AMERICAN BEER COLUMN #15 -アメリカのブリュワリーを日本から応援しよう!編-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.22(2019)
いつも柔らかめの話題をこちらのコラムに、今日は少し硬い話題を少し。
今、アメリカ人の日々の生活に悪影響が出てニュースでも話題になっているのがGovernment Shutdown(政府閉鎖)。この長期化している政府機能停止状態がクラフトビール業界にも大きな暗雲をもたらしている。ホワイトハウスのあるワシントンDCから遠く離れたカリフォルニア・サンディエゴから1 月に来日したBelching Beaver Brewing の創業者トム・フォーゲルは、日本で盛り上がるイベントの合間でも頭を抱えていたことを明かしてくれていた。そしてそれは私たち日本の消費者にも影響の出る可能性が高く、人ごとではないから。
アメリカではトランプ政権と議会との対立により昨年末より 「政府閉鎖(機能一部停止)」の状態が続いている。予想以上 に長期化の様相をみせているが、その様子は、いかにも「トラ ンプが無茶なことを」とマスコミの格好の餌食になっているよ うにも見える。ただ、「政府閉鎖」自体は、特段異常なことで はなく、クリントンやオバマ政権時代でも発せられたこともあ る。政府と議会で予算面での合意がなされず紛糾したことによ り、政府が閉鎖または一部の機能停止、というのが通常のパ ターン。今回も「予算で合意が得られず」という点では同じだが、 トランプ政権ではより具体的に「壁を建設する予算案」に対し て議会が合意せず、予算が通らないから政府閉鎖、機能停止 に至った。「政府機能停止」とはいえ、当初は国立公園とか博 物館、美術館、といった「日常生活に支障のない施設」の閉鎖だっ たものが、長期化するにつれて政府職員や公務員の欠勤にも 及び、今回の「壁」にも関連するような国土安全保障職員や 航空管制官、警察官や消防士に至るまで約40 万人以上が「国 のために」無給で働かざるを得ない深刻な状況になっている。
今回の政府機能停止で停止されているひとつにTTB (Alcohol and Tobacco Tax and Trade Bureau) がある。ア ルコールとタバコの税金や取引を管轄する役所だ。酒類メー カーは、新商品のラベルをTTB に申請し、TTB に承認され ない限り、発売することができない。現在の「閉鎖」により TTB は(係員すら不在で)機能していない。ビールは出来上 がって出荷を待つ段階であったとしても、役所が閉鎖されてい るため、承認どころか申請すら処理されていない状態で、書類 のみが積み上がっている。処理されなくて発売できないとなる と、メーカーに残された道は一つ。せっかく造った渾身の商品 をそのまま廃棄せざるを得ない。
Brewers Association のPresident 兼CEO ボブ・ピース からも、協会としてTTB の機能停止によるクラフトビール産 業への影響をマスコミにも訴え、議員にも抗議を継続して行 なっている旨が表明された。ブリュワ リーの数が急増し、登録数のみで全米 で6300 社を超える今、その影響は計 り知れない。前述のBelching Beaver Brewing のトムは「この閉鎖が続けは 続くほどクラフトビールの盛り上がり が困難になる。この政府閉鎖がこのま ま続けば、自分たちもラベル承認が必 要な次の限定ビールの発売ができなくて廃棄することになってしまう。いつも商品を発売する時にはワクワクどきどきする。それはラベル承認のためじゃない。そんな瞬間を味わうこともなく、「ビールファンをワッと驚かせたい!」と、ブリュワーたちの知力と努力の成果となった商品を誰にも楽しんでもらえなかったら、こんな悲しいことはない。」
アメリカでのクラフトビール業界は、急成長に伴う急激な投資によりバランスを崩してしまうブリュワリーも増えてきている。結果、財政面での安定のためにグループの傘下に入るか大企業に買収されることも多い。有名なブリュワリーでも一般的な企業規模としては、「小規模」が大多数であるという証拠だ。Brewers Association も危惧する通り、今回の政府閉鎖がもたらすものの一つとして、全米のクラフトブリュワリーの経済を悪化させる要素が大きい。ブリュワリーの中には、機器類や原材料といった初期投資を大きくかけているにも関わらず、自分達には不可抗力の政府閉鎖の為にその歩みを止めるだけでなく、断念せざるをえない決断を強いられている場合も少なくない。
ビールは嗜好品だ。ビールは、ライフラインを左右するものでもなければ、アメリカの財政を一挙に解決することも、国家治安を改善されるものにもなり得ないだろう。ただ、その一方、政府閉鎖により無給で働く職員やその影響から仕事を失う人、人生設計を頓挫されてしまった人など多くの人にとって、この悲哀な状況から少しの光を見出す要素にはなり得るだろう。Belching Beaver Brewing のトムは言う。「こんな話題を早く終わらせて ダムグッド、サイコーなビール(Dam Good Beer)で早く乾杯したいよね!」
日本にいる私たちができること。アメリカのブリュワリーを応援しよう!
註)こちらの記事は2019 年2月下旬現在の事実に基づくものであり、アメリカ政府および議会により1日も早い平和な解決をもたらしてくれることを願う。
大平 朱美
akemi ohira ( 株)
ナガノトレーディング 代表取締役 アメリカンクラフトビール冷蔵管 理のパイオニア。アメリカ食文化 発信基地Antenna America(品 川・横浜・関内)を展開。夫は 創業者 Andrew Balmuth。
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