"My 20 Years with Craft Beer."

24 August 2026 vol.229
10夜連続でお届けする田嶋編集長による夏休み特別編集「僕とクラフトビールの20年」 第1夜
「なんか、このビール、格好いい。」

Transporter Beer Magazine 特別編 編集長の夏休みの思い出と、なぜか?クラフトビール。
10回連続でお届けする、「僕とクラフトビールの20年」。
クラフトビールの仕事を始めようと思ったことは、一度もなかった。
少なくとも、最初から「これを仕事にしよう」と思っていたわけではない。

振り返ってみると、きっかけはもっとずっと前にあった。 高校生の頃の夏休み。 スノーボード。 アメリカ。 古着。 洋服。 旅。 そして、
なぜかいつもそこには、一枚のかっこいいビールラベルがあった。
それが何だったのかを知るのは、ずっと後のことだった。
これは、僕がクラフトビールに出会うまでの話。 そして、気がつけばその世界に30年以上もいることになった、少し長い「夏休み」の話です。
第1夜
すべては、スノーボードと「ドクロのビール」から始まった。
全てはスノーボードとドクロのビールから始まった。

1990年代後半。 高校1年生の頃からスノーボードを始めた。
高校3年生になっても、受験勉強なんてほとんど頭になかった。
近所のスノーボードショップに毎日のように入り浸り、汗だくになりながら一人で技の練習をしていた
そんなある日、店の人から「バイトしてみない?」と声をかけてもらった。
人生で初めてのアルバイトだった。 板のセッティング。 ワックスがけ。
ボードやウェア、ブーツの販売。 少しずつ仕事を覚えていくのが楽しかった。
そして18歳の頃。 初めてアメリカへ行く機会がやってきた。
行き先はオレゴン州。 Mt. Hood。 サマーキャンプだった。
18歳 初めてアメリカへ行く機会がやってきた。

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山の麓のロッジを借りて、朝からスノーボード。 昼過ぎにはスケートボード。
ポートランドへ買い物に行き、夜はビリヤード。
2週間なんて、あっという間だった。
そのとき、先輩たちが買っていたビールが、やたらと格好よく見えた。
Budweiser。
Coors。
そして、スーパーで何度も目にした、ドクロの描かれたビール。

当時は、それが何なのか全く知らなかった。
ただ、 「なんか、このビール、格好いい。」
それだけだった。
明日〈第2夜」に続く (更新は19時前後を予定しております)

【略歴】 田嶋伸浩
2013年よりクラフトビール専門誌『TRANSPORTER BEER MAGAZINE』発行人となる。
2017年ベルギー発修道院ビール『CHIMAY』と契約、ジャパンマーケテングを担当。その後もクラフトビール業界において幅広く活動、会社顧問商品開発、店舗開発,コンサルティング、ブランドプロデユース、デザイン、広告、関連の仕事を数多く行なっている。
2018年伊勢角屋麦酒顧問就任
2019年FAR YEAST BREWINGアドバイザリー就任
2021年鎌倉ビール顧問就任
FAR YEAST BREWING TOKYO 店舗開発
伊勢角屋麦酒 八重洲店・新宿店・新橋店 店舗開発
株式会社なんつね飲食部門オリジナルビール企画店舗監修
BLACK TIDE BREWING 合同会社 代表社員
株式会社FUKUOKA CRAFT 代表取締役
株式会社ライフコーポレーションでのオリジナルビール企画、デザイン。
スーパーマッケット オオゼキでのオリジナルビール企画
株式会社RETTY でのクラフトビールイベント企画。
株式会社日テレ7でのオリジナルビール企画、アドバイザリー。

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