AMERICAN BEER COLUMN #3 「アメリ『缶』クラフトビール」
TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.10(2016)
前提として私はビールを造るブルワーでもなければ批評家でもない。日本で10 年かけて「アメリカンクラフトビールを飲んでほしい!」と取扱商品に自信をもち「アメリカのトップランクのビールです!」と紹介しているが、日本に居てはそれが伝えきれないと判断。だからこそアメリカのビールはまだ進化しているという現実を誰もが実感できる地、南カリフォルニアに拠点を移しながら日本を行き来する生活。常にアメリカのビールに目を光らせ、いつでも面白くて美味しいアメリカを紹介したいと思っている。
アメリカのビール市場は東京より5 年、10 年先を行っていると言われているが、実際、アメリカのクラフトビールシーンはより多くの一般消費者からの市民権を得て更に活気づいているといっても過言ではない。スーパーやコンビニエンスストアや飲食店だけではなく、街角の映画館やスポーツスタジアム、スペースの限られた飛行機の機内、今までは大手ビールしかなかった、いや、日本だけでなくアメリカでも数年前までは「入るはずがない!」と言われていた場所にまでクラフトビールは浸透してきている。そこで大活躍しているのは『缶』ビール。そして今年も缶商品をリリースするブルワリーが続出しているのだ。
以前の缶は「ボトルよりも安いもの」という位置付けで「缶のビールってアルミの味がするよね」とか「缶はボトルよりも安っぽいよね」といった声が大多数だった。ところが実際、弊社のようにブルワリーから仕入れる立場にある人間にとっては「缶のほうが高い」もしくは、「缶もボトルも同じ値段」というのが常。というのも缶の製造工程にかかるコストはボトルラインと比べると消費者が想像する以上に高い。しかし缶はクラフトビールの進化と同じくして改良が重ねられ、品質も劇的な進化を遂げている。弊社が初めて「缶」ビールを扱ったのがハワイ・マウイブルーイングの缶。黄色の背景にアロハガールが描かれたデザインは当時としては斬新そのものだった。その時の缶商品はアメリカではオスカーブルース(コロラド州)のデールズペールエールが有名だったとはいえアメリカでもまだまだ少なかった。さらに当時の日本のマーケットはクラフトビール自体がまだマーケットにそれほど入っていないという事もあるが、缶のクラフトビール商品はほぼなかったように思う。とにかくマウイは缶であるがために苦戦した。ブルワリーに「ボトルにしてくれたら数倍売れる」と何度も直談判した。それでもマウイは「缶だからこそ意味がある」「僕達はこの路線を曲げない」と言い張ったのをよく覚えている。そこから数年、アメリカ市場のクラフトビール業界では缶商品がそれこそ「急激に」「あっという間に」増えていった。クラフトビールのトップ中のトップブランド、シエラネバダはパッケージ商品の売上の半分以上は缶商品が占め、その割合は徐々にボトルから缶商品にシフトしていっている。
日本のクラフトビールメーカーでも缶商品が増えてきているので、昨今では違和感なく見かけるが、缶にするメリットは多くある。
●日光を完全に遮断
●酸化を防止
●輸送コスト・スペースの削減
●環境に優しい
これに加えて実はもう一点
● 360 度ラベルとして使用可能
言われてみれば「なるほど」という事かもしれないが、実はこの点が非常に大きなポイント。ボトルのラベルは基本的に紙状のものを貼り付けることが多い(最近はボトルでも360 度印字するスクリーンプリンティングも多いが)。それに対して缶の場合は360 度使え、更にスピークイージーのようにプルトップにまでマークを入れるなど、ブルワリーの方針やその商品への思い入れなどを直接的に消費者に伝えられるスペースが存分にある。また、イメージカラーを全面に配置する事でインパクトは絶大。前述のシエラネバダのペールエールは鮮烈なグリーン、トルピードは深いグリーン。ニューベルジャンも看板商品のファットタイアにはネイビーブルーを配置。そして店頭の棚でもスタッキング(重ねた陳列)ができる缶商品は省スペースで多くの商品を並べる事が出来る。
ビール界のオリンピック、ワールドビアカップでブルワリーチャンピオンに輝いたコロナドも今年春には缶商品が発売され、また同じくチャンピオンに輝いたバラストポイントは既に缶商品を拡大中。以前バラストポイントにてスペシャルティブルワーのコルビー・チャンドラーと同じバッチでボトリングされた22 オンス(大瓶)、12 オンス(小瓶)、12 オンス(缶)を同じ環境下で保管したビールを飲み比べるという貴重な体験を共有した事があるのだがコルビーが指した「最も状態が保たれていておいしい」と感じたビールは、12 オンス缶だった。
そしてこの缶ビール競争に新たに名乗りを上げたサンディエゴのストーンブルーイングは今年夏にIPA などの缶商品を初めて発売することを発表。共同創業者のグレッグ・カッチはこっそり教えてくれた。「その昔、缶商品を出していたオスカーブルースに『せっかく美味しいビールを造っているのに缶にパッケージするなんて君のビールの価値が下がる! 君は間違っている!』と訴えたが今となっては間違っていたのは僕のほうだった。彼らは何も間違っていなかった。缶商品は素晴らしい!」
と、ここまでグレッグに言わしめるのだから期待は高まるばかり。今年も続々と発売されるアメリ『缶』クラフトビールに是非注目して欲しい。
大平朱美akemiohira
( 株) ナガノトレーディング代表取締役
アメリカビール冷蔵管理輸入のパイオニア。アメリカ食文化情報発信基地として横浜関内に直営店Antenna America を運営。カリフォルニア在住。
その他の記事
-
植竹的視点 – “コラボレーションの定義” –
-
植竹的視点 -“ホップの香味について再検証”-
-
植竹的視点 -“ポスト・ホップ”を探せ-
-
植竹的視点 – “クラフトビールの定義” –
-
植竹的視点 Season2 -麦酒と書いてビールと読む。ビールは麦のお酒。-
-
植竹的視点 Season2 -ホップ製品進化論-
-
植竹的視点 Season2 -ブルワーってどんな仕事?-
-
植竹的視点 Season2 -もうすぐ工事着工です-
-
植竹的視点 -“クラフト” はどこまでサイエンスに歩み寄れるか-
-
植竹的視点 -クラフトビールの価格について再検証-
-
植竹的視点 -「一年が経過してみて」-
-
植竹的視点 -「表現型としてのビール作り それに至る思想」-
-
植竹的視点 -「足るを知れば今日より明日は ちょっとイイ日になる」-
-
植竹的視点 -「試される大地からの挑戦」-
-
植竹的視点 -「綺麗なビールとはなんぞや? 再考クリアネス」-
-
植竹的視点 -「地ビールはクラフトビールへと進化し、 そして再び地ビールに回帰する、かも?」-
-
植竹的視点 – 「切っても切れない水とビールの関係性」-
-
植竹的視点 season2 -トロントからの現地リポート-
-
植竹的視点 season2 -改めて感じるブランディングの重要性-
-
植竹的視点 Season2 -もしかすると “ビールを作るのは難しい” という時代は終わったのかもしれない-
-
植竹的視点 Season2 -日本に帰ってきました-
-
植竹的視点 Season2 -醸造設備についてのアレコレ-
-
植竹的視点 Season2 -絶対に忘れちゃいけないのは、ビールは酵母が作るということ-
-
AMERICAN BEER COLUMN #1 スーパーマーケット編
-
AMERICAN BEER COLUMN #6 -「どうなる?アメリカクラフトビール2017」-
-
AMERICAN BEER COLUMN #7 -「アメリカ西海岸ビールのススメ」-
-
AMERICAN BEER COLUMN #8 -ビールの入れ物の話-
-
AMERICAN BEER COLUMN #9 -アメリカビール片手にアメリカ式BBQのすすめ-
-
AMERICAN BEER COLUMN #10 -時代は缶ビール!<缶ビールの裏話編>-
-
AMERICAN BEER COLUMN #11 -クラフトなレストラン-
-
AMERICAN BEER COLUMN #12 -アメリカンフードトラック-
-
AMERICAN BEER COLUMN #13 -アメリカ式BBQ伝授編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #14 -『Meet the Brewer』には参加してみよう!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #15 -アメリカのブリュワリーを日本から応援しよう!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #16 -アメリカで流行中!りんごのお酒「サイダー」に注目!編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #17
-
AMERICAN BEER COLUMN #18 -年明けからHazy に埋もれよう!-
-
AMERICAN BEER COLUMN #19 -「アメリカ最先端を楽しむ」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #20 -「アメリカのブリュワリーの今」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #2 -クラフトの競争編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #4 「アメリカ式クラフトビールイベント事情」
-
AMERICAN BEER COLUMN #5「休日スタイル」
-
藤田こういちのベルギービール新書1 -ベルギービール、トラディショナルとクラフトの波-
-
藤田こういちのベルギービール新書 2 -ALL AROUND SAISON セゾンビールのホント?のところ-
-
藤田こういちのベルギービール新書 3 -「BXL Beer festレビュー」新たな一歩-
-
藤田こういちのベルギービール新書 4 -地味なビールの話 Forward to the Basic-
-
藤田こういちのベルギービール新書 5 -(ベルギービールの)真骨頂ランビックとその未来-
-
藤田こういちのベルギービール新書 6 -今だから、トラピストビール-
-
藤田こういちのベルギービール新書 7 -ベルギー出張 珍道中? 【前編】-
-
藤田こういちのベルギービール新書 8 -ベルギー出張 珍道中? 【後編】-
-
AMERICAN BEER COLUMN #21 -「アメリカの今・どうなるコロナ禍での生活」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #22 -「アメリカビール好きはすごくポジティブ!」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #23 -「ビール界の女子パワー」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #24 -「気分はアメリカ★ 夏とハードセルツァーが楽しみすぎる」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #25 -「チーズ作りの隠し味がビール?!」編-
-
AMERICAN BEER COLUMN #26 -「日本のスーパーがアメリカの品揃え?! キーワードは「種類」だ!」編-
-
藤田こういちのベルギービール新書 11 -ローカルの行方-
-
藤田こういちのベルギービール新書 9 -ベルギービールの賞味期限〜ボトルの美味しさ〜-
-
藤田こういちのベルギービール新書 10 -ビール と 人-
-
藤田こういちのベルギービール新書 12 -意識して飲むということ-
-
藤田こういちのベルギービール新書 13 -ビールは死なない-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第一回「作り手と売り手」-
-
Ryo’s EYE -From issue 15-
-
Ryo’s EYE -From issue 16-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第三回「IS THAT REAL JUDGEMENT?」-
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第四回「Monster Beer Geeks」-
-
SUB CULTURE -思い立ったら旅にでよう-(From Issue14)
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅にでよう -From issue 15-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅にでよう -From issue 16-
-
Ryo’s EYE -From issue 17-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(海外編) -From issue 17-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(国内編)-From issue 17-
-
Ryo’s EYE -From issue 18-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 18-
-
Ryo’s EYE -From issue 19-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 19-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう(海外編) -From issue 20-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 21-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 22-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 23-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 22-
-
ミッドナイトシャッフル -From issue 22-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 23-
-
昼からBeer Talk!! #2 Edited by Europe -From issue 04-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』 -From issue 24-
-
SUB CULTURE 思い立ったら旅に出よう -From issue 24-
-
昼からBEER TALK!! #3 Edited by Beer Pub -From issue 05-
-
『クラフトビールを学ぶ旅』-From issue 25-
-
B 〜美味しいビールが引き寄せる ローカルコミュニティとしての 大人の社交場〜 -From issue 28-
-
昼からBEER TALK!! -From issue 06-
-
“GO TO BRUSSEL” -ブリュッセルに行こう!-
-
New England Area Beer Trip -From issue 14-
-
BREWDOG HISTORY 10th Anniversary -クラフトビール界の革命児と言われたジェームズワットの10年の軌跡-
-
GO TO BELGIUM! -伝統と革新の国ベルギー!-
-
一人旅をしよう ソウル編
-
「そうだ!タンパに行こう」 -From issue 26-
-
北出食堂 -From issue 27-
-
「そうだ!ウエストコーストに行こう!」-From issue 27-
-
「そうだ!イギリスに行こう!」-From issue 28-
-
ヨーロッパ最前線
-
CBC & WBC -CRAFT BEER CONFERENCE & WORLD BEER CUP-
-
Beer Festival & BIJ Summary -From issue 13-
-
心赴くままにロンドンへ・・・前編
-
PORTLAND OREGON USA
-
PORTLAND OREGON USA -SOUR SOUR SOUR-
-
European NOW!! -“ヨーロッパの今”-
-
1 BEER × 1 FOOD
-
PORTLAND OREGON USA -DO YOU KNOW GROWLER?-
-
COEDO Craft Beer 1000 Labo
-
加地争論 KACHI SOURON!! -第二回「樽返却から見る常識・非常識」-
-
ベルギーに「インスパイア」されたビールとは?