農家さんや酪農家さんによって堆肥や飼料として利用され、再びホップとなって帰ってくる。地域循環型のブルワリーは改めて素晴らしいと感じられる。
今一度、あなたのそばにある「地」ビールに注目してみても面白いのではないだろうか。
UETAKE HIROMI
植竹 大海
忽布古丹醸造ヘッドブルワー。 あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっち フラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
https://www.facebook.com/HOPKOTAN/
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.22(2019)より掲載
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