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AMERICAN BEER COLUMN #20 -「アメリカのブリュワリーの今」編-

TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.27(2020)

2022年 11月 14日 10時 03分 投稿 376 Views
 アメリカ人にとってオアシスとも言える場所、NYシティの中心地セントラルパークは去年の姿からは想像できない「戦場」と化していた。感染者隔離のための無機質な野外テントや遺体収容のコンテナを映したニュースや会見で公表される数字を見て「これからどうなるのだろう」という不安感があった。もちろん今もアメリカだけでなく世界各国で感染が続いているが、外出自粛も少しずつ緩和され、コロナ禍以前とは違うものの、ビーチや公園に笑顔があふれ、人々が日を追うごとに生活に落ち着きを取り戻しているように思える。外食産業も、To Go(テイクアウト)に限定されていたものから店内飲食にまで経済活動が再開されるなど、明るいニュースに思わず頬を緩める人も多いだろう。日本だけでなく、各地の外食産業、観光産業など多くの産業が大打撃を受けている。もちろん、ビール業界もそこになくてはならない飲食業界も、事態は国を超えて深刻。BA(Brewers Association)によると、多くの独立系のブリュワリーはこのコロナ禍による危機から脱出するべく、様々な対策を講じている。ブリュワリーの今。そして私たちはそれをどう支えていけるのだろうか。

< PPP による経済回復の兆し>

アメリカ政府が発表した資金援助プログラムPaycheck Protection Program(PPP)は、3500 億ドルもの予算 を投じた巨大な経済対策。従業員500 名以下の企業を対 象にして、一定の条件を満たせば2.5ヶ月もの運転資金の 返済が免除される(つまりほぼ給付!)という日本での中 小企業を営む一人としては羨ましい制度である。BA による と、このPPPを運転資金として受け取ることで、80%以上のブリュワリーが経営回復の礎にしているという。 PPPを簡単に3つのポイントで説明すると以下になる。

①借入は月間のPayroll  平均額×︎ 2.5ヶ月分(上限10 億円相当)
②借入後8 週間の人件費、健康保険、家賃、水道光熱費、 既存の金利負担を返済免除。ただし、合計の75%以上は人件費であること。従業員を減らした場合(解雇)、また、給与を25%以上下げた場合は支給はしても返済免除額は減額となる。
③返済額は
①>②の場合は、その差額を金利1%にて2年で返済義 務
①<②の場合は、返済義務なし 要するに、
「国として経済活動の維持経費に対して資金援助 をするから、従業員の給与は25%以上は下げないで、解雇 は避けて」といった趣旨。初期対応に遅れたと批判を受け ているトランプ大統領にとって、次期大統領選挙の見え隠れがある、という声はあるが、BA によるアンケート結果か らも「ブリュワリー運営において、PPP を活用することで 今後の自信に繋がっている」という声が多く聞かれ、ロッ クダウン後の経済回復に大きな力を発揮する要素の一つと 言えるだろう。

<ブリュワリーの苦渋とお客様ファースト>

とはいえ、多くの一般企業では「解雇」という苦渋の選択を迫られ、解雇された人はリーマンショックでのそれを超える。もちろん、多くのブリュワリーも例外ではない。カリフォルニア州サンディエゴに拠点を持つStone Brewingも従業員の約30%を解雇することは避けられなかった。ただ、できるだけ雇用は守りたいという思いから、飲食店休業により売上激減した料飲店部門営業スタッフを、消費者からの需要が高い小売店部門営業へのヘルプ要員として配置転換した。それは同時にビールファンに寄り添いたいという努力でもある。一方で、ブリュワリーの規模は小さいけれど、別の例もある。カリフォルニア州オレンジ郡にあるThe Bruery / Offshoot は行政からの要請により休業を余儀なくされたタップルームスタッフに「オレンジ郡内の同日デリバリースタッフ」に配置転換することで解雇を回避。会員限定として展開していたブランドOffshoot に代表されるように、消費者と直接つながる「メンバーシップクラブ」がブリュワリーを救う形になったという。毎週木曜日に「バーチャルハッピーアワー」を実施し、ブリュワリースタッフからのコミュニケーションを強化して魅力を伝えて行った。企業として非常に厳しい状態にあってもお客様、ファンの心を掴んで離さないのは、こういったお客様を喜ばせたい一心にほかならない。

<コロナ禍でも驚異的な伸び「セルツァー」は種類も 急増!要チェック!>

飲食店、タップルームの休業、外出自粛となり人々の 生活に制限がかかり、クラフトビールも苦戦する中、ものすごい伸びを示しているアイテムがあった。「Seltzer(セルツァー)」!こちらのコラムでも以前に紹介したが、ア メリカではコロナ禍以前から大流行中の注目アイテムであ り、その熱狂ぶりが日本の大手新聞に記事で取り上げられ たこともある。ちなみに日本では(6 月現在)、Upslope Brewing, Denver Beer, Belching Beaver Brewery, Novo Brazil Brewing からのハードセルツァーが販売されている。

まだご存じない方のために軽く説明しよう。「セルツァー」とは「炭酸水」のことを指し、「ハードセルツァー」とは「アルコール入り炭酸水」を意味。日本に馴染みあるテイストに例えるならば「チューハイ」が近い。ただ、ウォッカや焼酎などの蒸留酒にソフトドリンクを加えて炭酸で割るのがチューハイなのに対して、ハードセルツァーはサトウキビ(Cane Sugar)由来の糖分による発酵でできたアルコールを使用しているので、グルテンフリー。しかもほとんどが100kcal 以下の低カロリーなので健康志向に嬉しい!ヘルシー志向のアメリカでは、セレブ御用達のアイテムでもある。そのセルツァーは今回のコロナ禍でも安定的、というよりさらに人気も売上げも伸ばし、関係者を驚かせている。元来、料飲店よりも小売店(パッケージ商品)での販売シーンが多いというアイテムとしての強みがポジティブに振れたらしい。セルツァーの購入者数は、コロナ禍の厳しかった3 月1 日から4 月25 日のたった8 週間の間で2倍に急増、さらに驚くべきことにその購入者の44%を占めるのが「初めてセルツァーを購入する人」、だという。(ニールセン調べ)コロナ禍で巣篭もりする人々だけでなく、外出自粛が解除になってもなかなか外歩きや外出しづらい環境には変わりなく、どうしても運動不足気味で「コロナ太り」も心配されるところ。そういったマーケットがより一層押し上げた形になるのかもしれないが、これから経済回復の波に乗ってどこまでセルツァーが突き進むことができるのか、セルツァー市場の拡大にも注目してもらいたい!

<感謝の気持ちと支援>

ハワイ・マウイ島に拠点を置くMaui Brewing。観光大 国ハワイも飛行機の便も大幅減便となる離島でのこの状況 は想像以上、そこに感染拡大。まさに筆舌に尽くし難い状 況だったという。そんな時に創業者ギャレットが打ち出した のが、コミュニティで完全に不足していた物資の協力。驚 くほど早い段階、3 月の時点で打ち出した「人を笑顔にさ せるビール工場がブリュワリーで手指の消毒剤、サニタイ ザーをつくり、無料で配布する」というもの。コミュニティ は大切なオハナ(家族)だから、とギャレットは今もコミュ ニティへの貢献が自社の発展につながるとしている。

アメリカを含む世界各国、もちろん日本のブリュワリー は本当に踏ん張っている。もちろん、私たち自身もとても 踏ん張っていると思う。けれど、こんな逆境、厳しい状況 にもかかわらず、本当においしいビールを作り続けてくれ ているブリュワリーがあることは、一人のビールファンと して感謝でしかない。ビールを愛する私たちができること。

それは、その思いや感謝を伝えること。美味しく楽しく飲み、その光景や感謝の気持ちをインスタグラムやフェイスブックなどのSNS にブリュワリーのハッシュタグをつけて投稿してみよう。飲食店で楽しんだビールをその気持ちと一緒に投稿してみよう。一つ一つの声が集まり、多くの声がブリュワリーへの力となり、その力がまた新たな商品への意欲につながり、私たちはそれをまたおいしく享受できる。今まさにビール片手にこちらの記事を読んでいただいているあなた。ぜひ楽しんでいるシーンを声として投稿し、ブリュワリーで働く人々、また、それに携わる人々を支援して頂けたら嬉しい。

 世界を震撼させているCOVID-19(新型コロナウィルス)。危険と隣り合わせの状況で日々戦ってくださっている日本および世界各国の医療従事者の皆さんに心から感謝を申し上げます。そしてビールを愛する皆さん。いつもビールを楽しんでくださっていることに感謝申し上げます。

 

大平 朱美
akemi ohira
( 株) ナガノトレーディング 代表取締役
アメリカンクラフトビール冷蔵管理のパイオニア。アメリカ食文化 発信基地Antenna America(品 川・横浜・関内)を展開。夫は 創業者 Andrew Balmuth。
     

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