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植竹的視点 -「足るを知れば今日より明日は ちょっとイイ日になる」-

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 1012 Views

 10月中旬に10日間ほどお休みを頂き、主に西日本方面を一人で放浪していた。元々旅好きなので年に1回や2回はどこかしらへ旅をするのが慣例なのだが、ビールを作り始めてからはやはりビールを飲みに行くというのが旅のテーマになりがちで、どうしても海外、特にアメリカへ行きひたすらビールを飲むという旅が多かった。数えてみたら3年間で4回もアメリカに行っていたようだ。さて今年はどうしようと考えたとき、ふとしばらく日本を旅していないことに気付いた。毎年ビールのイベントで日本全国を飛び回っているが仕事として行く訳で、普段なかなかご挨拶できないうしとらブルワリーのビールをお取り扱いいただいているお客様のところへお邪魔するのも大切な仕事のひとつなので、イベント後はお客様のところへあいさつ回り…という具合で、その土地をじっくり観察したり観光したりということができないものなのだ。今年は色々なご縁があり関西方面に仕事で行くことが非常に多く、関東と関西の文化の違いというものをよく感じられた。いや、関西という大枠でくくってしまうのも雑というもので、大阪、京都、兵庫と近い土地でもまたそれぞれ雰囲気も文化も言葉も違っていてとても興味深いものなのだ。ビールを目的にしてしまうと、ついついイベントで出張した時と同じような旅になってしまう、ということで今回の旅のテーマは“ まだ訪れたことのない日本の土地を巡る、かつビールを飲むということに縛られない旅” に決定。

 10月20日に大阪からスタートし、30日にまた大阪に戻ってくること以外はほとんど予定を組まず、朝起きたときにそこに留まりたければ留まるし、行きたい場所があれば移動するというほぼ完全ノープランの放浪となった。結果的には大阪→三重→愛知→京都→兵庫→香川→広島→大阪というルートで周ってきたのだが旅の詳細はわざわざ書くのも無粋というものなので自分の思い出にとどめておく。ただ、旅の途中でアルバイトをさせていただいた伊勢角屋麦酒の皆さま、箕面ビールの皆さまへはトランスポーターの紙面で恐縮ではございますが心よりの感謝を申し上げます。伊勢角屋麦酒様で一緒に仕込ませていただいたUP2IPAはすでに出荷が開始され、箕面ビール様で植竹が洗った樽にはすでにビールが詰められて皆さまのお手元に届いているはず。面白いでしょ?そんなこ とをさせていただけるのも、またこの業界の懐の広さ故、皆 さまのご厚意に感謝の二文字しかございません。ありがとう ございました。お陰様で旅が続けられました。

 さて、そんな旅の中でビールに縛られないという以外にも いくつか“ ルール” を設けることにした。ひとつめは“ 道中で 音楽を聴かない” 。普段移動中は音楽を聴いていることが多 いのだが、今回は音や言葉など聴覚から入ってくる情報も全 て吸収したかったのでイヤホンで耳を塞がないことを徹底。 もうひとつは“ コンビニで食料を調達しない” こと。コンビニ では日本全国同じ商品が並んでいるし、せっかく遠い土地ま で行っているのに普段と同じものを口にするのはもったいな い。ということで可能な限り地のものを食べることにした。こ の“ 地のものを食べる” という縛りで旅して感じたことが今回 の植竹的視点のテーマ。

 昨今ではクラフトビールと呼ばれているモノも少し前まで は地ビールと呼ばれていた。そもそもは日本全国に存在して いる地酒から転用する形で“ 地” という言葉が使われるように なったのだと想像できるが、原料の酒米を正しくその地で収 穫して仕込まれている日本酒と違い(その限りではない場合 もあるが、少なくとも日本産というのは間違いない)、大手を 除く小規模のブルワリーに限って言えば、ビールの原料であ るモルトもホップもイーストもその殆どが海外から輸入されて いるものだ。地ビールと呼びながらも実際のところ使われて いる地の原料は水だけという違和感も一因となり、今ではク ラフトビールという名称に取って代わられたように思う。クラ フトビールという言葉が浸透することによって地ビールという 言葉によって生まれた“ 地元の材料を使って作られている” と いう誤解が解けたというか、そう誤解されなくなったことはそ れはそれで素晴らしいことだと思うし、多様なスタイルのビー ルを表す言葉としては地ビールよりもしっくりくると個人的に は思う。しかし同時に、地ビールという言葉が持っていたロー カル感が薄れてしまったことは大きな損失でもあると感じて いるのだ。

 確かに地元の素材を使っている = 地ビール、というのはストレートに“ 地” だと説明しやすく理解もされやすい。ただ、 ご存じだろうか。沖縄の地のお酒として有名な泡盛のほとん どは、アジア諸国から輸入されたインディカ米で作られている ことを。泡盛というお酒の成り立ちや地理的な事情、原料費 の事情、米の品種の違いなど様々な理由があって輸入のイン ディカ米を使用しているわけだが、だからといって泡盛が沖 縄のお酒であることを否定する人はもはやいないだろう。つ まり結局のところ、ローカル感の本質というのは原料が地の 物であるということとは関係なく、そこに存在するストーリー が何より重要なファクターなのではないだろうか。

 例えば、日本のブルワリーで言えば岩手県のベアレン醸造 所さんはまごうことなき地ビールであると感じる。もちろん ベアレンさんのビールは全国に出荷されておりビアバーなど でも目にかかる機会が多い。当然、原料の多くは輸入に頼っ ているはずだ。にもかかわらず、岩手県の地ビールとして地 元から愛され地ビールとして確固たる地位を築いているのは、 長年しっかりと地元に根差した活動をされてきたからだろう。 そんな深い絆とストーリーの前では原料が外国産なんていう ことは大した問題にはならないのだ。ちゃんと地ビールとして 認知されているベアレンさんの活動は勉強になることばかり だ。ご興味のある方はベアレンさんがどんな活動をされてい るのかぜひ調べてみてください。

 日本国内の例ではベアレン醸造所さんを挙げさせていただ いたが、諸外国に目を向けると“ ローカル” といのは極々当た り前のことだ。例えば長いビールの歴史を持つドイツでは日 本のような巨大なビール会社が全国各地にビールを供給する というようなことは行われていない。もちろん規模の大きなブ ルワリーは存在していて輸出を積極的に行っているところも あるにはあるが、基本的には地元のブルワリーのビールを飲 むのが普通だ。なにしろドイツには“ ビールはその醸造所の 煙突の影が落ちる範囲で飲め” なんていう古い言葉があるく らいだ。お隣のベルギーではその傾向はより顕著だし、だか らこそあれだけ多くの小規模なブルワリーがひしめいて多種 多様で個性的なビールが作られているのだろう。規模が注目 されがちなクラフトビール大国アメリカでも、ここのところよりローカルに、より小規模に回帰する動きが顕著になってき ている。そもそも大手ビールメーカーが作り出す画一的で面 白みのないビールに対するアンチテーゼ、という傾向が強い アメリカのブルワリーだからこそ支持されて規模が大きくなる が、皮肉なことに商業的な部分が表に出始めるとファンが離 れていくという状況が生まれつつあるのだ。凄まじい勢いで 成長を続けてきたビッグブルワリーの伸びがやや鈍化し、い ま増えているブルワリーのほとんどは小規模、またはブルー パブだ。では売り上げの鈍ってきたビッグブルワリー達がそ の規模を維持するためにどうするかというと、そう、海外への 輸出へ目を向け始めるのだ。

 ではここでもう一度日本国内へ目を向けてみよう。日本の国 土は小さいし、日本全国でお酒に関する法律が統一されてい るから手に入れようと思えば北海道から沖縄まで全国のビー ルを手に入れることができる。いやビールに限らず全国各地 のイイモノが注文から数日で手元に届いてしまう。これって 当たり前のように感じるが、改めて考えてみると驚異的なこと だ。多数のタップを持つビアバーではもちろん日本全国から、 そして世界からセレクトしたビールが提供されている。しかし 放浪の旅で訪れた土地によってはクラフトビールがあまり浸 透しておらずほとんど見かけないこともあった。そのような土 地でどんな店で食事をしていたかというと、とにかくローカル 感を感じるお店を選んだ。地元の人がいっぱいでローカルを 感じさせるお店ではメニューに載っておらずとも「何か地の 物はありますか?」と聞けばたいてい何か出てきたし、お酒も 地酒、中には地元でしか流通していないというお酒を用意し ているお店もあった。そんな場所で食事をしているときにハ タと気付いてしまったのだ。先に書いたようなドイツやベル ギーでは地元のお酒を飲むという文化、それは日本にも存在 していた文化だった。それもとっくの昔から。ビールだけ集中 していたが故に気付かなかった訳だ。確かに自分はビールを 作っているし、もっと多様なビールがごく自然な形で日常に溶 け込んでほしいと願っているが、今回の旅で訪れたようなロー カルを大切にしているお店にも世界中の多種多様なビールが 置いてあってほしいかというと話は別。むしろそれは大切な文 化の破壊ですらあると思う。しかし、そんなお店でも“ 地元の ビールだから” という理由で ”地ビール” が置いてあったとし たならば、それはそれは素晴らしいことではないだろうか。今、 日本で世界中の素晴らしいビールが素晴らしい品質で飲める のはインポーターさんたちの弛まない努力と情熱のおかげで あることは間違いない。そしてもちろん素晴らしいビールが飲 めることを心から喜んでいるのだが、自分は今一度、己の足 元にあるものを見つめ直しながら日々を過ごしている。旅先 にビールがなかったとしても、それを補って余りある素晴らし いお酒や食材や食文化があるはずだ。旅先どころか地元にだってきっと素晴らしいものがあるに違いない。

 世界一を追い求めてもキリがないものである。特に進化の スピードが凄まじいビールの世界において、今日の世界一は 明日の世界一である保証はどこにもない。コレクション的に 飲んだことがないビールを片っ端から飲むというのも楽しみ 方の1つであると思うが、どうかそこにひとつ加えてほしい事 項がある。それは気に入ったビールを見つけたら、それを現 地まで行ってもう一度飲むということ。そのビールの生まれ 故郷の匂いや空気や雰囲気を感じながらもう一度味わってこ そ、そのビール本来の姿が見えるというものだ。  最後にここ最近の自分のビール作りのスタンスについて記 したい。「どんなビールを作りたい?」と聞かれた時には“ 家 族や友達の為につくった味噌汁みたいな感じのビール” と答 えている。別に味噌汁っぽい味わいのビールというわけでは なく、例えば友人とキャンプに行って、少し早起きしてみんな が起きてくる前に味噌汁を作り、起きてきた人たちに“ 味噌汁 作ったけど飲む?” というような気持ちで作るビール。変な例 えかもしれないが、これが一番しっくりくる。そこにある材料 は最高級ではないかもしれないし、味わいも決して世界一で はないはずだ。しかしその味噌汁を飲んだ人たちは“ 美味しい” と感じてくれるに違いない。少なくとも自分だったら最高の味 わいに感じるだろう。その空気が感じられるビールを作りたい のだ。

 そんなことを考えながらビールを作るようになってからとい うもの、自分が飲むときでも美味しいと思えるものの幅が格 段に広がった。オフフレーバーが多少あろうとも、どこかの 誰かが一所懸命に作ったものだと思えば、たいてい美味しく いただける。ブルワーとしてはどうなのかとも思うが、無駄に 厳しいよりも自分自身がそうやって飲む方が楽なのだ。残念 ながら自分は不特定多数の為に世界一のビールを作れる器で はないと気付いてしまった。今は顔が見える人達のために丁 寧なビール作りをしたいと思うし、そういう気持ちで作った時 の方が大抵美味しいものが出来上がる。ある意味ではこれも ローカル回帰なのだろう。クラフトビールというムーブメント を生み出したアンカースチームのオーナー、フリッツ・メイタ グが唱えた“ 小さいことは良いことだ” という言葉の素晴らし さが今は前以上に心に響く。まさに「ビール作ったけど飲む?」 なんて言えるのは今の日本ではブルワーだけの特権だ。

 足るを知れば今日より明日はちょっとイイ日になる。足るを 知ると進歩を止めることは相反することだとは思わない。な ぜなら大切な人のために料理を作るとき、誰だって少しでも 美味しいものを作ろうと努力するからだ。それくらいが自分に とっての“足る”であると気付いた今日この頃。皆さんにとっ ての“足る”はなんですか?

HIROMI UETAKE
植竹 大海
COEDO BREWERY にて醸造長を勤めた後、現在はうしとらブルワリーの醸造長を勤める。湘南ビール、箕面ビール、バラストポイント、コロナド、ハーフエイカー、スクーナーイグザクト等国内外の有力なブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開。日本のクラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.13 より掲載
     

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