植竹的視点 Season2 -日本に帰ってきました-
少しずつラベンダーの開花も始まり、新緑美しい富良野でこの原稿を書いています。本来であればこれから富良野は観光の最盛期。美しい景色や美味しいものを楽しみに「ぜひ富良野に 遊びに来てください」と申し上げたいところなのですが、緊急 事態宣言が解除されたとはいえ、まだ不要不急の外出を控えな ければならない状況です。1日も早く平穏な日常が戻り、旅行 が楽しめるようになることを祈るばかりです。
ご存じの方もいらっしゃると思いますが、3月末にカナダから帰国して自粛期間を経てから現在はまた北海道の富良野に拠 点を移しています。今回は一時的な帰国ではなく完全帰国です。 つまり、もうカナダに戻ってビールを作ることはないというこ とです。日本ではあまり報道されていなかったと思いますが、 昨年末に発生した新型コロナウィルスでトロントはどのような 状況だったのか、現状、そしてこれからのことを今回はお話さ せていただきたいと思います。ちょっとばかり暗い話題となっ てしまいますが、最後には明るいお知らせもありますので、ど うぞ最後までお付き合いください。
思い返せば昨年末から年始にかけて、アジア方面で新型の肺 炎が発生しているというニュースがトロントでもよく報道され ていました。私も日本の友人たちを心配して何件かメールをし たのを覚えています。ところがそうこうしている間にカナダで もあっという間に感染が広まり、メールを見返すと3月上旬に は学校の閉鎖が決定され、不要不急の外出自粛要請、3月17 日 にはトロントはロックダウンされていたようです。ロックダウ ンとはつまり、レストラン、バーなど日常生活に不要不急と見 なされるサービスの閉鎖を義務として課するということです。 屋内外問わず集会は禁止され(つまり友人を誘って自宅で食事 をする、というのも禁止でした)不要な外出をする者には罰金 を課するという厳しい制限でした。3月17日以降は街中に警察 官が配備され、通行人に声をかけている光景がよく見られまし た。実際に規則を守らずに罰金を課された例はかなりあったよ うです。 ビールの醸造所自体は稼働を許可されていたのですが、併設 のレストランやタップルームはもちろんクローズ。ブルワリー にとって大きな取引先であるレストランやバーもすべて閉鎖さ れているわけで、樽製品は完全に出荷が停止し、多くのブルワ リーはリテールストアでのボトルや缶製品の販売のみで売上を 立てていかなければならない状況に追い込まれました。私はブ ルワーですから辛うじて仕事を続けられていたものの、先行き がわからない不安定な状況、トロント – 羽田間の航空便が3月 28日の便を最後に期間未定で廃止となること(ちなみにこの原 稿を書いている6月14日現在、少なくとも7月いっぱいは直行 便を停止することが発表されています。)、そして何より一緒に 暮らす家族が、学校にも行けず、外にも出られずただただ状況 が収まるまで家の中で過ごさなければならないという環境が良 いとは到底思えず、日本に帰国する決意をしました。ただ、日 本に帰れば状況が好転するかどうかは分からず、ある意味では 賭けでの帰国となりましたが、幸い現在は少し落ち着いた生活 をできています。 計画からおよそ6年、ようやく手に入れたビザでカナダに渡っ てわずか8ヶ月での帰国となってしまいました。悔しい気持ち がある反面、日本に帰ってこられて良かったと少しホッとして いる自分もいたりします。日本、そしてなにより北海道で日々 を過ごせていることに安らぎを覚えます。8ヶ月と短い期間で あったものの、カナダでは多くのことを学びました。これらを 糧に、また日本で頑張ってゆきますので、どうぞよろしくお願 いいたします。
最近はよく「コロナ後」という話題が出ますが、やはりそこは私も考えるところです。緊急事態宣言期間中は、多くの方は リモートで仕事をされていたのではないでしょうか。毎日電車 に乗ってオフィスに通うという仕事のしかたが今後見直されることは間違いないでしょうし、究極的にいえば自宅でなくとも 例えば旅行しながら仕事をすることも可能、とか。すでに想定 されるライフスタイルの変化に対応して動き出していることも 多数見受けられ、さてさてビールはその変化にどうやって対応 していこうかな、と日々考えを巡らしております。
自身のけっこう大きなライフスタイルの変化としては、自宅 でお酒を飲むようになったことが挙げられます。意外に思われ るかとおもいますが、かつて私は家ではほとんどお酒を飲まな かったのです。それは自宅よりお店で誰かと一緒に飲むほうが 楽しいし、お酒も美味しく感じることが大きな理由でして、私 にとってお酒を飲むということは酔っ払う楽しみというよりも、 誰かとコミュニケーションを取るための手段という意味合いが 大きかったのです。家で飲むときは大抵新商品の試飲だとか、 気になるビールを取り寄せたときとか、ある意味で仕事の延長 線上での飲みでした。ところがお店が開いていない状況下でも、たまにはお酒を飲みたいなーと思うこともあり、せっかくなら と日本の色々なブルワリーのビールを取り寄せたりして、それ を飲むときはちょっと気合をいれておつまみを作ったりして 「たまには自宅で飲むのも悪くないな」 なんていうことに、今更 ながらに初めて気付きました。それでもお店が再開して、自由 に外に飲みに行けるようになったら、やっぱり私は外に飲みに 行くと思います。コミュニケーションの場としての酒場が恋し いです。自宅でお酒を楽しむ習慣が継続するかというと、恐ら く継続すると思います。それはそれで良いものだと気づいてし まったので、つまりそれはトータルで飲酒量が増えるというこ とですね。体調管理にも気を配らないといけなくなりそうです。
さて、最後に少しこれからのことをお話しようと思います。 私は現在、カナダに渡る前に在籍していた上富良野の忽布古丹 醸造に再び籍を置きビールを作る一方で、様々な形でビールと 関わっています。契約の関係などもあり、そのすべてをお話す ることは出来ないのですが、ビールに関わる方を私が出来る形 でサポートするというような仕事です。以前から何度も取り上 げている日本のブルワー不足問題は現在も解決しておりません。 解決するどころか、ブルワリーは増える一方でこれからますま すブルワー不足は深刻になると予想しています。そういった状 況を少しでも改善できるように、と思い以前よりも個人的な活 動を活発化させています。 そしてもう一つ、自身のブルワリーを立ち上げるために計画 を立てています。ずっと考えていたことなのですが、ビールを 作ることを「目的」とするのではなく、ビールを一つのファクター として自分のライフスタイを実現するための基地。そんなブル ワリーを立ち上げるために忙しく動いています。まだ本当にで きるのか、考えなければいけないこと、やらなければならない ことは山積みですが、きっと実現できると信じています。進展 はこの連載で少しずつ報告してゆこうと思っています。どうぞ お楽しみに。
今回は近況報告のような内容ばかりになってしまいました。 暗い話題がどうしても多くなってしまいますが、私はなにも諦 めていませんし、絶望もしていません。ただただ、自分が出来ることをやる。それが誰かの為になると信じて迷いなく進む、 と変わらないスタンスで生きてゆきます。次号ではもっと楽しい話題をお伝えできることでしょう。それではまた、お会いしましょう。
植竹 大海(UETAKE HIROMI)
Godspeed Brewery のブルワー。
あまり一箇所に定住せず、あっちフラフラこっちフラフラしながら世界各地でビールを作る放浪ブルワー。
座右の銘は風の吹くまま気の向くまま。
※TRANSPORTER BEER MAGAZINE No.27(2020) より掲載
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