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植竹的視点 -“クラフト” はどこまでサイエンスに歩み寄れるか-

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 55 Views

 クラフトビールが世界的なブームになってはや幾年、日本においても規制緩和によって小規模での醸造が認められてからぼちぼち20 年が経とうとしている。というようなことを毎回書き出しに書いている気がするので、今回は簡潔に。

 ことアメリカに関していえばブルワリーの数がどんどん増え、2014 年の時点でおよそ全米に3500、2015 年も新規オープンの勢いは衰えることなく続いているから現在ではおそらく4000を超えているだろう。この数字は禁酒法が施工される遥か前の1873 年以来の水準らしい。国内にブルワリーが4000 軒あるという情報ではいまいちピンと来ないが、現在日本国内で稼働しているブルワリーの数が200 軒前後だと考えると、とてつもない数だということがご理解いただけるだろう。全米の人口3 億2 千万人に対してブルワリー4000 軒と、日本人口1 億3 千万人に対して200 軒と書けばより分かりやすいだろうか。

 さて、そんなクラフトビールルネッサンス期のアメリカでここ最近声高に叫ばれていることがある。それは意外に思うかもしれないが“ビールのクオリティを落としてはならない! ”というようなことなのだ。例えばStone Brewing のヘッドブルワーMitch Steele のブログThe Hop Tripper http://hoptripper.com/ では“ 今現在、そして未来についての懸念事項” と前置きしてクラフトビール全体についての問題がかなりリアルに書き連ねてある。ビールのクオリティ低下についてももちろん言及されており、十分な技術と知識を持たない人間が簡単に“ブルーマスター”を名乗れてしまう現状を憂いている。で、これが日本のクラフトビールシーンとなんの関係があるかというと、実のところ直接的な関係はない、今のところは。しかしこの問題は近い将来、日本でも重要な課題となることは間違いないのだ。なにしろ先の話はクラフトビールルネッサンスのアメリカにおいての話だからだ。アメリカにはビール醸造を学ぶ学校もあるし、通信教育もある。またブルワリー同士のつながりも強固で、ブルワーズギルドなどを組織して定期的な情報交換や技術交流も行っている。そんなビールについての技術を学ぶ場がたくさんあるアメリカですらクオリティの低下が叫ばれているのに、事実上ビール醸造を学ぶ場のない日本ではより顕著に問題化するはずなのだ。ビール醸造を学ぶ場がないという問題については、トランスポーター2015 年春号の植竹的視点で触れているのでぜひ読んでみてほしい。

 日本よりもクラフトビールシーンが巨大なアメリカにおいて起きている問題だからこそ、時差があってから日本に到達する。しかしながらシーンの成長と同時に失敗までも模倣する必要は全くない。せっかく問題が発生するまでの時差があるのだから失敗や懸念から事前に学び、その対策をするべきだろう。ビールのクオリティを保つために最も推奨されていること、それはすなわち“サイエンスをブルーイングに取り入れる”ことだ。

 サイエンスという言葉だけ聞くとなんだか小難しそうな、良く分からない機械で云々というようなことを想像してしまうかもしれないが実際にはそう難しいことではない。要するに高品質なビールを、一貫性をもって作り続けるためには人の感覚に頼らずに、必要な情報は機械を使って正確に計測し記録すべきである、という非常に単純で簡単なことなのだ。

 ビール醸造において3 種の神器と呼ぶべき、というか自分が勝手に呼んでいるだけなのだが、とにかく重要な道具が3つある。それは比重計、pHメーター、そして顕微鏡だ。

 この3 つは自分がビールを作る上で絶対に必要としている道具であり、どれか一つでも欠けたら不安で夜も眠れないというレベルの重要性だ。ではこの3つすべてを兼ね備え、十分に使いこなせているブルワリーはいったい日本にいくつあるだろうか・・・? 現状を嘆いても仕方がない、これから重要性を理解し、変わって行けばいいのだ。

 ひとつひとつの道具の解説をしよう。まず比重計。これは麦汁やビールの糖度を測るために使われる。仕込みの時に充分に糖化が行われているか、また発酵中のビールでは順調に発酵が進んでいるかの確認など。正常な発酵が行われていれば酵母は麦汁中の糖を食べてアルコールと炭酸ガスを生成するため、徐々に糖度が下がっていくという訳だ。途中で糖度が下がらなくなってしまったり、糖度の下がり方が一定でなければ何か問題が起こったと考えてよい。また発酵させる前の麦汁の糖度、すなわち初期糖度や最終的にビールに残っている糖分はビールの味わいに非常に大きな影響を与える。そもそも初期糖度と最終糖度が分からなければアルコール度数も計算することができない。という訳で比重計は3 種の神器の中でもとりわけ重要な、まず最初に揃えるべき道具だ。これを持っていないブルワリーはさすがに存在しないと思うが・・・。

 続いてpH メーター。これを持ってない、または持っていても適切に使えていないブルワリーは意外に多い。まずは道具の説明の前にpHという概念について説明しよう。pHとは水溶液中の水素イオン濃度を示す数値で、平たく言えば物質の酸度やアルカリ度を表す指標だ。0 から14 の間の数値で表される。この数値が0 に近ければ近いほど酸度が高く、14 に近ければ近いほどアルカリ度が高いことになる。7 はそのちょうど中間で中性を示す。pHメーターはこの数値を計測するための機械で、残念ながらpHメーターを用いず正確なpHを測定することは不可能だと言ってよい。しかも厄介なことにpH という指標はビールの仕込みから完成に至るまでずっと付きまとう数字で、各箇所で必ずチェックしなければならない重要な数値なのだ。

 具体的に説明すると、最初に計測すべきは仕込みに使用する水のpH だ。基本的に飲用に適さない水をビールに使用することはあり得ないはずだが、細かな水の成分はその土地によって大きく異なる。pH7 付近であることが望ましいが、そこから大きく逸脱するようであれば水質調整をするか、またより適した水をどこからか調達してくるしかない。そもそもなぜ水のpH が重要かといえば、水はビールのほとんど全てを構成する成分であり、仕込み、発酵、パッケージングから機材や設備の洗浄に至るまで、ビール造りのほとんど全てに関わるからだ。いま使用している水がどんなキャラクターなのか把握するためにpHを計測することは、その初めの一歩となる。

 仕込み時のマッシュのpHも非常に重要だ。でんぷんを糖に分解させるのが仕込みの大きな目的だが、その役割を果たすのが麦芽中の酵素だ。今回は仕込みの方法は主たる話題ではないので詳しい話は省くが、この酵素と呼ばれるものはpH によって働き方が異なる。異なるというか、最適なpH から大きく外れてしまうと働かないことすらありうる。なぜそうなるのかの解説は他の文献や今後の植竹的視点に譲るとして、とにかく糖化を正常に行うためにはpHを確認し、最適なpH から外れていれば調整してあげることがよい仕込みを行うために必要なことなのである。最適なpH や水質に調整することができれば糖化効率は高まり仕込み時間の短縮や、収量増加などのメリットが期待できる。

 他にも例えばビールが乳酸菌に汚染されていた場合、生成する乳酸によってビールのpH は著しく下がる。製品ビールのpH を計測することによって、そういった問題が起きていないか確認することもできるわけだ。このようにpHメーターはビール造りの各工程において非常に重要な役割を果たす道具なので、ブルワリーにとっては備えていなければならない道具である。なにしろ原料の麦芽や水質などは季節やバッチによって微妙に成分がことなり、それに従ってビール造りの各工程でのpHも微妙に変動することになる。その数値を正確に把握、最適な値に調整するためには毎回実測するしかない。

 そして最後に顕微鏡。これは主に酵母の数をカウントするのに使用する。血球計算盤、またはカウンティングチェンバーと呼ばれる道具とセットで使用することで酵母の数をカウントすることができる。通常ビール醸造においては、酵母は発酵を終えたビールから回収されて、次に仕込まれたビール使用される。発酵を終えた酵母はタンク底に沈殿して泥状に固まって、スラリーと呼ばれる状態になっている。これを回収して麦汁に加えれば酵母は再び活性化し、ビールが出来上がるという仕組みなのだが、酵母の添加量がビールの仕上がりを大きく左右するのだ。例えば毎回5リットルだとか、10リットルと量を決めて添加すればよいと思われるかもしれないが、残念ながらスラリーの濃度というものは毎回異なる。つまりスラリーを決められた量を回収したとしても、そこに含まれる酵母の量は変動するのだ。またそれに加えて酵母の生菌率という概念も加わる。回収された酵母にはかならず死んだ酵母も混ざっているのだが、死んだ酵母をいくら添加したところで発酵は始まらず当然ビールにもならない。それどころか、あまりに死んだ酵母の量が多すぎるスラリーを使用すると、いわゆる酵母臭がビールについてしまい、著しくビールの完成度を下げることになってしまう。顕微鏡を覗く意義は、正確な酵母の数を数えるにとどまらず、生菌率を確認することによって酵母の健康度や新しい酵母に切り替えるタイミングを把握することにもある。また他の雑菌が混入していた場合、顕微鏡で観察することによってそれを発見できる可能性がある。

 さて、ここまで3 種の神器について使用する目的と意義についてご説明したが、どう感じただろうか。やや専門的な内容になってしまったので難しいと感じたかもしれない。しかし実際に扱ってみると全くそんなことはなく、一度使用方法を説明すれば簡単に使えるようになる程度のものばかりだ。なにしろどれも生化学系の実験をするときには必須の道具として、まず使用方法を学ぶ道具なのだから。

 サイエンスなどという言葉を使うと少し大仰な感じがしてしまうが、これまで説明した通り実際にはとても簡単なことだし、サイエンスを活用してビール造りを行うことは決してブルワーのクリエイティビティを損なうものではない。むしろ品質の向上と一貫性にかならず役立つはずなのだ。もちろん今回ご紹介したことは必要最小限のことで、ビッグブルワリーではもっと様々な分析機器が取り入れられている。例えばビールの色度やIBUを測定するための分光光度計や、香気成分を測定するガスクロマトグラフィ、液中の成分を分析するためのHPLC、その他にもPCR によるコンタミネーション判定や、カルチャー培養による汚染の確認などなどなど。挙げ始めればきりがないのだが、ブルワリーの規模と必要に応じてこられの技術を取り入れてゆくこともいずれは必要になると考えている。

 今回のタイトルは“クラフトはどこまでサイエンスに歩み寄れるか”だが、当然大手ビールメーカーはすでにこのような技術を駆使して品質の一貫性を保っている。問題はクラフトだ。規模が小さいから、クラフトだから品質がブレてもよいという考えはブルワリー側の、ある意味で怠慢である。サイエンスは決してクラフトを拒否しないし、先にも述べたようにサイエンスを取り入れることと、クラフトらしさを維持することは全く別のベクトルなのだ。事実、アメリカはもちろんドイツやベルギーの巨大なクラフトブルワリーには非常に洗練されたラボが備わり、ラボ技術者によって日々ビールの分析がなされている。

 物差しを使用せず家具を作ることが無いように、ビールにおいても物差し替わりになる絶対的な基準をもって醸造すべきである。どこまでサイエンスに歩み寄れるかという問題は、品質の安定に直結し、さらにはこれから先のクラフトビールシーンがどうなっていくかという問題と直結している。ブルワーは新しい品種のホップへ関心を示すのと同じように、新たな技術についても広くアンテナを張り、それが有用なものであれば受け入れ取り入れていくべきだと思う。

HIROMI UETAKE
植竹 大海
COEDO BREWERY にて醸造長を勤めた後、現在はうしとらブルワリーの醸造長を勤める。
湘南ビール、箕面ビール、バラストポイント、コロナド、ハーフエイカー、スクーナーイグザクト等
国内外の有力なブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開。
日本のクラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.9 2016より掲載
     

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