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植竹的視点 season2 -改めて感じるブランディングの重要性-

トロントからの現地リポート

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 27 Views

トロントはすでに雪がつもり、すっかり冬の様相です。夏が 過ぎ、少し涼しくなったと思ったらあっという間に冬になって しまいました。トロントも富良野と同様に美しく過ごしやすい 秋は本当に一瞬で過ぎ去ってしまうようです。初雪はつまり長 く厳しい季節の到来を告げるものですが、どういうわけか嬉しく感じるものです。雪の降る朝のシンと静まった街と、凛とし た空気がたまらなく嬉しいのです。どうやら北海道に住んで以 来、北国が好きになってしまったようです。それにしても小さ なリスたちは雪が降っても木々の間を元気に動き回っていま す。いったいどうやって小さな体で厳しい冬の寒さに耐えてい るのか、不思議に思うと同時に野生動物の力強さを感じます。 そんな11月のトロントからのレポートを今号もお届けします。

みなさんはカナダのビールをどれくらいご存知でしょうか。 いくつかのブルワリーのビールは日本にも輸出されています が、恐らくほとんどの方がカナダのブルワリーの多くを知らな いのではないでしょうか。実はカナダにはアメリカに負けると も劣らないくらいたくさんのブルワリーがあることは前号でお 伝えした通りですが、いずれのブルワリーもその生産したビー ルの殆どを地元で販売しているため、なかなか外国へ情報が伝 わっていないのが現状です。中には世界の超一流ブルワリーに 引けを取らない、ハイクオリティなビールを醸造しているブル ワリーもあるのですが、それが地元でしか飲めないというのが カナダのビールシーンを面白いものにしている一因であるとい まは考えています。私もトロントへ渡るまではごく限られたブ ルワリーの情報しか持っておらず、実際とイメージとのギャッ プに驚いたものです。

私は今地元のブルワリーの情報を集めるために積極的に様々 なブルワリーのビールを飲んでいます。トロントではチップの 文化があることも含め、外食するととても高い金額がかかって しまいますので、もっぱら酒屋さんやブルワリーのリテールス トアで購入したビールを自宅で飲んでいるのですが、なんの前 情報もなくただそこに並んでいるものから適当にビールを選ぶ ことに楽しみを感じています。

あるときふと気づいたのですが、どうやら私はビールを選ぶ 際に意識せずにパッケージや名前で選んでいたようなのです。 日本にいたときはもちろん日本国内のブルワリーのほとんどを 知っていましたし、どのビールがそのブルワリーのフラッグ シップなのか、どんなビールが得意なのか、あるいは誰が作っ ているのかなど、ある意味では膨大な情報をもとにビールを選 んでいました。輸入されたビールを選ぶときも然りです。イン ポーターさんからビールの詳細な説明があることが大概です し、ビアバーで飲めばお店のスタッフさんから説明を聞くこと もできました。それはそれで素晴らしいことだったと思います。 多くの場合しっかりと美味しいものを選ぶことができたわけで すから。しかしカナダに渡ってなんの情報も持たないままに ビールを選ぶと、やはり決め手になるのはパッケージやビール の名前なのです。ある意味でいま私が置かれている状況は、日 本においてまだクラフトビールに馴染みのない方がビールを選 ぶ状況と似ているのかもしれません。いや、もちろん私は各種 のビアスタイルを知っていますし、パッケージに使用されてい るホップやモルトの記載があればそのビールの味わいを想像す ることができます。まだクラフトビールに触れたことのない方 は、より少ない情報のなかで手に取るビールを決めているので はないでしょうか。例えば自分の出身地のビールだから、だと かただなんとなくとか、決め手になる要素はいくつか挙げられ るかと思いますが、パッケージやビール名が選ぶ際に重要だと いうことは誰も否定できないでしょう。

カナダの缶ビールや瓶ビールは日本のものと比べて、アーティスティックであることが多いように思われます。決して日 本のデザインが悪いと言っているわけではないのですが、カナ ダのもののほうが自由度が高いように感じられるのです。ポッ プでカラフルなもの、シンプルながらに洗練されたもの、一見 意味不明なもの、様々です。具体的に言えばカナダパッケージ の多くは、ビールのテイストを文字で説明していません。テイ ストの説明はデザインそのものでしているのです。あるいはテ イストやビアスタイルとは全く関係のないアートとしか言えな いようなラベルも無数に存在します。これはカナダに限らず近 年のアメリカンクラフトビールシーンでも見られる傾向ではな いでしょうか。

恐らく彼らが重要視しているのはパッと見て “美味しそ う!” “飲んでみたい!” と思ってもらえるようなパッケージ をデザインすること、ひいてはブランディングをすることで しょう。どんなに美味しいビールを作っていたとしても、手に とって飲んでもらわない限りはビールには価値がうまれません し、もちろん商売として醸造を継続していくためにはしっかり と販売をしていかなければなりません。小さな字でビールの情 報を記載して情報をもとに選択してもらうより、目に付きやす いデザインでまず手にとってもらうという戦略は大胆だと感じられもしますが、とても有効な方法なのかもしれません。実際に私はその戦略に見事にはまっているわけですし。

 トロントのブルワリーの多くは、パッケージデザインを地元のアーティストに依頼していることが多いようです。トロントでは絵画を売るアートショップが街中の至るところにありますし、ショップの外壁に絵を描いている光景もよく見ますので、アーティストが日本より多くいるのでしょう。アーティストが自身の創作物で生計を立てるということが日本より容易な文化があるのかもしれません。地元で作られたビールのパッケージをローカルのアーティストがデザインし、そしてそのビールは地元で消費される。なんと素晴らしいサイクルなのでしょうか。ちなみにGodspeed Brewery のパッケージデザインはトロント在中の日本人デザイナーさんに依頼しています。もし日本でGodspeed のビールを見かけることがあれば、パッケージもよくご覧いただければ嬉しいです。

 思い返してみれば “文字より図で” というのは学生時代にプレゼンテーションの授業で最初に教わったことでしたが、今更になってその意味がしっかりと理解できるようになりました。美味しいビールを作るということはクラフトビールの魅力を広めるための大前提として、まだその魅力を知らない消費者へ知ってもらうためのブランディングはもっと進化しなければならないとカナダに来てから切に思うのです。ブランディングなどという言葉を使ってしまうと大仰なことのように感じられてしまいますが、単純にビールのパッケージでビールを選ぶという楽しみ方を提案するというアイデアです。なによりビールの味わい以外に “表現をできる” 部分が缶やボトルの表面に存在するということは面白いことであり、幸せなことです。願わくはパッケージで選ばれたビールが、その味わいでも購入した方を幸せにしてほしいです。それこそブルワー冥利に尽きるというものです。CDで言うところのジャケ買いですね。私は昔からよくCDをジャケ買いしていました。不思議と気に入ったジャケットのCDはその内容にも満足したものです。そしてビールをジャケ買いしている今も、当たりを引くことが多いようです。味わいとデザイン、きっと深いところでは繋がっているのでしょう。その繋がりが切れない限り、素晴らしいスパイラルは続いていくのです。きっと。

それではまた次号でお会いしましょう。

 

植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の
銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.25(2020) より掲載
     

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