加地争論 KACHI SOURON!! -第一回「作り手と売り手」-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.8(2015)
まえがき
個人的に文章をまとめる事は最も不得意な事の一つである。大げさかもしれないが私の発言が少しでも自分の、会社の、業界の、日本の、そして世界の素晴らしきビール文化の発展に繋がる何かのきっかけとなればと思い筆をとった。1期4回、あくまで個人的視点、且つ造り手側の一方的な意見ではあるが主に業界が抱える問題をフォーカスしていきたい。何故、同業者、直接のお客様にあたる取引先、そして消費者の目に晒される場所に書くのか。それは問題を知り、考え、議論し、意識する、より良いモノ造りの土台をとなるアイディアを多くの人と分かち合い考えていきたいと思ったからに他ならない。明日のより良いビール文化に・・・乾杯!!!
造り手の皆さん、売り手の皆さん、あなたの出荷しようとしているその商品、提供しようとしているその一杯、自分自身納得しているものですか? 対価に見合う価値あるものですか?
ビール業界は大きく分けて造り手(ビールメーカー)、売り手(ビアバーなどの飲食店、酒屋や百貨店などの販売店)、そして飲み手(消費者)の3つに分かれています。昨今成長を続けるクラフトビアシーンにおいてその3つ全てが重要な要素であることは単純明快、特に造り手と売り手の関係性が健全且つ今後も成長を続ける為に非常に重要であると考える。
まず、造り手においては最低限、自らが納得したレベルで物を売らなければならない。自分自身が大そうな事を言える分際では無いかもしれないが、少なくとも私は自分が納得したものでなければ提供させないようにしている。造り出す商品は美味いか不味いか(高品質か低品質)では無く、好きか嫌いか(高品質だが好みの問題)で無くてはならない。
お店、イベント、お土産などなど、色んな場所でビールや発泡酒を口にする。近年、本当に「これは造り手がちゃんと試飲して売るレベルにあると判断して出荷しているのだろうか?」などと思う商品がかなり出回っていると感じている。例えそれがこの業界を築いてきた私よりも遥かに経験豊富なブルワーが手がけ老舗会社の商品であってもだ。
単純に自身の好みでは無いという事では無い、明らかに商品に欠陥があるものが蔓延している。では何故こんな事が起こるのか?
「それでも売れてしまうから」
私が一番に考えられる答えはそこにあると思う。
今クラフトビールはムーブメントの真っ只中。大手ビールメーカーとは比較にならない小さなシェアだが、生産量・販売量は右肩上がり、斯く言う当社も喜ばしい事に初年度から生産キャパ一杯に到達している程だ。そんな状況である為、造り出される商品も瞬く間に消費されブルワーは生産業、イベント、その他諸々でてんてこ舞いな忙しさである。
そんな忙しさが粗悪な商品を造り出す原因になっている事も否めないが、造り手としてそれを言い訳にするのは論外である。それなら私のように供給が追いつかず出荷出来ないことを平謝りしてる方がまだいい。 更に商品を提供する専門店なども増え続け供給が需要に追いつかなくなり、クオリティーを無視し「何でもいいから送ってくれ」などと言う事もしばしば。これも大きな問題である。
一旦、なぜ今回の『造り手と売り手』というテーマにしたかついて話をしよう。
私自身、この業界に入って間もなくの頃、造り手としても飲み手としてもプロとしてのレベルに相当しないド素人ブルワーであった。今のようにシビアに一杯のビールに向き合え無かったであろうし、クオリティーの優劣など良く分からなかったであろう。その頃、当時の勤め先の社内消費が落ち込む中、外販を中心に販路を拡大しなければという考えが自分にあった。きっかけが欲しくて自分の中で売れるだろうと思って準備したサンプルをとある老舗ビアバー数軒に試飲してもらった。
結果は散々、取り扱ってもらうには到底至らなかった。根拠があった訳では無かったが自信があったし、かなり落ち込んだ。しばらく立ち直れ無かったし、少し投げやりになっていたがそんな時、何故ダメだったか? 何を求めているかなどを直接意見してもらう機会があった。それは自分にとってとても大きな事だったし、そこで扱ってもらうには自分自身に何が足りなくて何をしなきゃならないかという事が少なからず得られた。
その後、幾つかの取引店からも色々な意見を頂く事が出来たし、こちらからも意見を求めたり逆に意見が言えるようになった。このような関係はボロクソ言われて落ち込んだりする以外は(笑)プラス要素にしか働かないものだ。こんな事がきっかけで今回このテーマでペンを取らせてもらったのである。
さて、前記したように自分の中では積極的な意見交換はお互いのレベルアップに大きく寄与すると考えている。我々造り手からみた直接的なお客様はビアバーなどの取引店であり、一般的な立場としてはこちらが低姿勢でなければならない存在。勿論そうなのだが、だからと言って手塩にかけた商品を雑に扱われるようならば、お客様であっても意見する必要があり、そこに遠慮は必要ない。逆もしかり、納品された商品を最低限試飲し、不備があれば提供する前に販売者に物申すのは当然で必須、もちろん粗悪な商品を造り売りつけた造り手が最も悪い。でも売り手は何故、試飲もせず提供するのか?なぜおかしいと気づいても造り手に意見しないのか・・・?
数ヶ月前、とあるお店に挨拶に伺った。入店すると「加地さん、ちょっと飲んで欲しいものがあるんですが、良いですか?」と聞かれ出てきた商品は既に消費者に提供されているものであったが、運ばれてきた商品は驚く程酷いクオリティーであった。私は香を嗅いだだけでとても口に運べなかったが、「これはちょっとお客さんに提供できるものでは無いと思うよ。」そう告げると、その後お店では「終わっちゃいました」とオーダーを断っていた。
まず思う事は何故私に判断が委ねられたのか。自身でおかしいと思うならばそこで提供しなければいいだけの事、またはオーナーなり同じ店の従業員なりに意見を求めればよい。
訊ねた本人に「メーカーに直接意見したらいいよ、だってこれ明らかに欠陥商品でしょ?」そういうと、「言いづらいんですよね…」という答えが。だからと言ってあのような商品を返品できないから消費者に提供してよいのか? 答えは完全にNo である。このような事の繰り返しが業界を衰退させると考える。
この事案についてはかなりネガティブな書き方をしたが、意見をくれた事、話が出来たことはむしろポジティブに捉えている。実際、この件については勇気を振り絞って意見交換が出来たと聞くし、今後にもつながるであろう事案になったからだ。造り手側も、今までドサクサに紛れて売れた商品が売れなくなる事で必然的に高品質な商品を造らなくてはならなくなる。お互い意見出来るという事は、それだけ自分たちが売っている商品に対する想い、知識、消費者に満足してもらえるかという商品に対する愛があるからであり、意見をくれると言う事はそこに我々造り手に対する期待が存在するのだと思う。
別にクレーマーになれと言ってる訳では無い。悪い意見も、もちろん良い意見も消費者に届く前に腹を割って話をしようじゃありませんか!
造り手の皆様、会社の事情もあるでしょう、自分の権限がどこまであるかも人それぞれでしょう。でもそれらは自身がまともな物を造れば全く問題の無い話。私も含め皆でレベルアップしていきましょうよ。
売り手の皆様、遠慮は要りません。愛があるならむしろ言いたいことを言いましょう! それがあなたのお店の質を高め、業界を育てます。
造り手と売り手の健全な関係は業界を健全な発展に導くと信じています。私はビールが大好きでうまいビールが飲みたい、ただそれだけ。明日のよりよい業界の発展を願うばかりです。
加地 真人
MAKOTO KACHI
留学先のカナダにてクラフトビールに出会い開眼。帰国後、木曽路ビールに入社。2014年よりY.MARKET BREWING の醸造長に就任、醸造開始から一躍人気ブルワリーとなる。
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