植竹的視点 Season2 -もうすぐ工事着工です-
冬の北海道からこんにちは。ただいまおよそ1ヶ月に及ぶ長い長い出張の最中です。緊急事態宣言があけてから久しぶりに東京に出張があり、そのまま北海道にとんぼ返りし、現在は道内各地を移動しながら仕事を進めています。オンラインや郵便でかなりの仕事をこなせるようになりましたが、我々のような仕事はやはり現場に入ってやらなければいけないことも多く、少しばかり落ち着かない日々を過ごしています。そうそう、現在滞在している士別市は数日前に大雪が降りました。自宅がある鶴居村では未だ積雪はありませんが、士別市はすっかり雪景色です。富良野に住んでいたころは雪にうんざりすることも多かったですが、雪の少ない東北海道に引っ越してからは少しばかり真っ白な雪が羨ましく感じてしまいました。毎日の雪かきは大変だし、車の運転にも気を使いますが、やはり初雪の嬉しさは変わらずです。「あー冬が来るな」と覚悟のような諦めのような、でもほんの少し嬉しいような複雑な気持ちになります。
さて、いよいよ12月にはBrasserie Knotの工事がスタートします。今年の春にクラウドファンディングをスタートしてから随分と時間が経ってしまったように感じますが、ブルワリー建設のスケジュールとしては異例と言えるほどすごいスピードで計画を進めています。木材の高騰や半導体の不足などブルワリーを立ち上げる上で障害となる問題が次々と発生していますが、それでも一つずつクリアしながら、ブルワリーの稼働に向けて進んでいます。順調にゆけば、来年の夏には皆様にビールがお届けできるはずです。また進展を報告いたします。
エゾシカやキタキツネは見かけない日のほうが少ないくらい、頻繁に見かけます。そんな自然豊かな鶴居村からお届けいたします。
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ビールの1番の魅力って 味わいの幅がものすごく広いことだと思うんです
みなさま、様々な理由でクラフトビールをお飲みになっているか と思うのですが、クラフトビールを飲む理由ってなんでしょうか? 作り手の顔が見えることや、酒場で生まれるコミュニケーション、 単に味わいが好きだから、などなど色々な理由があってクラフト ビールを飲んでいることでしょう。個人的には理由というほど大仰 なことではないのですが、クラフトビールの1番の魅力は味わいの 幅がとにかく広く、シチュエーションや一緒に味わうお料理によっ て合わせるビールを選べることだと思っています。大手ビールメー カーさんが作るようなスッキリとしたラガーから、口が窄まるよう な酸っぱいビール、真っ黒でアルコール度数がものすごく高いビー ル、まるでウィスキーのようなビールなどなど、とにかく味わいの 幅が広く、それは自由に選べるという魅力に直結しているのではな いでしょうか。
もちろんビール以外のお酒にもある程度の味わいの幅があること は否定しません。ちょっと調べてみたら真っ黒な日本酒も限定では あるものの発売されたことがあるようで、びっくりしました。とは いえ、ビールほどの味わいや見た目の幅は持ち得ていないと思いま す。ではなぜビールはそれほどの味わいの多様性を持ち合わせてい るのでしょうか。
そもそも原料の加工方法が多彩なのです
ビールの4大原料は麦芽、ホップ、水、そして酵母です。ここ一 年間くらいこれら4大原料についてトランスポーターの記事で解説 してきましたので、もしバックナンバーがお手元にございましたら ぜひ読み返してみてください。 例えば麦芽について少しお話させていただくと、大麦(あるいは 小麦やオーツ麦も)を発芽させ乾燥させるという製造工程がありま す。このとき乾燥させる温度によって色の薄い麦芽から濃い麦芽ま で作り分けることができます。さらに一度出来上がった麦芽を再度 水に浸して高温で乾燥させることで糖質をカラメル化させたカラメ ル麦芽や、高温で焙煎した黒麦芽、麦芽を燻製したラオホ麦芽な ど、さらに多彩な加工によって様々な麦芽を生み出しています。
ビール醸造においては、これらの麦芽を1種類だけ使うのではなく 複数種類組み合わせることでビールの土台となる味わいを作りま す。加えてホップにも様々な種類、そして加工方法があります。収 穫されたままのホップをそのまま使用するフレッシュホップ、乾燥 させただけのホールホップ、乾燥させたホップを細かく粉砕しペ レット状に固めたペレットホップ、ビールに必要な成分だけを超臨 界帯抽出したホップエキストラクトなどなど。ホップの種類が多様、そして加工方法も多様で、すべての製品を数えるといったいい くつになるか想像もできません。
このように他のお酒と違い様々な原料の加工方法があるというの がビールの特徴であり、多様性を生み出す大きな要因の一つになっ ているのです。
最近は水の調整方法や発酵方法も多彩です
水の硬度やイオン類などの含有量によってビールの味わいに違い がでることは昔からよく知られていました。伝説のような話しでは ありますが、チェコ、ピルゼンの軟水によって非常に色の淡いピル スナーが生み出されたことは有名な話しです。他にもイギリスの バートンでは非常に硫黄成分の多く硬度の高い水によってペール エールが生み出された例など、水質がその土地ならではのビアスタイルを生み出した話は枚挙に暇がありません。一昔前まで水はその 土地のものをそのまま使うべき、というような考え方をすることも 多く、あまり水質調整についてポジティブに考えないブルワリーもありましたが、現在はもう自由にビアスタイルや目指す仕上がりに 合わせて水質を調整するというのが常識になりつつあります。水質調整をしやすくするために、一度ミネラルやイオン類を完全に除去 してから再度ミネラルを加えて使用しているブルワリーもあるほど です。
そして最近進化が目覚ましいのが発酵に関することです。新たな 発酵様式が使われるようになったことと、大昔から行われていたこ とに科学のメスが入り、理解された上でそれを再現するような試み が行われるようになりました。
例えば通常ビールの発酵に使われるのはSaccharomyces cerevisiaeという酵母なのですが、最近そもそも属が違うLachancea属の酵母がビール用として販売されるようになりまし た。この酵母の特徴はアルコールや炭酸ガスと同時に乳酸を作り出 すというユニークなものです。今まではサワービール(酸っぱい ビール)を作るためには酵母で発酵させたあと、乳酸菌あるいは Brettanomyces属の酵母で更に発酵させて酸を生成させるか、酵 母で発酵させる前に乳酸発酵を行うケトルサワーリングという方法 が主に行われてきました。Lachancea属のユニークなところはア ルコール発酵と同時に単一酵母のみで酸を生成するという点です。 つまり発酵が終わったときにはすでに酸っぱいビールが出来上がっ ているということになります。まだ私もこの酵母を使ったことがな いのですが、大変興味があり使う機会を楽しみにしているのです。
その他の例を挙げると、ベルギーで伝統的な方法で作られていた ランビックの発酵様式が解明され、そこにはSaccharomyces cerevisiaeだけではなく、複数種のBrettanomyces属の酵母や乳 酸菌などが複雑に共存しランビックの味わいを作り出していること が理解されてきました。そしてそれらを人為的に再現できるように なってきているのです。このように発酵に関わる菌類や発酵様式の 違いもまたビールの多様性に大きな影響を与える要因の一部です。
さらには副原料も
ビールの4大原料だけでもこれだけの選択肢がありますが、ビー ルは副原料を比較的寛容に受け入れるという特徴もあります。例え ばハーブ、スパイス、フルーツなどなど。基本的にはブルワーの感 性によって自由に副原料を使用することができます。最近では副原 料を大胆に取り入れたスムージーサワーやパティスリースタウトな どが大人気で、どんどんエクストリームに副原料を使用するように なってきていると感じます。酒税法という日本におけるお酒の法律 の規定を気にしなければどんな副原料も使うことができます。つま り生み出される味わいは無限大です。 そして最後に人がまとめ上げる このようにビールの多様性は原料に由来することは間違いないの ですが、重要なのはそれらを選択し仕込むブルワーのイマジネー ションなのです。ものすごい勢いで新たなスタイルが生み出され続 けているクラフトビールシーンですが、きっとこの勢いは人間のイ マジネーションが枯れない限りずっと続くことでしょう。次はどん なスタイルが生み出されるのか楽しみで仕方ありません。そしてそ んな自由なビールを選べることこそが、私がクラフトビールを大好 きな1番の理由です。
それではまた次号のトランスポーターでお会いしましょう。
植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.33(2022) より掲載
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