植竹的視点 season2 -トロントからの現地リポート-
こんにちは。放浪ブルワー植竹です。すでにご存知の方も多いと 思いますが、8 月よりカナダのトロントへ移住し、いま現在は Godspeed Brewery という所でビールを作っています。
「なぜ突然カナダへ!?」とびっくりする方もいらっしゃるかも しれませんが、いやいやこれは突然の移籍というわけではないのです。実に計画をスタートしてから6 年、ビザが下りるまでに非常 に長い時間がかかってしまい、突然どころか渡航が随分と遅くなっ てしまったのです。本来であれば20 代のうちにカナダへ来たかっ たのですが、今現在は33歳。4年も計画から遅れてしまったものの、とにかく今は無事にビザを取得し、トロントでビールを作っていま す。そんなわけで、今回はいつもと少し趣向を変えて(そして文体 も変えて!)トロントのビール事情などをお伝えしようと思います。
カナダは広い国です。そして連邦制を採用している国ですので、 州ごとに法律が異なります。残念ながらすべての州の法律に精通し ているわけではありませんので、今回はトロントのあるオンタリオ 州でのビール事情についてお話しましょう。 オンタリオ州はカナダで最も人口の多い州で、カナダの人口のおよそ3分の1に当たる1,300 万人が住んでおり、面積は日本の約3倍。北は北極海、南は五大湖に接しています。面積が広大なため、都市から少し車を走らせれば豊かな自然がたくさん残っています。 このあたりはカナダのイメージそのままでしょうか。
トロントはオンタリオ州の中で最も人口が多い都市。つまりカナ ダで最も人口が多い街です。それでも人口は250 万人ほど。札幌 より少し多いくらいです。日本の都市と比べると少し変な感じがし ますね。トロントは移民が非常に多いことも特徴です。様々な人種、 そして文化が入り混じっており、世界中の他のどの都市とも違う独 特の雰囲気があり、街中にはチャイナタウンやリトルイタリー、グ リークタウン、そしてリトルトーキョーと呼ばれる地域もあります。 気候は寒冷で、今現在8 月の夏真っ只中ですが、最高気温が30 度を超えることはほとんどありません。冬は寒いようですが、最低 気温がマイナス20℃まで下がることは稀なようですので、以前住 んでいた富良野よりは少し温かいのかもしれませんね。
治安は非常に良く、みなフレンドリーです。大都会ですがリスが そこら中にいます。東京でいうところのハトよりも良く見かけるか もしれません。またアライグマもそこら中にいます。アライグマは 英語ではラクーンと呼ばれていますが、トロントはラクーンの首都 と呼ばれるほど沢山のラクーンが生息しており、彼らは生ゴミをあ さって散らかしてしまうため厄介者扱いをされています。この生ゴ ミをめぐるトロント市とラクーンとのゴミ箱戦争はとてもおもしろ いので、興味がある方は調べてみてください。とても厄介だけど可 愛くてどこか憎めない、というトロント市民とラクーンの距離感が よく分かると思います。
そんなトロント、そしてオンタリオ州のお酒事情なのですが、まず大きく日本と異なるのがお酒に対する “厳しさ” です。圧倒的に 日本よりも厳しいです。オンタリオ州では公共の場での飲酒は認め られていません。路上はもちろん、公園でもお酒を飲むことはでき ませんので、つまり飲める場所は家か、飲食店だけです。またお酒 を販売できる場所もかなり限られています。最近は少し規制が緩和 されてスーパーマーケットでもごく少量お酒の取り扱いが始まりま したが、一部の例外を除き基本的にはLiquor Control Board of Ontario、略してLCBO と呼ばれるオンタリオ州が管理する酒屋で しかお酒を購入することはできません。LCBO はもちろん24 時間 営業などではなく、普通にというより個人の商店より早い時間に閉 まってしまいますので、夜中にお酒を買いに行くことなどできませ ん。このように買うのも飲むのもなかなか厳しい縛りがあるのです。 24 時間どこでもお酒が買えて、どこでも飲むことができる日本は 実は酒飲みにとっては天国のような場所なのかもしれませんね。
買うのも大変、飲む場所も限られるトロントのビールシーンは面 白くないと思うなかれ、先程 “一部の例外を除いてLCBO でしか お酒を買えない” と書きましたが、その一部の例外がブルワリーや サイタリー、蒸留所などお酒を作っているその場所での販売、いわ ゆるリテールストアで、これがオンタリオ州のお酒を面白くしてい る一つの要因なのです。
LCBO はオンタリオ州が管理している酒屋であり、もちろんオ ンタリオ州内にものすごい数の店舗があります。そのすべての店舗 とは言わないまでも、ある程度の店舗へ商品を供給できるのは大きな規模で酒類を製造している会社だけなのです。つまり小さな規模 で醸造をしているブルワリーのビールを飲むとなると、その方法は ブルワリーのリテールストアで買うか、あるいはその場で飲むか、 はたまたビアパブで飲むかしか選択肢がないというちょっと変わっ た状況が発生しています。そして瓶や缶製品を作っておらず、その 場でしか飲めないブルーパブも沢山あります。クラフトビールが大 好きな人たちは、ブルワリーを訪れ、そこのビールを飲むというシ ンプルな楽しみ方をしているようです。地理的にアメリカに近いせ いもあると思いますが、やはりクラフトビールの波はカナダにも来 ており、トロントではものすごい勢いで新しいブルワリーが立ち上がっています。
ブルワリーのカラーも様々です。最先端のエクストリームビール をつくるブルワリー、伝統的なイングリッシュスタイルにこだわる ブルワリー、ピルスナーだけを作っているブルワリー、バランス良 く様々なスタイルを作るブルワリー、そしてGodspeed のように ドイツやチェコの伝統的なスタイルを得意とするブルワリーなどな ど。様々な文化が入り乱れていることと関連があるのかは分かりま せんが、ビールも生活スタイルも「人は人、自分は自分。人と自分 は好みも考え方も違って当たり前。」という考え方が基本になって いるようです。
調べてみたのですが、トロント市内にいくつのブルワリーがある のかは正確には分かりませんでした。ただ、私の自宅から徒歩圏内 に少なくとも7 軒のブルワリーがあります。トロント市の面積を 考えると、おそらく100 軒近く、あるいはそれ以上のブルワリー があるのではないかと思います。毎週1軒のブルワリーを訪れたとしても、それ以上のペースで新しいブルワリーでできているので、何年住んでもすべてのブルワリーを回ることは不可能でしょうね。 そしてブルワリーだけではなく、サイダリーやワイナリーはもちろ ん、実は日本酒蔵もあったりします。トロントはブルワリーをはじめ、お酒を作っている場所を訪れるだけでも結構楽しい観光ができる街ですよ。ぜひトロントに遊びに来てください。 それでは今号はこのあたりで。
植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.24 より掲載
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