植竹的視点 – “クラフトビールの定義” –
何をもって“クラフトビール”とするかという問題は日本のみならず、というより諸外国の方で非常に活発に議論がなされている。醸造量、造っているビールのスタイル、資本関係などなど、様々な角度から検討されており一応定義のようなものがBrewers Association によって定められている。ただ、これはすでにクラフトビールが文化として定借している国においての定義であってこれがそのまま日本のクラフトビールシーンでも当てはまるかと問われるとちょっと首を傾げてしまうような状況である。また、そもそもこの定義に対して意義を唱えるブルワリーもあるのでやや状況は混沌としている。当然のことながら、その国ごとでビールに関わる法律も違えば飲み方、飲む量も異なるわけで、十把一絡げというわけにはいかないし、それぞれ独自の定義があるほうが自然だ。こと日本に関していえば、醸造量や規模などの数字よりも「クラフトビール = 職人が丹精込めて造る手作りビール」というような、やや曖昧な感覚で捉えられていることが多いように感じられる。この“職人による手造り”という言葉にどのようなイメージをお持ちになるだろうか?「経験を元に感覚や勘で、寸分違わぬ高品質な 製品を造り出す技術を持った人」多くの人はこのようなイメージを するかと思うが、細部に違いはあれど“職人”という言葉に対して は非常に格好良い印象を持つはずである。
ブルワーによって考え方は異なるし、なにが正しいと決まってい る訳ではないのであくまで「植竹的には」という前置きは付くが、 ビール造りというものは非常に緻密に計算されたレシピを元に厳 密に数字を積み重ねて行われるものなのだ。クラフトビールにお いては、これに“感性”が加わる。ある人の言葉を借りれば「ク ラフトビール造りの半分はアート、もう半分はサイエンス」という 訳である。なお、ナショナルブランドのビールに関しては“アート” の部分が“マーケティング”に置き換わると個人的に思っているが、 このへんは今回の主題ではないので割愛、またいずれ。
豊かなイマジネーションをもってユニークで優れたビールを思い描くのがアートであり感性の部分、イメージした通りのビールを造るための厳密な仕込みや醗酵管理を行うテクニックがサイエンスの部分である。
先に「職人というのは寸分違わぬ高品質な製品を造り出す技術を持った人」と書いたが、さて、ではここで問いたい。職人が長年の経験を元に、秤を使わずに感覚だけで量った1kg のモノと、なんの経験もない植竹が秤を使って量った1kg のモノに違いはあるだろうか? 答えは当然のことながらNO である。どのような方法で量り取ろうと1kg は1kg でしかない。そんなことは当たり前だと思われるかもしれないが、これを醸造の工程に当てはめてみるとやや捉えられ方が変わる。
正確な温度を測る、糖化の時間を正確に計測する、更に細かい所まで踏み込めば、マッシュやウォートのpH を正確に調整する、適切な量のイーストをピッチングする、適切な量の酸素を醗酵前のウォートに溶けこませる、などなど。
残念ながら植竹はこれらのことを勘や感覚で行えるほどの能力も経験値も持っていないので、計器に頼って計測したり調整しているのである。確かにこれらを勘でブレ無くこなすことができれば、間違いなく職人と呼ばれるだろう。しかし計器に頼ろうが勘で済ませようが結果は同じだ。もっとも日本におけるクラフトブルワリーの設備はマニュアル操作のものが多く、多くの計器を導入したとしても、どうしても感覚に頼るところがあるのは仕方のないことなのだが、その感覚を如何にブレなく正確に持てるかというところがブルワーの力量ということになるだろう。もちろんCOEDO でも全てを計測、安定させられている訳ではなく、その状況を改善すべく日々精進を重ねている。この話を突き詰めていくと「じゃあ完全オートメーションで人がいなくても勝手に仕込みが行われる設備で造ってもクラフトビールなの?」などなど、結局のところクラフトビールとはなんなのか? という禅問答のような問いに戻ってしまうのである。この冊子が発行される頃にはキリンビールがクラフトビール市場に参入というニュースは皆様の耳に入っているだろうから、これをきっかけに日本でもクラフトビールという言葉だけではなくその意味までも議論されるようになることを願っている。
さて、先程から各工程を緻密に行うために計器に頼る重要性を書いているが、そもそもとしてなぜ緻密にビールを造る必要があるのだろうか。答えは単純で、安定した品質のビールを造り続けるためである。ブレがクラフトビールの魅力という話もまれに聞くが、それはあくまで玄人の意見であろうと個人的には考えている。クラフトビールという言葉すら知らず、何の先入観も持たずクラフトビールを手に取り、とても気に入ってくれた方がいても、次に飲んだら味が全く違う、ではガッカリされてしまうと思うし、そういった事態の積み重ねは日本の市場にクラフトビールを根づかせるための大きな障害になりかねない事柄だと思う。個人的にも好きなビール、美味しいビールは常に美味しくあってほしい。残念ながら現状、日本でクラフトビールを醸造して販売するとどうしても安くないものになってしまうのである。だからこそ、その価格以上の満足が得られるような存在でなければならないし、もちろん自分としてもそんなビールを造らなければならないと強く感じている。
今回長々と書いたのは品質を安定させる重要性とその手法だが、実は手法については広く開示されているし、本を読めばすぐに知ることができる、教科書で学べる範囲のことなのだ。またブルワリーによっては使用している原料やレシピすら公開しているところもある。これはクラフトビール業界ならではのことで、大手は醸造技術やレシピを公開するなどということは絶対にしない。というのもクラフトブルワリーにとって最重要なのはアート、イマジネーションの部分なのであって、それを形にできる醸造技術さえあれば必要以上に製法、手法などにこだわる必要も、それを隠す必要もないからである。どうかクラフトブルワリー、そしてブルワーにとって最重要のこだわりは「アート」の部分であってほしいと思う。
ビール造りにおいてアートの部分を擁するのはクラフトブルワリーの特権なのだから。
HIROMI UETAKE
植竹大海
COEDO BREWERY 醸造主任 ワールドビアカップ 2014 にて【伽羅 -kyara-】が銀メダルを受賞。 バラストポイントやコロナドなど海外ブルワリーとのコラボレーションも記憶に新しい。 日本クラフトビール界を牽引するブルワーの一人。
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