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植竹的視点 -“ポスト・ホップ”を探せ-

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 92 Views

 みなさん、IPA 飲んでいますか? シトラスフルーツや、マンゴー、パッションフルーツ、ライチなどのトロピカルフルーツ等を連想させる爽やかな香り、松、ハーブ、花、草を感じるスパイシー、ハーバルなアロマ。そして舌が痺れるほどの強い苦味、心地の良い満足感を与えてくれるボディとやや高めのアルコール度数。いやー、IPA って本当に最高のビアスタイルですよね。俺も大好きです。ワールド・ビアカップやグレート・アメリカン・ビアフェスティバルなどのビアコンペティションにおいてもアメリカンスタイルIPA はエントリー数で最多のスタイルだし、セッションIPA の登場によってドリンカビリティは高まり消費量は増え、ペールエールとIPAとの境界線が曖昧になりつつあります。まさにIPA 時代の到来。三度の飯よりホップが好きなホップヘッズ達が上質なIPAを求め、夜な夜なビアパブを巡り、ブルワーはいかにしてホップのアロマやフレーバーをビールに乗せるかという試行錯誤を繰り返しています。

 が、そんなIPAが今ちょっとだけピンチという話をご存知だろうか?

IPAというか、下手をすればペールエールなんかも包括するホップを沢山使うビアスタイルの危機と言っても良い。言うまでもなく当然のことなのだが、ホッピーなビールというものはホップを大量に使う訳で、とりわけウェスト・コースト・スタイルと呼ばれるアメリカ西海岸発祥のとんでもなくホップを効かせたIPA がアメリカンスタイルIPA の主流になってからと言うもの、ホップの消費量は加速度的に多くなってきている。そしてなにより世界的なクラフトビールムーブメントによって、北米は当然のことながら、ヨーロッパやアジア、南米でもブルワリーが雨後の竹の子の如く立ち上がっており、ホップを沢山使うブルワリーが増えているのだ。

 そもそもとしてクラフトブルワリーはいわゆるナショナルブランドのビールと比べて、ビールの液量に対するホップの使用量がとんでもなく多い。ブルワリーによって多少は量が違うにせよ、クラフトブルワリーは平均するとナショナルブランドのおよそ5 倍ものホップを使うというデータがある程だ。事実、アメリカでのクラフトビールの量的なシェアは15% ほどだが、すでに大手よりもクラフトブルワリーで使われるホップの量の方が多いらしい。

 残念なことにホップは農作物であるから、天候など自然環境によってその年の収穫量は増減するし、そもそも作付けしたからといって翌年から収穫できるようなものでもない。商品として出荷できるような品質に達するには、植えてから3 年の歳月が必要だと言われている。さらに厄介なことにホップの品種というのは多種多様で、市場にリリースされている品種だけでも優に100 種類は超えているだろう。そのなかでも品種や産地によって人気、需要にはかなりの差があり、生産量にも大きな開きがある。人気があり、少量しか生産されていないホップについては、事前の予約なしでは購入することができず、スーパーで夕食のメニューを考えながら食材を買うというように、ホップを選んでからどんなビールをつくるかを決めるということが難しくなってきているのだ。

 先に書いたようにホップは作付けから3 年後に収穫できるようになるので、ホップを多く使うブルワリーは3 年後に収穫されるホップを予約するという形で購入していることが多い。つまり3 年後のビールの生産量とその時に使うホップの量と品種を予想して購入している。今年使用するホップは3 年前に予約したホップというわけだ。ホップサプライヤーは世界中のブルワリーから集めた想定需要量を元にホップ農家に作付けする品種と面積を指示し、需要と供給のバランスが崩れないように調整しているらしいが、先に述べたように天候によっては収穫量が減ってしまい予約した量を確保できないことも多々あるし、トレンドが変わっていて“今はこのホップこんなにいらない…” なんていう恐ろしい事態にもなりかねないのだ。そして今、ホップは投機対象にすらなりつつあるのである。

 忘れがちだが、諸外国ではクラフトビールの隆盛と共にホームブルーイングがますます盛んになり、彼らが使うホップの量も無視できない量になってきている。さらに、大資本のビール会社が突然大口の購入をすることもあり、そうなると場は大荒れ。クラフトブルワー達は必至で代替となるホップ探しに奔走するのである。これは海外だけではなく既に日本においても起きている事実なのだ。

 少し話が脇道に逸れるが、これからブルワリーの開業を目指す方へのアドバイスをしたいのだが、ブルーイングシステムの発注や免許取得の手続き、ブルワーの確保などと平行して、必ず原料の確保も平行して行うことをお勧めする。最悪の場合、醸造免許が降りたけれどホップがなくてビールが仕込めない、なんてことになり兼ねないのだ。だからこそ、事前にどのようなスタイルのビールをどのくらい造るのか、という計画立てはとても重要なのだ。醸造技術やコンセプト、ビールのクオリティなどが事業を成功させる鍵になるのは言うまでもないが、これからは原料を現物として持っているという事が間違いなくクラフトビールの事業を成功させる大きな鍵の一つになるはずだ。

 話を元に戻そう。要するに必要な量のホップを確保するということの難易度が数年前と比べて、飛躍的に上がっている。ホップが手に入らなければIPA などは造れるわけもなく、IPAを看板商品にしているブルワリーではホップの確保は死活問題なのだ。そんな状況でブルワリーの原料調達担当者は日々立たない予想を無理矢理立て、電卓を叩き、頭を捻って生産が滞ることが無いように必至に原料を調達しているのだ。そんな仕事に嫌気がさしたからかは分からないが、ここのところ“ホップに頼らないビール造り”が小さなトレンドになりつつある。

 代表的な大きな流れはサワーエールだ。元々ベルギーで造られていたランビックにインスパイアされ、アメリカンサワーエールが産み出された。アメリカンサワーエールを造っているブルワーたちは、ホップが手に入らないから酸っぱいビールを造り始めたというわけではなく、ただ単に酸っぱいビールが好きで自分たちでも造り始めただけだと思うが、苦味ではなく酸味という新たなビールの味わいにフォーカスした動きは、結果としてクラフトビールシーンに大きな衝撃を与え、いまや1 カテゴリーとして立派に成立するまでになった。コアなビアギークには周知の事実だが、現在アメリカにはサワーエールしか造っていないブルワリーも存在するほどなのだ。まだサワーエールは日本では非常にニッチなカテゴリーだが、そもそも日本食は“酸”を含むことが多く、意識されることは少ないが意外に日本人は酸味を好む傾向にあるから、今後は少しずつではあるが定着していくスタイルなのではないかと思われる。

 サワーエールと似た流れがセゾンの流行だ。セゾンと一口に言っても味わいやフレーバーに非常に多様性のあるビアスタイルなので、そのテイストを簡単に表すことはできないのだが、現在アメリカでは盛んに造られているスタイルの1つなのだ。特にアメリカ東海岸そして、地理的に近いシカゴやカナダのトロント、モントリオールなどでもその動きは顕著に見られる。アメリカンスタイルIPA が西海岸で産み出され、東海岸までその衝撃が届いたのと同じように、アメリカンスタイルセゾンは東海岸から発信され、今では西海岸にも強い影響を与えている。セゾンが盛んに作られるようになった背景というのは、ヨーロッパに似ていると言われる東海岸の地理的なことが関係しているのはもちろんだが、ブルワーがホップではなくイースト主体のフレーバーやアロマにフォーカスを当てたからではないかと思っている。

 一般的に伝統的なベルギービールはモルトやホップの使い方よりも、イーストの使い方に特徴がある。ブルワリーごとにハウスイーストがあるのが普通であり、その多くはフルーツやスパイスなどを連想させる素晴らしいアロマを醸し出す。アメリカンエールのあまりエステルを作り出さないクリーンなテイストとは対極をなすと言っても良いイースト達だ。

 東海岸のブルワー達はこれらの酵母を使用して、素晴らしいビールを生み出した。当初は単にベルギーのスタイルを模倣する試みだったように思われる。例えばベルジャンウィットやベルジャンゴールデンエール、そしてトラピストやアビースタイルの再現。しかし、やはりアメリカは自由の国だ。ベルギーの酵母すらも徐々にブルワーのイマジネーションによって自由に使われるようになってゆく。そもそもアメリカンホップの主要な産地は西海岸に集中しているし、東海岸のブルワー達がホップだけではなく、イーストが醸し出すフレーバーに着目し、味わいを構築していくという流れは自然なことだったのではないだろうか。

 ベルギービールにインスパイアされたアメリカンスタイルのビール、即ちアメリカン・ベルゴ・スタイルにおいて最初の流れは、ベルギーの酵母を使用してアメリカンスタイルのビールを造るという試みだったように思われる。即ちアメリカンスタイル・ペールエールやアメリカンスタイルIPAをベルギー酵母で発酵させるという試みだ。結果的にこの試みは大きな成功をしたように思われる。アメリカンホップの柑橘類を思わせるアロマとベルギービール酵母のフルーティでスパイシーなアロマは非常によくマッチし、アメリカで広く受け入れられた。結果、その流れは本国のベルギーにまで大きな影響を与え、今やDuvel やSt.Feuilien などの歴史ある大きなブルワリーでも盛んにアメリカンホップが使用されるようになった。そういった元来はアメリカンホップを使用しなかった国でも盛んにアメリカンホップが使用されるようになったことが、ホップ不足に拍車をかけていることもまた否定できないのだが・・・。

 また、ベルギービールにおいては酵母が生み出すフレーバーの他にも、スパイスやフルーツなどを巧みにビールに取り入れたビールが存在する。ベルギービールにインスパイされて、というよりもフルーツやスパイスをビールに取り入れるというのは新たなテイストを作り出す試みとしては自然な流れだと思われるが、今ではそういった試みも広く行われている。これはアメリカに限らず日本のブルワリーでも盛んに試みられているアプローチだ。そもそも多くのアメリカンホップが柑橘類を連想させるアロマを持つものであるから、柑橘類そのものをホップの代替として使用してみるというアイデアはブルワーなら誰しもが持つものだろう。もちろん柑橘類以外にもありとあらゆるフルーツが副原料として使用され、あらたなフレーバーとして広く受け入れられている。これもまたホップに頼らずビールにフレーバーを付与するひとつのアプローチなのではないだろうか。

 ここまでホップに代わるフレーバーを得る手段として、乳酸菌による酸味が特徴のサワーエール、酵母が醸し出すエステルに着目したアプローチ、そしてフルーツやスパイスによるホップの代替という手法を紹介してきた。そして最後に紹介するのが、モルト、グレインによるフレーバーだ。実はこのアプローチは今小さなブームになっている。主にアメリカの東海岸で起こっている動きなのだが、彼らは大麦のモルト以外にオーツ、ライ、ヒエ、アワなどの雑穀を使用し、非常に複雑なテイストを作り出している。例えばHill Farmstead やTired Hands、Trillium, Tree House などがそういったブルワリーに該当する。いま彼らのようなブルワリーのビールが面白いのだ。彼らのビールの大きな特徴は濁っていること。そして場合によっては雑味として捉えられてしまうような香味もビールのテイストに深みを与えるために取り入れていることだ。当然複雑さを維持するため過度のファイニングやろ過などは行わない。基本的にはビールはよりクリアに、よりドリンカブルになるように進化してきた飲み物だが、彼らがやっていることはある意味では時代に逆行するようなアプローチだ。そして、そういったブルワリーの多くはセゾンを盛んに作っている。そもそもセゾンは農作業の合間の水分補給用として生まれたビールである。そのため各農家によってその味わいは異なり、使用するグレインや副原料、酵母もとにかく様々なのだ。そのためセゾンの別名はファームハウスエール、つまり農家のエールとも呼ばれる。別名というよりは、今現在ベルギーの大きなブルワリーで作られているセゾンと区別するために、より本来の姿に近いセゾンをファームハウスエールと呼ぶようになった感がある。とにかくアメリカ東海岸で起こっている雑穀を巧みに取り入れたビール造りという小さなムーブメントは、新しい試みのように見えて実は原点回帰とも言える流れなのだ。残念ながら今紹介したようなブルワリーのビールは、一般的には日本で入手することは困難である。というよりもアメリカ国内ですらネットオークションで目が飛び出るような価格で取引されているレアなビールなのだ。何しろ彼らのブルワリーは小さい。小さい規模で醸造しているからこそマス向けではない自分たちが本当に好きなテイストだけを追求できるのかもしれない。これに興味を持って飲みたくなってみたそこのあなた、是非現地を訪れて飲んでほしい。それこそが正しいハウスエールの楽しみ方だ。

 ここまでポスト・ホップとなりうるいくつかの事例を紹介してきたが、特にどのアプローチが優れているという訳ではない。ブルワーが各々自由な発想で今までにない新たなフレーバーを求め、今までにないことを試みればよいし、飲み手はそれを好みによって選択すればいい。トライ&エラーを繰り返して、いつかはホップに代わる魅力的なフレーバーが見つかることだろう。

 多くのクラフトブルワリーは伝統をベースとしながら、本国では忘れ去られてしまったような伝統を再発掘することにより多様なビールを生み出すように進化してきた。過去においては英国で生まれたIPA がアメリカで再発見され、アメリカンスタイルIPAという革新的なビール生み出され人々に熱狂的に受け入れられたようにセゾンやサワーエール、そしてホップがビールに使用されるようになる前の昔ながらのホップを使用しないビール「グリュート」が再評価されつつある。先に述べたようにホップによってもたらされるフレーバーは確かに非常に魅力的なものではあるが、歴史を振り返ってみれば紀元前から続くビールの歴史のなかではホップはごく最近使われるようになった流行りもの、とも言えるのだ。ホップが使われるようになる以前にどのような面白い原料が使用され、どんなユニークな味わいのビールが飲まれていたのか。そしてこれから先、それらのビールが再発見されクラフトブルワー達の手によってどんなふうに現代に蘇るのか。そんなことを想像しながらビールを味わえば、単純にホップの香味の追求だけではなく三次元的にビールを楽しめるようになるのではないだろうか。そしてその楽しみ方はホップ一辺倒に傾きつつあるクラフトビール業界のバランスを再構築することになるはずだ。

 何度も繰り返すがホップはビールの命である。そのフレーバーやアロマ、そして苦味は代替となるものが見つかりづらい非常に特徴的なものだ。しかし今後ホップが不足していることは確定的だし、そもそも全員が全員ホッピーなビールを作り出すことになれば、それは今の世界においてのビール業界の構造、すなわちライトラガーの大量生産と大量消費が、ホッピーなビールに取って変わられるだけなのではないだろうか。元来、人々の味わいの好みは千差万別である。ブルワーが自由な発想で自分の好みのビールを作り、飲み手は流行りや他人の意見に左右されず、好みに応じて好きなものを選択して飲むようになれば、もっともっとビールの多様性は広がっていくし、そうなった時こそが真にクラフトビールが文化として根付いたと言える瞬間なのではないだろうか? どうやらベルギーやドイツのように伝統的にビールの歴史を持つ国においては、そんなことはとうの昔に達成されているようで、みな地元のビール、わが町のビールに誇りをもってそれを楽しんでいる。結局のところ「クラフトビール」の行く果ては本来の意味での「地ビール」であり、ポスト・ホップを探すという試みはブルワーの創造性だけではなく、もしかすると飲む側の好奇心によって達成されるものなのかもしれない。

 

HIEOMI UETAKE
植竹 大海
COEDO BREWERY にて醸造長を勤めた後、現在はうしとらブルワリーの醸造長を勤める。
湘南ビール、箕面ビール、バラストポイント、コロナド、ハーフエイカー、スクーナーイグザクト等国内外の有力なブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開。
日本のクラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.8 2015より掲載
     

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