植竹的視点 season2 -改めて感じるブランディングの重要性-
トロントからの現地リポート
トロントはすでに雪がつもり、すっかり冬の様相です。夏が 過ぎ、少し涼しくなったと思ったらあっという間に冬になって しまいました。トロントも富良野と同様に美しく過ごしやすい 秋は本当に一瞬で過ぎ去ってしまうようです。初雪はつまり長 く厳しい季節の到来を告げるものですが、どういうわけか嬉しく感じるものです。雪の降る朝のシンと静まった街と、凛とし た空気がたまらなく嬉しいのです。どうやら北海道に住んで以 来、北国が好きになってしまったようです。それにしても小さ なリスたちは雪が降っても木々の間を元気に動き回っていま す。いったいどうやって小さな体で厳しい冬の寒さに耐えてい るのか、不思議に思うと同時に野生動物の力強さを感じます。 そんな11月のトロントからのレポートを今号もお届けします。
みなさんはカナダのビールをどれくらいご存知でしょうか。 いくつかのブルワリーのビールは日本にも輸出されています が、恐らくほとんどの方がカナダのブルワリーの多くを知らな いのではないでしょうか。実はカナダにはアメリカに負けると も劣らないくらいたくさんのブルワリーがあることは前号でお 伝えした通りですが、いずれのブルワリーもその生産したビー ルの殆どを地元で販売しているため、なかなか外国へ情報が伝 わっていないのが現状です。中には世界の超一流ブルワリーに 引けを取らない、ハイクオリティなビールを醸造しているブル ワリーもあるのですが、それが地元でしか飲めないというのが カナダのビールシーンを面白いものにしている一因であるとい まは考えています。私もトロントへ渡るまではごく限られたブ ルワリーの情報しか持っておらず、実際とイメージとのギャッ プに驚いたものです。
私は今地元のブルワリーの情報を集めるために積極的に様々 なブルワリーのビールを飲んでいます。トロントではチップの 文化があることも含め、外食するととても高い金額がかかって しまいますので、もっぱら酒屋さんやブルワリーのリテールス トアで購入したビールを自宅で飲んでいるのですが、なんの前 情報もなくただそこに並んでいるものから適当にビールを選ぶ ことに楽しみを感じています。
あるときふと気づいたのですが、どうやら私はビールを選ぶ 際に意識せずにパッケージや名前で選んでいたようなのです。 日本にいたときはもちろん日本国内のブルワリーのほとんどを 知っていましたし、どのビールがそのブルワリーのフラッグ シップなのか、どんなビールが得意なのか、あるいは誰が作っ ているのかなど、ある意味では膨大な情報をもとにビールを選 んでいました。輸入されたビールを選ぶときも然りです。イン ポーターさんからビールの詳細な説明があることが大概です し、ビアバーで飲めばお店のスタッフさんから説明を聞くこと もできました。それはそれで素晴らしいことだったと思います。 多くの場合しっかりと美味しいものを選ぶことができたわけで すから。しかしカナダに渡ってなんの情報も持たないままに ビールを選ぶと、やはり決め手になるのはパッケージやビール の名前なのです。ある意味でいま私が置かれている状況は、日 本においてまだクラフトビールに馴染みのない方がビールを選 ぶ状況と似ているのかもしれません。いや、もちろん私は各種 のビアスタイルを知っていますし、パッケージに使用されてい るホップやモルトの記載があればそのビールの味わいを想像す ることができます。まだクラフトビールに触れたことのない方 は、より少ない情報のなかで手に取るビールを決めているので はないでしょうか。例えば自分の出身地のビールだから、だと かただなんとなくとか、決め手になる要素はいくつか挙げられ るかと思いますが、パッケージやビール名が選ぶ際に重要だと いうことは誰も否定できないでしょう。
カナダの缶ビールや瓶ビールは日本のものと比べて、アーティスティックであることが多いように思われます。決して日 本のデザインが悪いと言っているわけではないのですが、カナ ダのもののほうが自由度が高いように感じられるのです。ポッ プでカラフルなもの、シンプルながらに洗練されたもの、一見 意味不明なもの、様々です。具体的に言えばカナダパッケージ の多くは、ビールのテイストを文字で説明していません。テイ ストの説明はデザインそのものでしているのです。あるいはテ イストやビアスタイルとは全く関係のないアートとしか言えな いようなラベルも無数に存在します。これはカナダに限らず近 年のアメリカンクラフトビールシーンでも見られる傾向ではな いでしょうか。
恐らく彼らが重要視しているのはパッと見て “美味しそ う!” “飲んでみたい!” と思ってもらえるようなパッケージ をデザインすること、ひいてはブランディングをすることで しょう。どんなに美味しいビールを作っていたとしても、手に とって飲んでもらわない限りはビールには価値がうまれません し、もちろん商売として醸造を継続していくためにはしっかり と販売をしていかなければなりません。小さな字でビールの情 報を記載して情報をもとに選択してもらうより、目に付きやす いデザインでまず手にとってもらうという戦略は大胆だと感じられもしますが、とても有効な方法なのかもしれません。実際に私はその戦略に見事にはまっているわけですし。
トロントのブルワリーの多くは、パッケージデザインを地元のアーティストに依頼していることが多いようです。トロントでは絵画を売るアートショップが街中の至るところにありますし、ショップの外壁に絵を描いている光景もよく見ますので、アーティストが日本より多くいるのでしょう。アーティストが自身の創作物で生計を立てるということが日本より容易な文化があるのかもしれません。地元で作られたビールのパッケージをローカルのアーティストがデザインし、そしてそのビールは地元で消費される。なんと素晴らしいサイクルなのでしょうか。ちなみにGodspeed Brewery のパッケージデザインはトロント在中の日本人デザイナーさんに依頼しています。もし日本でGodspeed のビールを見かけることがあれば、パッケージもよくご覧いただければ嬉しいです。
思い返してみれば “文字より図で” というのは学生時代にプレゼンテーションの授業で最初に教わったことでしたが、今更になってその意味がしっかりと理解できるようになりました。美味しいビールを作るということはクラフトビールの魅力を広めるための大前提として、まだその魅力を知らない消費者へ知ってもらうためのブランディングはもっと進化しなければならないとカナダに来てから切に思うのです。ブランディングなどという言葉を使ってしまうと大仰なことのように感じられてしまいますが、単純にビールのパッケージでビールを選ぶという楽しみ方を提案するというアイデアです。なによりビールの味わい以外に “表現をできる” 部分が缶やボトルの表面に存在するということは面白いことであり、幸せなことです。願わくはパッケージで選ばれたビールが、その味わいでも購入した方を幸せにしてほしいです。それこそブルワー冥利に尽きるというものです。CDで言うところのジャケ買いですね。私は昔からよくCDをジャケ買いしていました。不思議と気に入ったジャケットのCDはその内容にも満足したものです。そしてビールをジャケ買いしている今も、当たりを引くことが多いようです。味わいとデザイン、きっと深いところでは繋がっているのでしょう。その繋がりが切れない限り、素晴らしいスパイラルは続いていくのです。きっと。
それではまた次号でお会いしましょう。
植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.25(2020) より掲載
その他の記事
-
植竹的視点 – “コラボレーションの定義” –
-
植竹的視点 -“ホップの香味について再検証”-
-
植竹的視点 -“ポスト・ホップ”を探せ-
-
植竹的視点 – “クラフトビールの定義” –
-
植竹的視点 Season2 -麦酒と書いてビールと読む。ビールは麦のお酒。-
-
植竹的視点 Season2 -ホップ製品進化論-
-
植竹的視点 Season2 -ブルワーってどんな仕事?-
-
植竹的視点 Season2 -もうすぐ工事着工です-
-
植竹的視点 -“クラフト” はどこまでサイエンスに歩み寄れるか-
-
植竹的視点 -クラフトビールの価格について再検証-
-
植竹的視点 -「一年が経過してみて」-
-
植竹的視点 -「表現型としてのビール作り それに至る思想」-
-
植竹的視点 -「足るを知れば今日より明日は ちょっとイイ日になる」-
-
植竹的視点 -「試される大地からの挑戦」-
-
植竹的視点 -「綺麗なビールとはなんぞや? 再考クリアネス」-
-
植竹的視点 -「地ビールはクラフトビールへと進化し、 そして再び地ビールに回帰する、かも?」-
-
植竹的視点 – 「切っても切れない水とビールの関係性」-
-
植竹的視点 season2 -トロントからの現地リポート-
-
植竹的視点 Season2 -もしかすると “ビールを作るのは難しい” という時代は終わったのかもしれない-
-
植竹的視点 Season2 -日本に帰ってきました-
-
植竹的視点 Season2 -醸造設備についてのアレコレ-
-
植竹的視点 Season2 -絶対に忘れちゃいけないのは、ビールは酵母が作るということ-
-
AMERICAN BEER COLUMN #1 スーパーマーケット編
-
AMERICAN BEER COLUMN #6 -「どうなる?アメリカクラフトビール2017」-
-
AMERICAN BEER COLUMN #7 -「アメリカ西海岸ビールのススメ」-
-
AMERICAN BEER COLUMN #8 -ビールの入れ物の話-
-
AMERICAN BEER COLUMN #9 -アメリカビール片手にアメリカ式BBQのすすめ-
-
AMERICAN BEER COLUMN #10 -時代は缶ビール!<缶ビールの裏話編>-
-
AMERICAN BEER COLUMN #11 -クラフトなレストラン-
-
AMERICAN BEER COLUMN #12 -アメリカンフードトラック-
-
AMERICAN BEER COLUMN #13 -アメリカ式BBQ伝授編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #14 -『Meet the Brewer』には参加してみよう!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #15 -アメリカのブリュワリーを日本から応援しよう!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #16 -アメリカで流行中!りんごのお酒「サイダー」に注目!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #17
-
AMERICAN BEER COLUMN #18 -年明けからHazy に埋もれよう!-
-
AMERICAN BEER COLUMN #19 -「アメリカ最先端を楽しむ」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #20 -「アメリカのブリュワリーの今」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #2 -クラフトの競争編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #3 「アメリ『缶』クラフトビール」
-
AMERICAN BEER COLUMN #4 「アメリカ式クラフトビールイベント事情」
-
AMERICAN BEER COLUMN #5「休日スタイル」
-
藤田こういちのベルギービール新書1 -ベルギービール、トラディショナルとクラフトの波-
-
藤田こういちのベルギービール新書 2 -ALL AROUND SAISON セゾンビールのホント?のところ-
-
藤田こういちのベルギービール新書 3 -「BXL Beer festレビュー」新たな一歩-
-
藤田こういちのベルギービール新書 4 -地味なビールの話 Forward to the Basic-
-
藤田こういちのベルギービール新書 5 -(ベルギービールの)真骨頂ランビックとその未来-
-
藤田こういちのベルギービール新書 6 -今だから、トラピストビール-
-
藤田こういちのベルギービール新書 7 -ベルギー出張 珍道中? 【前編】-
-
藤田こういちのベルギービール新書 8 -ベルギー出張 珍道中? 【後編】-
-
AMERICAN BEER COLUMN #21 -「アメリカの今・どうなるコロナ禍での生活」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #22 -「アメリカビール好きはすごくポジティブ!」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #23 -「ビール界の女子パワー」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #24 -「気分はアメリカ★ 夏とハードセルツァーが楽しみすぎる」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #25 -「チーズ作りの隠し味がビール?!」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #26 -「日本のスーパーがアメリカの品揃え?! キーワードは「種類」だ!」編-
-
藤田こういちのベルギービール新書 11 -ローカルの行方-
-
藤田こういちのベルギービール新書 9 -ベルギービールの賞味期限〜ボトルの美味しさ〜-
-
藤田こういちのベルギービール新書 10 -ビール と 人-
-
藤田こういちのベルギービール新書 12 -意識して飲むということ-
-
藤田こういちのベルギービール新書 13 -ビールは死なない-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第一回「作り手と売り手」-
-
Ryo’s EYE -From issue 15-
-
Ryo’s EYE -From issue 16-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第三回「IS THAT REAL JUDGEMENT?」-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第四回「Monster Beer Geeks」-
-
SUB CULTURE -思い立ったら旅にでよう-(From Issue14)
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅にでよう -From issue 15-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅にでよう -From issue 16-
-
Ryo’s EYE -From issue 17-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(海外編) -From issue 17-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(国内編)-From issue 17-
-
Ryo’s EYE -From issue 18-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 18-
-
Ryo’s EYE -From issue 19-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 19-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(海外編) -From issue 20-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 21-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 22-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 23-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 22-
-
ミッドナイトシャッフル -From issue 22-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 23-
-
昼からBeer Talk!! #2 Edited by Europe -From issue 04-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 24-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 24-
-
昼からBEER TALK!! #3 Edited by Beer Pub -From issue 05-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』-From issue 25-
-
B 〜美味しいビールが引き寄せる ローカルコミュニティとしての 大人の社交場〜 -From issue 28-
-
昼からBEER TALK!! -From issue 06-
-
“GO TO BRUSSEL” -ブリュッセルに行こう!-
-
New England Area Beer Trip -From issue 14-
-
BREWDOG HISTORY 10th Anniversary -クラフトビール界の革命児と言われたジェームズワットの10年の軌跡-
-
GO TO BELGIUM! -伝統と革新の国ベルギー!-
-
一人旅をしよう ソウル編
-
「そうだ!タンパに行こう」 -From issue 26-
-
北出食堂 -From issue 27-
-
「そうだ!ウエストコーストに行こう!」-From issue 27-
-
「そうだ!イギリスに行こう!」-From issue 28-
-
ヨーロッパ最前線
-
CBC & WBC -CRAFT BEER CONFERENCE & WORLD BEER CUP-
-
Beer Festival & BIJ Summary -From issue 13-
-
心赴くままにロンドンへ・・・前編
-
PORTLAND OREGON USA
-
PORTLAND OREGON USA -SOUR SOUR SOUR-
-
European NOW!! -“ヨーロッパの今”-
-
1 BEER × 1 FOOD
-
PORTLAND OREGON USA -DO YOU KNOW GROWLER?-
-
COEDO Craft Beer 1000 Labo
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第二回「樽返却から見る常識・非常識」-
-
ベルギーに「インスパイア」されたビールとは?