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植竹的視点 -クラフトビールの価格について再検証-

2022年 11月 14日 10時 04分 投稿 939 Views

 2015 年の秋にビール業界がちょっとざわつく情報が入ってきた。それは発泡性リキュール、いわゆる第三、第四のビールと呼ばれるものや発泡酒を包括するビール系飲料の酒税を見直すというものだ。具体的にはビール系酒飲料の酒税を統一するという案で、実現すればビールと一部の発泡酒にとっては減税、その他のビール系飲料は増税ということになる。

 現在の酒税法ではビールおよび麦芽使用比率50% 以上の発泡酒には1リットル当たり220 円、麦芽使用比率が25% 以上、50% 未満の発泡酒には178.125 円、麦芽使用比率25% 未満の発泡酒には134.25 円、そのほか第三、第四のビールに分類される発泡性雑酒や発泡性リキュールには80 円の税金が課せられている。日本においてはアルコールを1% 以上含有する飲料は酒と規定されており、その種類を問わず酒を製造した際には税金を納めなければならない。日本はビールに対する税金が諸外国と比べて非常に高いというのはよく知られた話だが、実はビールにかかる税金は日本国内で製造される他の酒類と比べても非常に高いというのはご存知だろうか? 詳しくは後述するが、ビールより高い税金が課せられているのは蒸留酒のウィスキー、ブランデー、スピリッツのみだ。正確には他にもビールより酒税が高い“粉末酒”という謎の酒類が存在するのだが、今のところお目にかかったことはないので今回は気にしないことにする。なんでも日本の会社が開発した技術によってアルコールを粉末化し、水などに溶かすと酒になるという代物らしい。アメリカではすでに市販されているらしいが・・・。とにかく今回は除外しよう。

 基本的にビールの酒税が下がるのはクラフトビール業界にとっては非常に良い話だ。というのも日本国内のクラフトブルワリーで製造されているのはビール、または減税の対象となる麦芽使用比率50% 以上の発泡酒がほとんどだからだ。短絡的に考えれば、酒税が下がればその分販売価格が抑えられる結果、消費や需要の増大、そして業績アップが期待されるという具合だ。

 ちなみに余談だが、実際のところいくら酒税が高くても酒を造っている会社の懐は直接的には痛まない。なぜなら製品の価格設定は必ず酒税を含んだ価格になっているため、結局のところ最終的な消費者から酒税を全て預かり、それを酒造会社が代理でお国に納めているという構図だからだ。見えづらいことなのだが、今あなたの目の前においてある1 パイントのビール、1缶のビールの価格にはかならず酒税が含まれているのである。その税金は飲食店や小売店→酒屋、卸業者→製造業者→税務署という経路をたどって国へ税金として納められている。こういった税金の徴収方法を間接税と呼ぶのだが、これは酒税だけではなくたばこ税やガソリン税、そして消費税なども同じだ。仮にビールの酒税が今よりも高くなったとしても、酒造会社はその分販売価格に転嫁するだけなので焦点を酒税だけにあてれば、それによって酒造会社の経営が圧迫されることはない。要するに最終的な消費者の元に届く時の価格が上がるだけだ。もちろん価格が上がったことによる販売減など間接的には経営に大きな影響を与える訳だが。なお、今のところ利益を崩し自腹を切って酒税を払っているという酒造会社にはお目にかかった事はない。この話は酒造会社が楽をしているとか、得をしているという話ではなく税金の徴収方法を解説しただけなので誤解なきよう!

 長い前置きになったが、今回は酒税、関税などの税金からの観点、ビールという酒の製造方法の特徴、原料、そして大手ビールメーカーや諸外国との対比など様々な視点からから今現在のビールの価格について考察をしたい。価格は消費にダイレクトに影響する因子であり、なによりビールを飲む、この紙面を読んでいるあなたの財布に直結する問題だ。なぜその1パイントがその価格なのかじっくり考えてみよう。

 まずは税金の観点から考察を始めよう。先述の通り日本におけるビールの税金はとても高い。アメリカは州ごとに税金に関する法律が異なるので単純に国単位での比較することは出来ないが、ビールに対する酒税が最も高いテネシー州で1ガロン(約3.8リットル)当たり$1.29。逆に最も安いワイオミング州で、なんと1ガロンあたり$0.02 である。1リットル当たりの日本円($1=121 円)に換算するとテネシー州では1リットル当たり41 円、ワイオミング州に至っては0.6 円とほぼ無税に近い。ちなみにアメリカにおけるクラフトビールの中心地、カリフォルニア州でも約6.4 円で1リットルあたりの酒税が220 円の日本と比べると、最も高いテネシー州でも日本の約5 分の1、ワイオミング州は約370 分の1ということになる。いかに酒税が低く設定されているかご理解いただけると思う。さらに多くの州でブルワリーの生産量によって酒税の一部、または全部(!!)が免除されるシステムを採用している。基本的には小規模であるほど税金が優遇され、クラフトビールが浸透するにつれてこのシステムを採用する州が多くなっているそうだ。ただし州ごとに酒税が違うように、所得税や消費税などその他の税金も州ごとに異なるので酒税が安いことがそのまま安くビールが飲めることにはならないので注意。とはいえ日本よりはかなり安く、感覚的にはバーで飲むと1 パイント、チップ込で$6-$8といった印象だ。ブルワリーのテイスティングルームで飲むと当然もっと安い。

 ひとつ面白い逸話をご紹介しよう。AQ ベボリューションによって輸入され、日本でも味わうことができるEpic Brewing の創業の地はユタ州のソルトレークシティーなのだが、実はユタ州は酒に関する法律がとても厳格で有名。2008 年まではアルコール度数4%以上の酒は流通が厳しく制限され、州が管理する小売店やライセンスを持つ限られた飲食店でしか提供できなかった。しかしEpic Brewing 大躍進の影響もあり、州が管理する流通を介さずブルワリーが直接ハイアルコールビールを販売できるよう法律が改正されたのだ。法改正の背景には規制緩和による酒類消費量の増加、つまり税増収への期待があったわけだが、これは見事に成功したようで2014 年は酒類販売が7.9% 増加し、観光客も12% 増加するというポジティブな結果が得られている。ただしユタ州では現在でもブルワリー併設のタップルームでのビールの提供は認められていない。これには酒類は必ず食事と共に提供しなければならないという考え方が根底にあるからで、レストランなど食事をする場所でしか酒を提供できないという規制が今でも存在する。Epic Brewing は増加する需要に対応するため2012 年に新たなブルワリーを開設したが、その場所は創業の地ユタ州ではなくお隣のコロラド州。ファウンダーのDavid Cole はそれに際してこんなコメントを残している。

 「コロラド州に新たなブルワリーを開設する目的は、ユタ州の何百万ドルもの無駄な税金を課せられるシステムを罰するためだ。最終的にはユタ州の法律がさらに改正されると予想しているが、それには時間がかかる。企業としてはよりスピーディーに物事を進めなければならない。」

 コロラド州のビール税(1リットル当たり2.5 円)はユタ州(1リットル当たり13 円)よりも随分安い。そしてコロラド州ではブルワリーのタップルームで食事を提供することなくビールだけでの提供が可能だ。コロラド州はユタ州よりブルワリーにとって魅力的な酒税や法律を持つことで有力なブルワリーの招致に成功し、ひいては酒税の増収、さらには雇用増加や観光客の誘致にも有利になったといえる。もちろんブルワリーにとってはより自由でスマートな方法でビールを製造販売できるようになった訳だしWin-Win の関係だろう。ユタ州を除いては。

 アメリカの話が続いたが、今度はヨーロッパへ目を向けてみよう。ビール大国ドイツでは発酵前の麦汁糖度によって若干上下するが、おおよそ1リットル当たり€0.09 が課せられている。現在のレートで日本円に換算すると約12 円、ベルギーでは約27 円、非常にビール税が高いといわれるイギリスですら約100 円という具合にやはり日本と比較するとビール税は低く設定されている。

 日本と比較すれば圧倒的にビール税が安いユーロ圏だが、それでも国によって若干差がある。最近ではより安くビールを購入するために、陸続きのビール税が安い隣国へインターネットを利用してビールの発注することも珍しくないらしく、ビール税が高い国では自国でビールを購入してもらうために税率の見直しも行われているとか。

 それから、その国での税率がいくら安かろうとも、海外からビールを輸入する際には必ず日本と同じビール税を納めなければならないので、輸入業者さんに「アメリカのビール税は安いはずなのに、なぜこの価格なの?」なんて聞かないように! ビールのインポーターさんは遠い外国から品質を保ったまま日本にビールを届ける為に大変な手間とコストをかけ日本と同じ高い酒税を納めていることをお伝えしておきたい。お蔭さまで世界トップレベルのビールが日本にいながらに楽しめる。本当にありがたいことだ。

 このように日本でビールを作った場合、その販売価格が非常に高くなるのは税金の観点から見れば当然のことだ。しかし残念ながら日本の景気は長らく低迷しており、デフレ傾向が続いている。人々はより安いものを求めるわけで、大手メーカーはそれに応える形で節税型の発泡酒、そして第3、第4 のビールを生み出した。先述したように麦芽の使用比率によって税率が異なるという日本の酒税法の穴をうまく利用して酒税の安い、つまりは価格の安いビール風飲料を作り出したが、結果消費者はそういった節税型のビール風飲料ばかり飲むようになってしまい、大手メーカーは本来あるべき姿のビールではなく節税型ビール風飲料の商品開発に力を入れざるを得ない状況になっている。何しろ製造コストや原料の観点から見れば、むしろ節税型ビール風飲料の方が割高なのだ。販売価格が安いのは酒税が安いからに他ならない。

 日本の大手ビールメーカーは世界でも有数の技術力を持っていることは間違いないが、その技術力をやや斜め上方面に注がなければならないのはなんともむなしい話である。仮定の話でしかないが、大手ビールメーカーが節税型ビールではなく、本来のビールへその技術力を注ぎ込んでいたら、もしかするとすでにジャパニーズスタイルと呼ばれる画期的なビールが生み出されていたかもしれない。そういった、やや歪んだ状況を打開するために提案されたのが冒頭に述べた酒税法改正案だ。残念ながら日ごろ節税型を飲んでいる消費者にとっては増税になってしまうため反対の声も多く一度見送りになってしまった・・・。

 つづいて原料からの観点でビールの価格を考えてみる。ビールの基本的な原料は麦芽、ホップ、酵母、そして水だが、実は日本のクラフトビールメーカーはその内麦芽とホップのほぼすべてを輸入に頼っている。一部自社で栽培したホップや大麦を使用しているブルワリーもあるが、まだ全てを賄うには至っていない。

 原料を輸入すれば当然、送料なども発生するわけで、どうしても栽培されている現地と比べると割高になる。実は大麦もホップも日本国内で生産されているのだが(うしとらブルワリーのある栃木県はビール用大麦の生産高が日本一で、ブルワリーの周りにも大麦畑が広がっている)それらはほとんど大手ビールメーカーとの契約栽培で、なかなか自由に購入できないというのが現状だ。そもそも大麦を麦芽に精麦する精麦工場が大手ビールメーカーの子会社であることが多く、そこで作られる麦芽のほとんどは直属のメーカーでのみ使用されるという具合だ。日本にはほんの20 年前まで小規模のビール会社が存在しなかったわけで、これは仕方のないことなのだが。さらに、海外の広大な面積で大量に生産される大麦と比べ、小さな畑で栽培される国産の大麦はどうしても割高になってしまうという土地的な理由もあり国産麦芽の使用はあまり広がっていない。

 またホップはどこでも栽培できるわけではなく気候が非常に重要な作物なので、そもそも栽培可能な場所が限られている。国土の狭い日本においてはどちらかといえば不利な作物なのだ。とはいえ、最近京都で町を挙げてホップ栽培に乗り出している事例などもあり、これから日本発のホップが出てくることも期待される。そのような背景もあってクラフトブルワリーは海外からわざわざ原料を取り寄せているという現状がある。割高な原料を使えば当然販売価格にも反映されてしまうわけで、これもビールが、特にクラフトビールが高い理由の一つだ。

 輸入という言葉でピンと来た方もいたかもしれないが、現在ニュースなどでよく聞くTPPもビールと無関係ではない。ビール自体には海外から輸入したとしても関税は課せられないが、原料の麦芽には関税がかかる。日本がTPP に参加し関税が撤廃されれば麦芽の価格が下がる=ビールの価格も下がる! と喜ばれるかもしれないが実はそう単純な話でもない。日本には関税割当制度というものがある。これは定められた輸入品一定量に対しては関税が免除される、または通常よりも低い税率で輸入が可能となる制度だ。日本のほとんどのブルワリーがこの制度を利用しているし、もちろんうしとらブルワリーでも海外から輸入している麦芽に関してはこの制度を利用しているため、関税がかからず麦芽を輸入することができている。つまりTPP に参加して関税が撤廃されたとしても、麦芽に関していえば購入価格はそれほど変わらない。ホップには5% 前後の関税がかかるが、そもそもビールの原料に占めるホップの割合は麦芽と比べて低く、5% の関税がなくなったとしてもそれほど大きくビールの価格には影響を及ぼさないだろう。

 関税割当制度には一定数量を超える輸入分に関しては通常の関税より高い二次税率を適用するという決まりがあり、これは国内の生産者保護が目的なのだが、大手ビールメーカーが必ず国産の麦芽を使用している理由はこの辺にある。輸入量が一定数量を超えると購入する麦芽の価格が安くとも関税と合わせると国産の麦芽を使用したほうが割安になったりするのだ。もちろん国産の麦芽の品質は非常に高いので、その点も使用する理由であると思う。この二次税率が適用されているのは、大手ビールメーカーだけのはずだ。なぜなら、その”一定数量”は日本のクラフトブルワリーではまだまだ使用しきれないほどの量だからだ。ということはTPP に参加して麦芽の購入価格が下がるのは大手ビールメーカーだけ・・・?我々の知らない大人の事情がありそうだが、このまま行くと大手ビールメーカーとクラフトビールの価格差はますます広がってゆくのではないだろうか。

 大手ビールメーカーとクラフトビールの価格差についてもう少し触れてみよう。ずいぶん価格が違うことはどなたも認識されていると思うが、なぜこの価格差が生まれるのかご存じだろうか? ビールというお酒は比較的販売価格に占める原材料費の割合が低いお酒なのだ(IPA やハイアルコールビールのような原材料を大量に使うスタイルは除く)。原材料費の割合が低いということは原材料の価格が多少下がったところで販売価格に反映されづらいということになる。そうなると販売価格を下げる方法は、単一の銘柄を一度に大量に生産し、そして大量に消費してもらうのが手っ取り早い。日本に限らず大手メーカーが巨大なプラントを有していることやライトラガーをメイン商品としていること、そして統合を繰り返し巨大な企業になっていることはビールが装置産業だからなのだ。

 ずいぶんとネガティブな話ばかり続いてしまったが我々のような小さなブルワリーで作り出されるビールはなぜ価格が高くなってしまうのかという事情をご理解いただけたのではないだろうか。ただし小さなブルワリーには巨大なプラントを有するブルワリーには持ちえない強みがある。それこそビールの多様性である。様々なスタイルのビールを、ユニークな原材料を使った斬新なビールを、自由に作り提供できることこそがクラフトブルワリーの最大の武器だ。アメリカのビール税が安いことはすでにご説明したとおりだが、実はそのアメリカでさえ大手ビールと比べるとクラフトビールは十分に高いのだ。それにもかかわらず多くの人がクラフトビールを受け入れ、すでに文化と呼べるレベルになりつつあるのは、多くの人が高いお金を払うだけの価値をクラフトビールに感じているからだろう。仮に日本のビール税が劇的に下がったとしても、それはクラフトビールが浸透する追い風にはなるかもしれないが、起爆剤にはなりえないと個人的には考えている。

 やはりクラフトビールが文化として定着していく為に今やるべきことは多様で面白い高品質のビールを、その価値を感じてもらえる様に提供していくことだ。とはいえビール税が下がってほしいな〜と思うのは、財布の薄い、いちビール飲みとして切実な気持ちである。とほほ。

HIROMI UETAKE
植竹 大海
COEDO BREWERY にて醸造長を勤めた後、現在はうしとらブルワリーの醸造長を勤める。
湘南ビール、箕面ビール、バラストポイント、コロナド、ハーフエイカー、スクーナーイグザクト等
国内外の有力なブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開。
日本のクラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.10 2016より掲載
     

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