加地争論 KACHI SOURON!! -第四回「Monster Beer Geeks」-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.11(2016)
“Geek”とは英語のスラングでオタクという意味をさし、“Beer Geeks”はビールオタクのようなニュアンスと解釈してもらえれば間違いないと思う。飲み手の事を指すだけで無く、ビールが好き過ぎてブルワーになってしまった自分もおそらくBeer Geek であろう。ファンとは違いかなり踏み込んだところまで熱中、没頭している人達が多いが、その境界線は当人の意識や第三者からみてもかなり曖昧なところである。
彼らのビールに対する愛情は深く、積極的に醸造所を訪れたり、ブルワーと意見を交わしたり、ビアイベントを起こしてみたり、醸造について勉強したり、ありとあらゆるビールを飲んだり、海外までビールの為だけに旅するなどなど、日本のみならずアメリカをはじめ世界中にクラフトビールと言うムーブメントを起こした起爆剤になり飲み手の人口増加に貢献して来た事は間違いないところだ。私も彼らを通じてインダストリーの動向、問題点や改善点、新しくオープンしたブルワリーやパブについてなど多くの意見を交わし、学ぶ事や利益を得る事も沢山ある。自分と同じようにビールに対する愛を持った仲間として尊敬している。そうゆう彼らをここで私は“Beer Geeks”と呼ぶとする。
話は変わるが、この記事をあなたはどこで読んでいるだろうか? ビアバーでビールを飲みながら? 帰りの電車?もしくは家に持って帰ってじっくりと…。今日、初めてクラフトビールを飲んだという人も中にはいるだろうが、これを読んでいる方はおそらく頻繁にクラフトビールを飲んでいる方々とだと思う。
そんなあなたに質問。あなたが初めて飲んだクラフトビールの味を覚えているだろうか? 数あるお酒がある中でそれでもクラフトビールを選んで飲んでいるのだから、きっとその出会いの一杯は美味しいものに違いなかったはずだ。出会いは様々だが、流行りだけの第一次ブームが去り、質重視の第二次ブームが起こり始めた当初は専門店も少なかったのもあり、人伝いに教えてもらって知った人たちが多かったと思う。表立って出回っていた銘柄やメーカーも少なかった当時、「これ一回飲んでみて! おいしいから。」だとか「色んなビールが飲めるイベントあるけど行ってみない?」なんて言われて初めてクラフトビールを飲んで感動した人は多かったはず。
話をそらしてまでこんな事を書いたのは、これから初めてクラフトビールを飲む人が、すでに先入観を与えられ未知の世界の感動や楽しさ、おいしさを心の底から感じるチャンスが奪われてしまっているのではないかと考えているからだ。
初めてでなくても単に自分の“好き”だったものが第三者の否定的な意見で先入観により味覚の変化を起こしたり、そもそもビールから遠ざかったりしてしまう現実。そんな引き金の一部になっているのがまさに“Monster Beer Geeks”の存在だ。
今回私がタイトルにした“Monster Beer Geeks”とはどんな人達か。相変わらず自分の主観なってしまうが、端的に言ってしまうとバッドマナーに気が付かないBeer Geeks の事だ。与える影響力の大きさに気付かず、あちらこちらで他人に影響を与えまくる。良い影響ならば良いのだが、ネガティブな事も多々。好きが転じてファンがストーカーになってしまう様なものと言っていい。
その昔、ビアイベントで知ってか知らずか、造り手である私に「エールってのは上面発酵のビールの事なんだよ ~」などと酔っ払いながら長々とブース前に陣取りブルワー にとってはサルでも分かる醸造の話をし、サービング中に 他のお客さんと話すことすら出来ず仕事に支障が出た事が あった。少ない知識を振りかざしうんちくを語りだしたその 人も今や私の中では立派なモンスターになっている。うん ちくを聞くのが楽しい人もいればそうでない人もいて判断 は難しいが、皆が楽しく飲める事を考え、場の空気を読む のも楽しくビールを飲むには必要なことではないだろうか。
また、情報網の発達でSNS などには連日良いも悪いも 書き込みが絶えない。その中にはMonster Beer Geeks の行き過ぎた発言が目立つ。「ここのビールは何を飲んで もまずい」「高い」「味が落ちた」「○○店はサービング、 管理が悪い」「店主が最悪」「日本のクラフトはダメだ! アメリカはやっぱり良い」etc、ネガティブな事だけを発 言している訳ではもちろん無いが、彼らの主観や価値観 の問題だけだという場合もあるし、飲んだそのビール、訪 れたそのお店は他の誰かにとっては一番なのかもしれな い。アメリカのビールが日本のよりも優れている? 果た してそうだろうか? 確かにハイレベルなブルワリー、ブル ワーは多いが国レベルの話で物事を括ってしまうのは正 直言ってナンセンスなことだ。それこそモンスター達の先 入観の押し売りに他ならない。ましてやSNS に書き込ん だりするのは、はっきりいってルール違反でありモラルに 欠ける行為だと考えている。SNS は便利だがパブリック スペースであり、中傷的なことを書くのはお店の前で「こ このビールはまずいぞー!」と叫んでいるのと同じだ。
確かにポジティブな意見もネガティブな意見も“伝える” ということはとても大切な事。 もしもお店で飲んだビールの出来が悪いと感じたならば直 接造り手に声を届けたり、不快に感じたのならお店に意 見を伝え、可能ならば正当な理由を述べ返金を求め、も う二度と飲まなければ済む話であり、周りにスピーカーの 様に不満を伝える事ではない。お店を不快に感じるなら ば行かなければ良いし、同じような思いをして欲しくない という理由で自分以外の誰かに伝えたいのならば、少なく とも知人に伝えるレベルで十分だろう。何より、あなたの知らない誰かにとってはその情報や先入観は望んでもいない無用の長物に他ならないからだ。
Monster Beer Geeks もシンプルにクラフトビー ルを楽しみ、他の誰かに同じ感動を味わって欲しいと思った事があるはずだ。あなたはビールを飲む時、あら探し中心の悲しい飲み方になってはいないだろうか? それははっきり言ってつまらない飲み方だし、本来僕ら造り手や売り手がすべき仕事だ。
Monster Beer Geeks には多くの知識や業界に精通した人脈もある。その力を業界の発展に生かしてもらいたいと切に願うし、矛先をどこに向けるのか今一度よく考えてもらいたい。これから増えていくであろう飲み手がただ楽しくおいしく飲める環境づくりが出来るかどうかはMonster Beer Geeks の一挙手一投足にかかっていると言っても過言ではない。
もちろんMonster Beer Geeks となった発端はそもそも粗悪なビールを造ったり売ったりして来た我々造り手、売り手にも責任がある。加地争論では幾度となく書いたことだが、まずは造り手がしっかりと仕事をする事が最も重要。私一人ではどうにもならない事だが幸運な事に我々には強い横のつながりがある。手を取り合ってクラフトビールの明るい未来を皆で築いていきたいと望んでいるし、私はその為に誠実にビールと向き合い造り続けていく覚悟がある。飲み手には楽しく飲んでもらえればそれで良い。少なくとも私にはそんな姿を見るのが造り手としての幸せ。しっかりと作られたビールの前では人の価値観など様々で、そこにあまり足を入れ過ぎず、ただ自分の“好き”を自分の中で貫いて構えないでリラックスして単純にビールを楽しんで欲しいということ。もっともっとシンプルにクラフトビールを楽しんでもらいだけなのだ。
生産者は対価に見合う製品を作り続けねばならない。売り手はしっかりと生産者と向き合い、飲み手に楽しさを与えねばならない。これらがうまく回れば日本におけるクラフトビールシーンはますます良いものになっていくはずだ。明日はもっと楽しくおいしくビールが飲めますように…。Beer Geek のあなたが明日のMonster Beer Geekにならない事を願って。
加地 真人
MAKOTO KACHI
留学先のカナダにてクラフトビールに出会い開眼。帰国後、木曽路ビールに入社。2014年よりY.MARKET BREWING の醸造長に就任、醸造開始から一躍人気ブルワリーとなる。
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