植竹的視点 -「試される大地からの挑戦」-
お久しぶりです。放浪ブルワー植竹です。約2年ぶりにトランスポーターへの寄稿となりました。前々から放浪ブルワーと名乗ってはいましたが、コエドブルワリーからうしとらブルワリーと籍を移し、この原稿を書いている今現在は北海道の忽布古丹醸造に籍を置いている。
ビールを作り始めて11年目だが、3箇所目の職場なので「コロコロと職場を変えて根気がないやつ」と思われてしまうかもしれないが、それなりに理由があって放浪していたりするので、今回はなぜ北海道まで移住してビールを作っているのかということと、忽布古丹醸造が目指す未来というのをご紹介したいと思う。
さて、まずは忽布古丹醸造についてのご紹介を。忽布古丹醸造は2018年6月末に醸造免許を取得したばかりの、日本では最も新しいブルワリーの一つで、この原稿を書いている8月初旬では、まだビールのリリースもしていない。きっとこの記事が掲載されているトランスポーターが発行されるころには、全国のビアバーでお召し上がりになれることと思う。
忽布古丹醸造は社長の堤野を中心に、私と新人ひとり、合計3人で運営している本当に小さなブルワリーなのだが、志賀高原ビールさんから譲り受けた仕込み設備と、クラウドファウンディングで皆様からご支援いただき購入したピカピカのタンクを備えた、日本のクラフトブルワリーでは中規模に該当する設備を有している。設備は抜群なので、これで美味しいビールが作れなきゃ単純にブルワーの技術不足、という言い訳できないブルワリーというわけだ。身が引き締まります。
紙面をお借りしてですが、志賀高原ビールの皆様、クラウドファウンディングでご支援いただいた皆様はじめ、城端麦酒様、うしとらブルワリー様、ヤッホーブルーイング様、すべての皆様のお名前を挙げることはできませんが、日本全国の同業ブルワリーの皆様、多大なご支援をいただいた皆様に御礼申し上げます。皆様のご支援あって、忽布古丹醸造は醸造に漕ぎ着けることができました。本当にありがとうございます。
さて「忽布古丹醸造」とは難しい漢字だが「ホップコタンジョウゾウ」と読む。「忽布」は読みそのままの意味で、ビールの命ホップを表している。当て字ではなく、調べるとちゃんと“ ホップ” の漢字として採用されている字です。使われる機会はほぼないでしょうけどね。「古丹」はなかなか耳慣れない言葉かと思われるが、アイヌ語で「宅地」を表す言葉で、転じて村や集落という意味で用いられる。北海道には今でも古丹という文字を含む地名が多くある。つまり「忽布古丹」とは「ホップ村」という意味となる。
ではなんでそんなブルワリー名に?というと、実は忽布古丹醸造のある上富良野町は北海道で唯一、産業的にホップが栽培されている土地だからなのだ。ブルワリー創業の地がたまたまホップの生産地であったのではなく、ホップの生産地にブルワリーを設立したというのが正解。
北海道のビール史を紐解くと、1872年開拓史時代にアメリカ人のトーマス・アンチセル氏によって野生ホップが発見されたことに端を発する。トーマス・アンチセルの進言によって現サッポロビールの前身となる開拓史麦酒醸造所が設立され、ビール醸造の歴史が始まった。つまり、もともと北海道にはホップありきで始まったビールの歴史が存在する訳だ。明治の初期には道産ホップの栽培も始まり、一時は開拓史麦酒醸造所で使用されるホップはすべて道産で賄われていたこともあるそうだが、その後、紆余曲折あり道内でのホップ栽培量は減少していく。それでもなお、現在に至るまで上富良野町ではホップが栽培され続けているというわけだ。
ちなみに上富良野町で栽培されているホップはその殆どがサッポロビールとの契約栽培で、毎年8月頃に出荷されるサッポロクラシック富良野ビンテージというビールに使用されている。今年は北海道内限定ではあるが“ 麦とホップ 薫る富良野” というビール(とあえて記載します)にも使用されており、富良野産ホップが注目されている。道外の皆様は、ぜひ北海道まで足を運んでご賞味いただきたい。
話がやや逸れたが、その上富良野のホップ生産者さんの一人に、我々クラフトブルワリー向けにサッポロビールとの契約とは別に、ホップを栽培していただいている方がいるのだ。先にも述べたとおり、この生産者さんがいたからこそ上富良野にブルワリーを設立したのだ。
というわけで忽布古丹醸造はただのブルワリーにあらず、目標としては地元上富良野産のホップ100%で年間を通してビールを醸造するのが目的のブルワリーなのだ。まだまだこの試みは始まったばかりで、今年度からすべて上富良野産のホップだけで醸造することはできないのだが、畑も増やしているので数年後にはきっとこの試みは達成されるだろうと予想している。ちなみに上富良野町ではビール用の大麦も栽培されている。ビールに使う場合には大麦から麦芽へと精麦する必要があるので、地元で栽培されているからといってすぐにビールに使えるというわけではないのだが、ここ最近北海道内で面白い動きがあり、近い将来上富良野産の大麦を使用したビールというのも作れるかもしれない。これはもう少し先のお楽しみ。
誤解なきようになのだが、忽布古丹醸造の目指すところは “町おこし” では決してない。あくまでも上富良野町に良い原料があるから、そこでビールを作っているだけであって大前提の目的が町おこしではないのだ。もちろん結果的に町おこしに繋がればそれは素晴らしいことなのだが。主たる目的はまずメーカーとしてしっかりとした品質のものを作ること、そして原料には地元の高品質なものを使うこと、これが当面の目標だ。
さて、最後に自分のことになるが、カナダの件について。すでに結構「カナダ行は諦めたのですか?」と聞かれているのですが、そうではない。忽布古丹醸造を手伝いたかったので、渡航を少しの間延期してもらったのだ。幸いGodspeed Breweryは順調にやっているようだし、自分がいなくても、まぁなんとかなるかなという感じなので。
日本でブルワーをやっていると、原料はその殆どが輸入された加工品であるし、ホップや大麦が農産物であるという意識がどうしても薄くなってしまう。ブルワリーのすぐ近くの畑でまさに農産物としてホップや大麦が栽培されているという環境は、なかなかどうして興味深いものなのだ。これが忽布古丹醸造へ移籍した最大の理由。というわけで、しばらくは北の大地で自分の感性を磨こうと思っている。新参者ですが、忽布古丹醸造をどうぞ宜しくおねがいします。
HIROMI UETAKE
植竹 大海
忽布古丹醸造ヘッドブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっち
フラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
https://www.facebook.com/HOPKOTAN/
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.20 より掲載
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