AMERICAN BEER COLUMN #25 -「チーズ作りの隠し味がビール?!」編-
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.32(2021)
チーズを口にする機会が増えたのは、 大人になってアルコールを嗜むように なってからのように思う。もちろん、子 供の頃もピザやパスタにどっさりかける チーズは大好きだったけれど、アピタイ ザーなどで出される色とりどりなチーズ には、どこか「大人」な雰囲気が漂って いるように感じたものだ。色も味わいも バラエティあふれるチーズは、どこか個 性あるクラフトビールにも通じるものが あると思っていた。今回は「チーズ作り の隠し味がビール?!」というお話。チー ズとビールのおいしい秘密の関係。
<北カリフォルニア。海風ときれいな水に恵まれた自然の宝庫>
サンフランシスコの名所、ゴールデンゲートブリッジを渡って 車で1 時間ほど北上したとこにある入り江。地図だと湖のよう にも、現地に行くと対岸が見えるので川のようにも見えるが、そ の入り江が「トマレスベイ(湾)」。北太平洋沿岸の特有の霧(ゴー ルデンゲイトブリッジにかかる霧も有名!)に象徴される海風と 澄んだ空気が特徴のトマレスベイは、そんな手付かずの自然と きれいな水によりおいしいオイスターの養殖が盛んなことでも 知られる。広大な景色が広がるベイを見下ろす高台に拠点をも つチーズメーカー「ポイントレイズ」は、ベイを取り巻く恵まれた環境、肥沃な大地でストレスなく生まれ育った健康的な牛た ちとともに、事業規模を守り、そのクラフト(手作業)にこだわ る丁寧な仕事を大事にする家族により、おいしいチーズを生み 出している。
<カリフォルニア初の クラシックブルーチーズ「オリジナルブルー」>
北イタリア移民のボブとその妻が1959 年に農場を購入、 2000 年にチーズカンパニー「ポイントレイズ」を設立。当 時カリフォルニアはなかった熱処理を加えていないフレッシュ チーズを原料としたクラシックスタイルのブルーチーズ「オリ ジナルブルー」を発売すると、瞬く間に地元で話題となり、人 気の地位を確立。彼らの人気は、家族経営だからこそのクラフト、 丁寧な仕事による高い品質と味わい。しっかりとしたアオカビ風 味と熟成によるとてつもなくクリーミーな口当たり、新鮮で甘味 のあるミルクの味わいは、そのままでももちろん、サラダやハン バーガーのトッピングにはもちろん、マッシュポテトに混ぜ込む と「大人なポテト」の味わいに。象徴的な味わいの「オリジナ ルブルー」で一躍有名になったポイントレイズだったが、一方 で彼らの信条として「クラフト」を大切にするために生産規模 を守る姿勢は、さらに多くのファンの心を捕まえることとなる。 現在はボブ夫婦以外にも四姉妹が経営運営に加わり、会社の顔 として、そして女性企業としてはもちろん、地球に優しい経営を 行っている。
<地球に優しいおいしいもの>
昨今、多くの企業で環境問題を含むSDGs(持続可能な開 発目標)への取り組みが推進されており、例えば必要な動力の 90%以上をソーラーパネルで賄うなど、様々な取り組みを行っ ている。本誌ご愛読の皆さんであれば、そのうちの一つの例と してアメリカだけでなく、日本のブリュワリーでも行われている ことなのでご存知の方も多いかもしれないが、ビールの醸造過 程で生まれる副産物のうち最も量が多い「モルト粕」を活用す る取り組みを取り上げてみよう。ビールづくりにおいて、モルト はビールそのものを左右する大事な原料のひとつ。しかし、モ ルトから麦汁を取った後に残る大量のモルトの「カス」はこの 後のビールづくりに活用の場はないため、不要になってしまう。 つまり、このままだと「人間が食べられない」という意味で廃棄 物扱いになるのだけれど、「廃棄物」という言葉をこれに当ては めてしまうには惜しいほどの高い栄養価があることから、飼料 や肥料に大きく活用されているのだ。つまり、その地域で出さ れた「廃棄物」が実は別の「生産物」に直結するための大事な「材 料」になること。モノは巡り巡って生かされ、また美味しいもの が作られるようにサーキュレート「循環」されているのだ。
<地域で助け合う循環型活動>
ポイントレイズのチーズに話を戻そう。このポイントレイズか ら車で45 分ほどのところにあるのが、犬のマークでおなじみの ラグニタスブリューイ ング。ラグニタスでも そういった取り組みは もちろん行っており、 このポイントレイズの 乳牛たちの飼料には、 ラグニタスブリューイ ングからのモルトカス が活用されている。ポ イントレイズのウェブ サイトにも言及されて いるが、モルトカスは 高栄養価、高タンパク という利点に加え、牛 のような反芻動物に とっては消化を助けるとても価値の高い「栄養補助食品」とし て乳牛たちに日常的に与えている。一方でこのモルトカスは含 まれている水分のために非常に傷みやすく、長期間の保存は効 かない。だからこそ、頻度良く運ぶこと、さらに車で45 分の距離にある両社の位置関係も絶妙な鍵となっていることも付け 加えておこう。北太平洋の肥沃な北カリフォルニアの大地で育 つ豊富な草、そしてカリフォルニアを代表するおいしいビール を生み出したばかりの(ある意味フレッシュな)大量のモルトカ スを栄養にした健康な乳牛。そこから生まれるチーズが美味し くないわけない!そしてそのチーズがカリフォルニアを代表する ビールに合わないわけない!そうしておいしいチーズは、ブリュ ワリーのタップルームレストランでおいしく提供され、お客様は 片手にビールを持っておいしくて楽しい時間を過ごす。それこ そ「地域で生まれる生産物の循環」と言えるだろう。
最後に、ラグニタスの創業者トニー・マギーは、ポイントレ イズのボブ夫婦、四姉妹とも旧知の仲。さらに、トニーの姪は ポイントレイズのスタッフの一人だとか。だからポイントレイズ チーズを食べているとラグニタスのビールを感じるかも?ラグ ニタスといえばやっぱりIPA ?それとも?
大平 朱美
akemi ohira
( 株) ナガノトレーディング 代表取締役
アメリカンクラフトビール冷蔵管 理のパイオニア。アメリカ食文化 発信基地Antenna America(品 川・横浜・関内)を展開。夫は 創業者 Andrew Balmuth。
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