AMERICAN BEER COLUMN #10 -時代は缶ビール!<缶ビールの裏話編>-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.17(2018)
クラフトビール業界で最初に缶商品を導入したのは、今年公式初輸入のOskar Blues Brewery オスカーブルース(コロラド州)。クラフトビール天国サンディエ ゴの雄Stone Brewing の創業者の一人グレッグ・カッチは、自身がブリュワリー として缶商品の新発売を発表した壇上でこう表現した。「発売当時、オスカーブルー スは絶対に缶ではなくてボトルにすべきだ!と僕はずっと言っていた。でも今、その 僕が間違っていたことに気がついた」。今やクラフトビール業界における「缶」の存 在感は、従来の「缶ビールは安い」「クラフトビールといえばボトルビール」という 固定概念を覆し、「クラフトビール=缶」「缶ビールって楽しい!」といってもおかし くないくらいにまで思わせるほどの大きな要素になっている。
毎年「今年こそ日本に行く!」といいつつ輸入開始以来10 年 の年月を経て、11 月に初来日を果たしたMaui Brewing マウイ ブリューイング(ハワイ・マウイ島)創業者ギャレット・マレロ 氏はこう言う。「輸出開始以来ずっと日本に来たいと願っていた。 それはハワイから長距離をずっとビールが旅をして、品質は大丈 夫なのだろうか、と。10 年間ずっと心配していた。けれど、日 本は想像以上にすばらしかった!今回訪問した取扱先で缶を飲ん でみたけれど、どれもがハワイと同じ味!それに日本は消費者に 至るまで冷蔵管理の大切さを知っていること。これはきっと扱っ てくれている店舗や業者の皆さんが自分たちの作るビールを本当 に大切に扱ってくれている証拠だね」
輸入業を始めたば かりの弊社がMaui Brewing と取引開始 したのが2007 年。 ブリュワリーにとっ て取引は「ハワイ以 外にアメリカ本土に すらまだ出荷した経 験もない時代だっ たので、紛れもなく日本への輸出は「初渡航」。そのため、船積 みに適したビールケースの積み上げ方法すらあまり経験がなかっ た。結果、初出荷は誌面1ページでは収まりきらないほどの衝撃 が走ってしまった。かわいいフラガールが描かれたビキニブロン ドラガーの缶は、輸送中に缶と缶が擦れ合ってできるシルバーの 線が看板のフラガールの顔の真ん中に亀裂のように入り、大海 原に立ち向かうビッグスウェルIPA の缶は「本当の意味での荒波」 に揉まれてしまったせいか(!)波の絵が凹んだり缶が変形して いたり、積み上げられた段の下の方に至っては、傾いた重さに耐 えきれずにビールが吹き出していたり。それはもう筆舌に尽くし がたい散々たる惨劇に目を覆うばかり。その当時お取引いただい ていた店舗様には「ビールの中身はとても美味しいけれど、外装 が人様の目の前に出してもとりあえず大丈夫そうな缶」のみをお 届けしたものの、今の弊社の基準であれば完全に撥ねるレベル の商品。当時の皆様には本当に心から大感謝です!!!
ただ、それからも本当に苦労の連続。輸入初心者だった弊社 は、積荷や梱包方法について各方面に聞きに行って必死で勉強 し、ブリュワリーにフィードバック、改良を重ねるものの、日本 だけでなくアメリカですらマーケットの主流は缶ではなくボトル の時代。そんなこともあって、当時、弊社から「缶の利点は理解 するけれど、手数もかかるし大変。お願いだからボトルも作って もらえると・・・」と打診したときの彼からの答えはただ一つ。 「僕たちのメインは缶でしかない!これから缶の時代になる!」 缶入りビールが増えてきた今は、その利点についてご存知の方 も多いかもしれないけれど、念のために列記しよう。
■光や空気の遮断(ボトルのような透明、空気の箇所がないため光や空気接触による劣化が低い)
■ボトルよりも断然軽い(輸送コストに直結)
■省スペース(ボトル1 本分のスペースに缶は2 本)
■リサイクル率が高い(エコ!) などなど
品質管理の点では大きな利点なのはもちろんのこと、さらに 多くの利点がある缶。そんな前置きが長くなってしまったけれ ど、ぜひお酒の席にオススメのネタもご紹介しよう。マウイブ リューイングの商品を店頭で見かけたらぜひ試していただきたい のは・・・缶自体が縦に重ねられるのである!!
「え?そんなこと?」と驚かれるかもしれない。日本ではデフォ ルトに近いが、実はアメリカではスタッキング(縦に重ねること) ができる缶は、意外に少ない。日本で店頭に並べられているアメ リカのクラフトビール缶は上に置いているだけで口径(輪の部分) が上下同じサイズになっている場合が多いため、きっちりとはま らず少し傾かざるを得ない場合も多い。その理由に、アメリカで は一般的には1 本単位での販売 はなく、スーパーでも4 本パック、 6 本パックで店頭に並ぶ。そのた め、普通は缶上部にまとめられて いるリングがつけられており、そ のリングによってパックごと重ね ることが可能になるため、日本の ように1 本ずつ重ねる必要がないのだ。
意外に知られていないが、ブリュワリーにとって実は缶はボトルよりもコストがかかる。そのコストを少しでも節約しようとし て多くのアメリカ本土のメーカーはある大手メーカーを使うこと が多いが、マウイブリューイングは地元敬愛主義!ハワイのメー カーに自社で依頼し、上部口径が通常の缶メーカーよりも一回り 大きな缶を作成。そのためスタッキングのできる缶が実現した。 ぜひ店頭ですばらしくきれいに縦置きされた缶をチェック!ちな みに、そういった点では日本のメーカーの場合、ほとんどすべて で縦並びができる。さすがの日本人の国民性!
スタッキング論の他にも、昨今の缶デザインの流行にも着目し てもらいたい。缶は360 度印刷。ボトルの場合はボトルへのエッ チング(シルクスクリーンプリント)以外は主にラベルシールの ような形なので、宣伝や商品の表現に制限がある。だからこそ、 言いたいことを言い、自由な発想と思いの丈を存分に表現できる 缶は、常識と従来の慣例を打破するのに十分な要素を兼ね備え ている。「缶のデザインを変えること=ブランドイメージの刷新」 にもつながっているのだ。
最近の缶商品でお気付きの消費者の方も多いかもしれないが、 この1、2 年ほどで缶商品のパッケージがシンプルな色、シンプ ルなデザインに変えているブリュワリーが増えてきている。今 回ご紹介のマウイブリューイングもそのひとつ。今までのパッ ケージはフラガールが前面に出ている黄色の「ビキニブロンド・ ラガー」やハワイの波が大きく描かれている「ビッグスウェル・ IPA」はガラッと変わり、大きく「MAUI BREWING」と前面に 出されてタトゥー柄で商品イメージが描かれている。先月来日の 際にはお客様からこのパッケージ変更についていくつもの質問が 飛んでいたのでぜひご紹介しよう。
缶で発売した当初、酒販店の棚に並ぶブリュワリーの数は今より少なかったので、ブランドを主張させ、ブランドの認知力を上 げることを最大の課題にしていた。だから商品名、商品イメージ が前面に来る必要があった。ところがその10 年後の現在では、 アメリカ全土でのブリュワリーの数は6000 を超え、シェルフに は入りきらないほどの多くのビールがひしめき、棚の奪い合い。 それはハワイでも例外ではなく、マウイブリューイングとしての 結論はブリュワリー名称の露出でブリュワリーの認知度アップにプライオリティーをあげるというものだった。これは他のブリュ ワリーでも見られるマーケティングでもあり、ブリュワリー名称 を主軸に出しながら色違いのデザインなどで商品を表現してい る、という点でも缶はデザインまで奥深い。
冒頭にご紹介したコロラド州のオスカーブルースに行くと、缶 ビールにまつわるものがたくさん置かれている。例えばオスカー ブルースでは別部署として、コーヒービジネスを始めている。「缶」 にこだわるオスカーブルースは、最近アメリカで流行している コールドブリューコーヒーを缶に入れるだけではなく、同じパイ ント缶にオリジナルローストをしたコーヒー豆を入れて販売(日 本未輸入)。缶にこだわり始めると、なんでも缶、なのだそう。
缶ビール。これからまだまだたくさんの側面で楽しませてもら えそうなワクワクするツールなのだ。だからこそクラフトビール にマッチしているのかも。 アメリカでの飲酒は21 歳から。ご旅行の方はID をお忘れなく!
アメリカに見習って缶の普及活動。店頭で重ねられるのは 省スペースにもつながる
大平朱美akemiohira
( 株) ナガノトレーディング代表取締役
アメリカビール冷蔵管理輸入のパイオニア。
アメリカ食文化情報発信基地として横浜関内に直営店Antenna America を運営。
カリフォルニア在住。
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