植竹的視点 -「一年が経過してみて」-
早いもので2014年末日をもってCOEDOを退職し、うしとらブルワリーに移籍してからすでに1年と5カ月が経過した。お陰様でうしとらブルワリーの運営も順調で“ ビールが作りたいのに作れない!” なんてこともなく、ゆるいながらも忙しい日々を送っている。COEDOという日本クラフトビール業界ではかなり大きな規模のブルワリーから、立ち上がったばかりの小さなブルワリーへ移籍したものだから、やはりいろいろな面で異なることが多く、今までの経験がそのまま通用しないこともかなりあった。造りの面ではそのつど考察、微調整を繰り返してきたわけだが、最近ようやくしっくりくるようになってきた。その他にも周辺の環境や状況など1年で大きく動いたように思われるので今回はいつもの植竹的視点とは少し趣向を変えて、この1年で感じたことをつらつらと書いてみようと思う。
まずクラフトビールと呼ばれるものを取り巻く環境について。この1年でずいぶん大きく変わったように感じられるが、そう感じる一番の大きな理由はクラフトビールという言葉を説明なしに理解してもらえることだ。少し前まで、例えばイベント出店したときにクラフトビールという言葉を使ってビールの説明をしても“ で、結局地ビールでしょ?” なんて言われることも多かったが今は説明なしにクラフトビールという言葉を理解しているお客様が大変に多くなった。クラフトビールの定義は・・・なんていう無粋な話はこの際脇に置いておこう。さらに言えば大まかなビアスタイルであればすでにご存じであることも大変多くなった。特にIPA、ヴァイツェン、ペールエール、スタウトなどのメジャースタイルはかなり認知されていると感じる。良い悪いという議論は置いておいて、正直なところこれは大手ビールメーカーがこぞって“ クラフトビール” を作り始めたからだと思っている。やはり大手の広告、宣伝力というのは凄まじい。ある意味では悔しいことなのだが、日本全国の小規模醸造所が20年かけて取り組み、なかなか達成できなかったことをたった1年程度で成し遂げてしまった。コンビニに大手ビールメーカーが造ったポーターやセゾンが並んでいるのを見て、嬉しいというよりもちょっと怖いと思ってしまったのが正直な感想だった。とはいえビールにはそもそも様々なスタイルが存在する、ということが自然に受け入れられている状況は我々にとっては追い風になることは間違いない。この機を逃さずきちんと美味しいものを作っていれば自然と飲んでくれる人は増えるだろう。あとは大手がクラフトビールから手を引いて方針転換しなければね・・・なんて書いているところでアサヒがクラフトビールから撤退というニュースが飛び込んできた。採算が合わないということが撤退の理由だそうだが、おそらくアサヒは“ クラフトなんてものもやってはみたけど、結局ドライが最高ですよ” という風に方向転換するだろう。まず間違いなく。そうなると怖いのは、先ほど述べた大手の広告、宣伝力だ。1年間であっという間にクラフトという言葉を認知“させた”のと同じように、あっというまに忘れさせてしまうことも容易だろう。過去何度も書いているが“ そういえば昔クラフトビールって流行ったよね”という言葉こそが一番怖いのだ。大手はクラフトビールから手を引いても事業を継続できる基盤がある。しかし我々のような小規模醸造者の多くにとっては残念ながらクラフトビールから手を引くということは、イコール事業の終わりを意味するわけで、そもそも我々は流行り廃りでビールを造っているわけではないのだ。他の大手ビールメーカーのクラフト事業がうまくいっているのかどうかはわからないが、なんとなく他のメーカーも雪崩的にクラフトから撤退しそうな気もしている。大手がこぞってクラフトに参入してきたとき“結果的にクラフトビールが認知されて業界とてしては追い風になる!だから大歓迎!” というような論調が主で自分のように明確に反対している人は多くなかった。そう言っていた方々の多くは大手がまさか1年程度のつまみ食いで手を引くとは思っていなかっただろう。さて、これからどうなるやら。そしてこれを読んでいるあなたがどうするかで業界の未来は大きく変わるはずだ。
続いて販売のこと。コエドの設備は1仕込みの容量が約3000L、しかも1日で複数回の仕込みが可能な、かなり生産効率の良い設備だった。対してうしとらブルワリーの設備は1仕込み1400Lで、1日で複数回の仕込みを行うのが困難な本当の意味で小規模の設備だ。生産規模が違うということはすなわち販売規模も異なるというわけで、ご存知かと思うがうしとらは樽のみを製造しており瓶や缶で流通に乗せるということは一切していない。樽を扱うということはサーバーの用意も必要だし、提供するための知識も技術も必要となる。
余談だが大手のビールを扱う場合の多くは、メーカーからサーバーの提供がうけられる。ただし提供を受けたメーカー以外のビールを繋いではいけないというのが鉄則だ。サーバーというものはビールを注ぐ為にしか使えないにうえに、価格は決して安くない。クラフトビールを扱おうと思うとサーバーを自費で用意しなければならず、これは実のところ結構しびれる投資なのだ。さらにビールの価格も決して安くはない。このような諸々を乗り越え、樽を扱っていただけるということは、そもそもクラフトビールに対して非常に感度が高いということに他ならない。故にビールの流行や品質に対して非常にシビアだ。コエドのように大きな規模で流通させる以上、最重要なのは定番のビールをひたすら丁寧にぶれないように造るこ とで自分もそれを信条として造ってきたが、定番のビールが なく、しかも限られたお客様にだけビールを届けるスタイル のうしとらブルワリーではスタンスはかなり変わった。どんな ビールが好まれているのか、次に求められるビールはどんな ものかという情報は常に気になるし、それらの情報を元に造 るビールを決定するということも正直に言えばある。弁解す るわけではないけれど、定番をひたすら安定して造ることと、 常に新しいビールを造り続けること、どちらが正しいというわ けではなく使う能力が違うということだ。そういう意味ではコ エド時代には経験できなかったことを今はやっているので、こ れも自分の経験値アップにつながっているのかな、と思って いる。
最後に設備のこと。先述のようにコエドとうしとらでは設備 の規模が大きくことなる。“ 設備によってビールの味が変わる” というのはよく言われることだが、正直に言うとそれについて 自分は眉唾だった。自分の作り方は徹底的にロジカルに数字 を決めて造っていくスタイルなので、細かな設備の違いがあっ ても仕上がりは同じようになると考えていたのだ。何しろビー ルの造り方の大筋は設備関係なく変わらないのだから。この考 えは自分で経験してみて、はっきりと違うと実感した。もう少 し詳しく述べると、設備によっては“そうせざるを得ない” 工 程が確かに存在して、それが味わいに影響を与えるということ。 例えば麦汁をろ過するロイタータンの形状によってろ過の時間 は大きく異なる。時間をかければ(かけすぎも良くないのだけ れど)透明度の高いクリアな味わいの麦汁をとることができる。 雑味の少ないクリアな麦汁からは、当然雑味の少ないクリア な味わいのビールができる。これは多少技術の介入する余地 があったとしても、やはり設備の構造に大きく頼るところなの だ。他にもタンクの本数や、タンクの形状、ろ過設備の有無 などなどなど、思っていた以上に設備が味わいに与える影響 が大きいと感じられた。しかし重要なのはその設備の癖を把握 しウィークポイントをカバーしてあげること。これは一朝一夕 ではできることではない。もちろん自分も1年以上の時間をか けて、ようやく馴染んできたところだ。そしてもう一つ、設備 の特徴を見抜くということは複数の設備を使ったことがなければ出来ないことだと。単純に醸造設備といえども道具なわけで、道具は使い比べてみて初めて違いがわかるものだ。強みも弱みも。見るだけで得られる情報もたくさんあるから、色々なブルワリーや設備を見て回ることも重要ではあるけれど、百聞は一見に如かず転じて、百見は一用に如かず、と言い切れる。そういう意味ではコラボレーションなどで普段使用していない設備で仕込みをできる機会は、ブルワーとしての経験値を稼ぐ意味でも重要であると再認識することができた。コエド、うしとら、そしてコラボレーションを含めれば8か所のブルワリーで仕込みをした経験があるが、この経験は現在トロントで建設中の自分のブルワリーの設備を選定するのに非常に役に立った。設備というのはブルワリーの心臓部で、ビールの特徴に直結する超重な部分であるから妥協はできない。これからブルワリーを立ち上げたい方は、ぜひ各所の設備を見に行くだけではなく、使う機会を得られるように動いてみてほしい。必ずその経験が役に立つはずだ。
最後に、トロントの話が出てきたところで自分の近況を。ご存知の方も、そうでない方もいらっしゃると思うが、自分は
現在カナダのトロントに自身のブルワリーを立ち上げるべく奮闘中なのだ。というか当初のスケジュールではとっくにカナダに渡り醸造を開始している予定なのだが、場所の決定や建物のリノベーション、設備の選定などに予想以上に時間を取られ、まだ日本に残ってビールを造っている。現在の進展状況としては、ブルワリーの場所は決定して契約済み、設備もすでに発注を終えている。建物は既存のものをリノベーションして使うのだが、その工事も着々と進んでいる。うまくいけば2016年の年末頃には設備のテストくらいできるかな、といった状況だ。予定よりずいぶん長く日本に留まっているので、カナダ行きは諦めたと思っている方もいたそうなのですが、全く諦めていないし、むしろ着々と準備を進めているのでご安心を。“ いつまでうしとらにいるのか?” というご質問も良くいただくのだが、ワーキングビザが取得できるまで、としかご回答できないのが正直なところ。カナダも今はビザの取得が面倒なのだ。
というわけで、まだしばらく日本でビールを造りますので、どうぞもうしばらくよろしくお願いいたします。
HIROMI UETAKE
植竹 大海
COEDO BREWERY にて醸造長を勤めた後、現在はうしとらブルワリーの醸造長を勤める。
湘南ビール、箕面ビール、バラストポイント、コロナド、ハーフエイカー、スクーナーイグザクト等国内外の有力なブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開。日本のクラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.11 2016より掲載
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