植竹的視点 -“ホップの香味について再検証”-
ホップは言うまでもなくビールの華、命。ほとんどと言い切ってしまってもいいほどビールにしか使用されないこの農作物は、いま世界中の人々を虜にしている。ホップが大好きで四六時中ホップの事を考えている人を指す語“Hop Heads”なんていう言葉が作り出されるほどだ。
2014 年、アメリカにおけるクラフトビールの製造量はビール市場のうち11% に達しているが、ビールの苦味の元となる“α酸” の需要はすでに残りの89%を占める大手を追い越しているらしい。単純に考えればクラフトブルワリー達は大手の10 倍近くものホップを使用している計算になりクラフトビールにおいて如何にホップが重要な原料であるかお分かりいただけるかと思う。クラフトビール好き= ホップ好きという式が成り立つと言っても過言ではないと思われるが、今回はそんなホップの役割について再検証してみたいと思う。
いまさら説明する必要もないと思われるが、一般的なホップの役割はビールに苦味と独特の芳香を付与する事である。クラフトビール的な言い方をすればビタリングとアロマのため、となる。先述したホップに含まれるα酸という成分がビールの苦味の元となるのであるが、α酸は疎水性、つまり水と交わらない性質なため、ただホップをビールに浸しても苦味をビールに付与することが出来ないのである。しかし好都合なことにα酸は熱を加えることで異性化し親水性のイソα酸へと変化するため、仕込みの煮沸工程で麦汁とともにホップを煮込むことで苦味をビールへと付与する事ができる。しかも異性化は熱が加わる時間が長ければ長いほど進むため、長時間煮沸をしてあげると効率よく苦味を得ることができるのである。
続いてアメリカンスタイルのIPA やペールエールでお馴染みの、あの華やかなアロマについでだが、これはホップの精油、オイル成分由来である。ホップのオイルはα酸と逆で熱が加わるとどんどん揮発してビールに残らなくなってしまう。より有効にホップの香りを付与するためには熱が加わる時間を極力短くすることが有効だ。これら2 つの成分の性質に気づいた偉大な先人達は、ビタリングのためのホップは煮沸工程の前半に、アロマリングの為のホップを煮沸の後半や、煮沸後のホップやタンパク質を麦汁から分離する工程、ワールプールでホップを添加することによって苦味と香りを効率よく得る方法を編み出したのである。しかしそれでは満足できないホップにヤラれてしまったHop Heads なブルワー達は、ホップバックやドライホッピングという手法でより有効にホップのアロマを引き出している。特に重要なのはドライホッピングで、IPA などホップのアロマが重要なビールをつくる際にはもはや必須だと言っても過言でないテクニックである。
ドライホッピングが他のホップを添加するテクニックと大きく異なることは、発酵中、または発酵を終えたビールにホップを添加するため、ホップに熱が全く加わらないのだ。つまり熱によるオイルのロスがなく、しかもα酸が全く異性化しないので純粋にホップのアロマだけを非常に有効にビールに付与することができるのである。という訳で世界中のホップ大好きブルワー達は今日もせっせとタンクにホップを放り込んでいるのだ。
と、ここまでが教科書通りのお話である。何も間違ってないし基礎としては申し分ないのだが、更に実際の醸造まで話を落としこむと幾分不足している概念がある。例えばホップのアロマが香り高いIPAを造ろうとする場合、最も有効に“苦味”と“アロマ”を付与する方法は煮沸の一番初めにホップを投入し苦味を付け、発酵が終わった後にドライホッピングでアロマを付ける2 段階でホップを投入する方法なのである。何しろドライホッピングは熱によるオイルのロスがなく、最も有効にアロマを付与できるテクニックなのだから。これにて一件落着。これが究極のIPAを造る方法です。めでたし、めでたし・・・とはならないのである! 世界中で造られる多くのIPA は、熱によるオイルのロスがあることを知っていながら、煮沸後半、あるいは煮沸後のワールプールなどでも必ずホップを投入しているのだ。
何故わざわざロスが出る方法でホップを投入しているのか? これは長らく植竹の疑問でもあったのだが、その答えは自宅でお茶を煎れている時にふと閃いた。
お茶の葉にお湯を注ぐと苦味と香りが抽出され、それを美味しいと感じて楽しんでいるのだが、当然のことながら感知されているのは苦味と香りだけではない。お茶の“味”そのものも感じて美味しいと感じているはずなのである。ホップもお茶も同じハーブである。何らかの方法で成分を抽出すればもちろんホップの“味”も引き出されているはず。この気付きは目から鱗であった。今、植竹はこのホップの“味”を便宜上“フレーバー”と表現している。そしてビールを作る上で非常に重要な概念と考えているのだ。というのも、植竹はこのホップのフレーバーをビールのボディの一部として取り入れているからなのだ。
ボディというのはビールを味わう上で非常に重要な要素ではあるが、なかなか感覚として捉えづらい概念であることもまた事実である。大雑把に伝わる言い方をしてしまえば“コク”や“飲みごたえ”といった表現になる。そして何故か多くのブルワーはこのボディをモルトの風味や残糖、カラメル感で補おうとするのである。ホップのフレーバーがビールのボディを構成する要素であると気づいてからは、そういったレシピ構成を一切やめている。そしてその分、多くのホップを煮沸中に放り込むようになった。
植竹が得意なセッションスタイルのビールにおいて、よくいただく“軽いがペラくない”という感想は徹底的にドライに仕上げ、足りないボディをホップのフレーバーで補っているからだと考えている。低アルコールであるセッションスタイルのビールは、どうしてもモルトや残糖から得られるボディが少なくなってしまうのだが、これを無理にカラメルモルトや残糖で補おうとするとバランスが崩れ、アルコール度数は低いのに全くセッショナブルではないセッションビールに仕上がってしまう。なかなか難しいものなのである。特に分かりやすいセッションビールで説明しているが、これはIPA やペールエール、さらに言えばどのようなビールでも同様である。
是非これからビールを飲む際は、ホップの苦味とアロマだけではなく第3 の概念“フレーバー”を意識して欲しい。苦味やアロマと同様、フレーバーもホップの品種によって異なり、またその使い方によっても引き出されるフレーバーは多種多様なのである。フレーバーまで味わい尽くすことによって、今までよりもっともっとホップを、そしてクラフトビールを好きになれるはずだ。
HIROMI UETAKE
植竹 大海
元COEDO BREWERY ヘッドブルワー
バラストポイント・コロラド・ハーフエイカーなど国内外の有力ブルワリーとのコラボレーションを積極的に行いグローバルな活動を展開するも2014 年いっぱいで退職を表明。
日本クラフトビール界を牽引するサムライブルワー。
次の計画に向けて現在は「うしとらブルワリー」にて醸造中。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.6 2015より掲載
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