"My 20 Years with Craft Beer."

真夏の夜の夢

10夜連続でお届けする田嶋編集長による夏休み特別編集「僕とクラフトビールの20年」 第1夜

DEAD GUY ALE 

Transporter Beer Magazine 特別編 編集長の夏休みの思い出と、なぜか?クラフトビール。

10回連続でお届けする、「僕とクラフトビールの20年」。

クラフトビールの仕事を始めようと思ったことは、一度もなかった。

少なくとも、最初から「これを仕事にしよう」と思っていたわけではない。

写真はイメージです/https://jp.burton.com/ja-jp

振り返ってみると、きっかけはもっとずっと前にあった。 高校生の頃の夏休み。 スノーボード。 アメリカ。 古着。 洋服。 旅。 そして、

なぜかいつもそこには、一枚のかっこいいビールラベルがあった。

それが何だったのかを知るのは、ずっと後のことだった。

これは、僕がクラフトビールに出会うまでの話。 そして、気がつけばその世界に30年以上もいることになった、少し長い「夏休み」の話です。

第1夜

すべては、スノーボードと「ドクロのビール」から始まった。

photo by transporter

1990年代後半。 高校1年生の頃からスノーボードを始めた。

高校3年生になっても、受験勉強なんてほとんど頭になかった。

近所のスノーボードショップに毎日のように入り浸り、汗だくになりながら一人で技の練習をしていた

そんなある日、店の人から「バイトしてみない?」と声をかけてもらった。

人生で初めてのアルバイトだった。 板のセッティング。 ワックスがけ。

ボードやウェア、ブーツの販売。 少しずつ仕事を覚えていくのが楽しかった。

そして18歳の頃。 初めてアメリカへ行く機会がやってきた。

行き先はオレゴン州。 Mt. Hood。 サマーキャンプだった。

https://www.nationalforests.org/forest/m
t-hood-national-forest/

山の麓のロッジを借りて、朝からスノーボード。 昼過ぎにはスケートボード。

ポートランドへ買い物に行き、夜はビリヤード。

2週間なんて、あっという間だった。

そのとき、先輩たちが買っていたビールが、やたらと格好よく見えた。

Budweiser。

Coors。

そして、スーパーで何度も目にした、ドクロの描かれたビール。

DEAD GUY ALE

当時は、それが何なのか全く知らなかった。

ただ、 「なんか、このビール、格好いい。」

それだけだった。

明日〈第2夜」に続く (更新は19時前後を予定しております

略歴】 田嶋伸浩

2013年よりクラフトビール専門誌『TRANSPORTER BEER MAGAZINE』発行人となる。
2017年ベルギー発修道院ビール『CHIMAY』と契約、ジャパンマーケテングを担当。その後もクラフトビール業界において幅広く活動、会社顧問商品開発、店舗開発,コンサルティング、ブランドプロデユース、デザイン、広告、関連の仕事を数多く行なっている。
2018年伊勢角屋麦酒顧問就任

2019年FAR YEAST BREWINGアドバイザリー就任
2021年鎌倉ビール顧問就任
FAR YEAST BREWING TOKYO 店舗開発
伊勢角屋麦酒 八重洲店・新宿店・新橋店 店舗開発
株式会社なんつね飲食部門オリジナルビール企画店舗監修
BLACK TIDE BREWING 合同会社 代表社員
株式会社FUKUOKA CRAFT 代表取締役
株式会社ライフコーポレーションでのオリジナルビール企画、デザイン。
スーパーマッケット オオゼキでのオリジナルビール企画
株式会社RETTY でのクラフトビールイベント企画。
株式会社日テレ7でのオリジナルビール企画、アドバイザリー。

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